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第五話 出産のオーガ

「ぬわっぷ!」


 オーガのお股地帯にある大密林を割り、飛び出てきた粘着物の直撃を顔面でモロに受け止めた俺は、その粘着物を抱えるようにしてどうと後ろに倒れこむ。


「はぁ、はぁ……や、やっと……産まれたかよ……」


 息を切らせながら、ほっとしたようにそう言うオーガに、起き上った俺が、ぬっとりとした大きな粘着物を押しつけ――抱き渡す。


「がんばったな。ほら、貴様の子だ」

「わっちの……子……」


 俺から大きな粘着物を震える両腕で優しく受け取り、愛おしそうに我が子を抱くオーガ。

 子オーガは母親に抱かれた瞬間、やっと思い出したかのように「うがぁ、うがぁ」と元気に泣き始める。ってかさっきの母親からの一撃で気を失っていたのではないだろうか? あれは格闘スキルの高い俺から見ても、なかなかの一撃だった。

 まあ、なんにせよ、あの一撃を受けておきながらまだ生きているとは……赤子とはいえ、さすがは強靭な肉体を持つ『オーガ』といったところか。


「…………これで俺の役目は終わったな」


 そう言い、ニヒルに笑う俺の言葉を、しかしオーガは首を振ってそれを否定する。え? なんでそこ否定するの?


「まだ……小僧には頼みたいことがあると」

「なっ、『まだ』……だと? 貴様はさっき『最後』って――」

「わっちの……わっちのこんどこそ本当に最後の願いよ。小僧、ぬしにはわっちの代わりに……この子の親になってもらいたいとよ」

「…………は?」

「わっちの体を見れば……分かるだろう?」


 オーガは自虐的に笑いながら視線を自分の体に移し、俺の視線も無意識のうちにつられてその後を追ってしまう。

 オーガの肉体はトロルとの戦いですでにボロボロとなっており、深く傷ついた傷口からは未だに血がとめどなく流れ出ている。

 こんな状態でありながら、なんと出産までしたのだ。

 オーガの命の残り火は、もういくばくかもないのであろう。事実、オーガの目がだんだんと虚ろになってきている。


「貴様……まさか自分の命と引き換えにこの子を産んだというのか!?」

「かっかっか……メスにとって……子を産むのはいつだって命がけよ。わっちは……母親として当然のことをしたまで。ただ……がはぁっ……ぜぇ、ぜぇ……ただ、わっちは傷を負いすぎた。もう長くはない。だから、だから――」


 オーガが再び俺の手を取り、握ってくる。俺の手を握るその手は、先ほどと違いひどく弱々しく、逆に俺の方から強く握らないとずり落ちてしまいそうなほどだった。


「小僧にはわっちの代わりにこの子の『親』になってほしいとよ! ……がはぁ……はぁ……わっちが生きられぬ分……小僧にこの子の成長を見守ってほしか!」


 手に力が籠められぬ分、オーガは言葉に力を込め、目に涙をいっぱいに溜めながら、「頼む」と頭を下げ、その右腕に抱くぬめぬめした粘着物を俺に譲り渡そうとしてくる。


「し、しかしだな……現実問題、オークにオーガが育てられるとは思えん!」


 俺はここで受け取ってなるものかとばかりに、粘着物をオーガへと優しく押し返す。


「それなら……大丈夫よ」


 俺の言葉を聞いたオーガはそう言い、笑うと、なんと自分の腕の肉を指でぶちんと千切り取り、俺の口元へとさし出しきた。


「な、なんだこれは?」 

「わっちの肉を喰らえば……はぁ、はぁ、ぬしの体に……す、少しは……わっちの匂いが付くはずよ。…………わ、わっちの匂いが付いてれば……この子は――」


 オーガが粘着物の頭をなでる。


「ぬしを……『親』と思うはずよ」

「な!? お、親だと? いや、でも、うぐぅッ!?」


 オーガの肉を「捕食」することは当初の目的のひとつではあったが、いまこの場でオーガの肉を「食べる」という行為は、子オーガの『親』となることを認めることに他ならない。

 その肉片を無理矢理口にねじ込まれた俺は、不覚にも涙を流し、むせながらそれをゴクリと飲み込んでしまった。


「き、貴様が押し込むから……た、食べてしまったではないかッ!?」


 俺の批判を「かっかっか」と笑い飛ばし、オーガが今度こそぬめぬめした粘着物を俺へと押し付けてくる。


「これで……小僧はこの子の『父親』よ。ふぅ……これでわっちも安心して死ねる……なぁ……」


 オーガの全身から力が抜け、さっきまで子オーガを抱いていた腕が、糸の切れた操り人形のようにどさりと地面に落ちる。

 母のぬくもりを感じ取れなくなった子オーガが寂しそうに泣き始めるが、いまは気にしている場合ではない。


「お、おい……冗談ではないぞ! 起きろ、起きてこのねんちゃ――げふんげふん、起きて自分の子を貴様自身の手で育て上げろ! 親としての責任を果たせ!」


 俺の叫びが森中に響き、その魂の咆哮ともいえる叫びを聞いたオーガが、弱々しく苦笑する。


「かっかっか……む、無茶を言うな小僧……この傷じゃ……わっちはもう……助からんよ……」

「なに諦めてんだよ! このねんちゃ――違った、この子はトロルに殴られても、貴様に殴られても生きることを諦めず産まれてきたじゃないか! なのに母親である貴様が諦めてどうするッ!?」


 オーガが首を動かし俺を見る。太い血管でも傷つけられたのだろうか、傷口からは未だ血が流れ出ていて止まる気配すらない。


「わっちだって……出来ることならその子と一緒に生きたか。その子にお乳だってあげたか。狩りの仕方や……良いオスの見つけ方とかだって教えたかよ。でも……もう体が動かんけん。わっちだって……わっちだって……」


 オーガの目に溜まっていた涙が、ダムが決壊したかのように流れ落ちる。その涙は生まれたばかりの我が子と死に別れなければならない、お腹を痛め産んだのに育てることを、成長を見守ることを出来ない悔しさからくる涙なのだろう。

 何処までも澄んでいて、ただただ我が子のことを想い流す、母として最後の涙。


「あきら……めるなよぉ……」


 俺も涙を流しながら、生きることを諦めてしまったオーガにすがりつき、嗚咽を漏らす。

 絶対に「ぬめぬめした粘着物を押し付けられたくない」という強い想いが、自然と俺に涙を流させているのだ。


「小僧……わっちの子を……頼むとよ。この子は……わ、わっちに似て……良いメスに……な……る……」

「おおぉぉがああぁぁぁぁぁっ!!」


 苦しみから解放されようする魂を呼び戻さんと、俺は号泣しながら絶叫する。

 しかし、俺の叫びも空しく、オーガの目からは今まさに命の灯が消えようとしていた。


「だめだ……死んじゃだめだぁぁぁぁ!」


 だが、運命の女神はまだ俺を見捨ててはいなかった。


「あんれまぁ、ガイアさやっと見つけたべぇ。いったいこっだな所でなにすてたんだぁ?」


 悲しみに打ち震える俺を救うかのように、突如、森の草木をかき分けエリーが現れたのだった。

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