第三話 敵のゴブリンを叩け
ジュディと一緒に南の森の一番奥に仕掛けていた罠を目指して進んでいく。
南の森にいくつか仕掛けていた罠には何もいなかったり、かかっていた獲物がすでに他の肉食動物やモンスターに食べられてしまった後だったりと、空振りが続いたので気づけばだいぶ森の奥まで進んでしまっていた。
ジュディはバカなので俺が作った『罠』というもののことを理解できずにいて「なかなか獲物が出てこないねー」とか言いながら鼻を頻繁にヒクヒクさせて動物の臭いを探っている。
こいつも村の連中と同じくおれがタイマンで獲物を獲ってきてると思っているらしい。
「今日は風が強いな。いろんな臭いが入交ってて獲物の臭いがよく分からん」
「ホントよねぇ……きゃっ!」
突然、強い風が吹いてジュディの着ている獣の毛皮がめくれ、どどめ色の太ももがあらわになる。
「もう……エッチな風ね。あぁ~、ガイアいまの見てたでしょ?」
「安心しろ。見たがまったく興味がない」
「嘘よ。だってガイアったらエッチな目ぇしてたもん! もう、オスってみんなそうなんだからぁ。だめなんだよぉ、あたしたちまだ子供なんだからそんなこと考えちゃ」
と、そんなことを言いながらジュディが俺の手を引いて何故か暗がりに連れて行こうとしたのでぶっ飛ばしておいた。
「ねぇガイアぁ、どこまで行くのぉ?」
「もう少しだ。黙ってついてこい」
草木をかき分け南の森に仕掛けていた最後の罠の場所へと辿りつく。
罠には大きい鹿のような動物がかかっていて、杭が首を貫きすでに絶命していた。
(血の乾き具合からすると、死んでまだそれほど時間が経ってないな。よし……新鮮な肉を手に入れることが出来だぞ)
俺がそんなことを思って密かに喜んでいると、横でジュディがポカンとした顔で、
「ウソ……たまたま大鹿が死んでるとこに出くわすなんてすっごいぐうぜん! まるであたしとガイアを祝福しているようだわ!」
と言った。やっぱりこいつバカだな。
「ガイア、ガイアぁん。早くこの大鹿を村に持って帰ろうよぉ」
「そうだな。穴から引っ張り出すのを手伝ってくれ」
「うん。もちろん!」
「穴の中に尖った木があるから気を付けろよ」
「はぁーい。ふふ、ガイアったら優しいなぁ」
そんなぶっ飛ばしたくなるようなことを聞き流しながら、大鹿を二人がかりでなんとか穴から出すことに成功する。
大鹿はその名に恥じぬほどの大きな体で、頭部には木の枝のような立派な角を生やしている。ジュディが言うにはこの角を削れば様々な道具に使えるらしい。
試しに「どんな道具になるんだ?」と聞いてみたところ、「分かんない」と答えが返ってきたのでぶっ飛ばしておいた。
「さて、村に帰るか。俺一人では大鹿を持って帰れなかったからジュディがいてくれて助かるよ」
「えぇ!? ホント?」
「ああ。大助かりさ」
ムチだけではなく飴も必要だと、前世で読んだ本に書いてあった女性の口説きテクニックを使ってジュディのテンションを上げておく。
嬉しそうな顔をしているジュディを見る限り、大鹿を運ぶのに役立つことだろう。
じっさい、大鹿の巨体は大人のオークでも一匹では運ぶのに苦労するほど大きく重い。俺はショートソードを使い、肉の少ない部位を切り捨ててなんとかジュディと二人で運べる程度にまで重量を削る。切り取ったいらない部位はジュディが「もたいないなぁ」と言いながらむさぼり喰っていた。
いらない部位を切り分けたことにより辺りには強烈な血の臭いが充満している。早くこの場を去らないと狼などの肉食動物やモンスターがやってきてもおかしくはない。
しかも今日は風が吹き荒れているせいで鼻が役に立たないから、危険なモンスターがかなり近くまで近づいてこないと気づけないだろう。だからジュディを持ち上げてでも早く移動しなくてはならないのだ。
とその時、ガサガサと草木ををかき分ける音がして思わず振り返ると、数匹のゴブリンが俺たちの前に現れた。
(くっ……血の臭いが強すぎて接近に気付けなかったか!)
一、二、……ゴブリンは全部で四匹。
奴らの視線は俺たちの足元にある大鹿を見た後、俺を通り過ぎてジュディで止まる。
「げへへへ……血の臭いがすたからやってきてみたらぁ、ガキのオークもいんでねぇか」
「へっへっへ……すかもあんメスぅ、すんげぇめんこいでねぇーか」
「んだんだ。たすかにめんこいのぉ。そんにゴブリンのオラたちにはぴったりの大きさだべぇ」
血の臭いを頼りに来たということは、このボブリン共も食糧を探していたに違いない。しかし、理解出来ないことに大鹿よりも何故かジュディの方に強く興味を惹かれてるようだ。
(考えるにゴブリンどもも食糧を探していたようだな。どうする? あいつらは大鹿よりもジュディの方に興味があるみたいだし、ならばいっそのこと大鹿とジュディをセットで置き去りにして逃げるか?)
大鹿を置いていくのは悔しいが、命を懸けてまで守るものでもないし、ジュディに至っては論外でしかない。
「おいおい、あんのオスも見でみろぉ。えっらい男前だぁ」
「んだなぁ。腹立つべぇ」
「こげな森の奥でぇ、めんこいメスとなにするつもりだったんだべなぁ?」
「そりゃおめぇ……メスと二人っきりつったらよぉ、すんことはひとつでねぇが」
ゴブリンたちは俺たちを見ながらニヤニヤと下衆な話をしている。
まずいな……どうやら俺も逆の意味で奴らの興味を引いてしまっているみたいだ。前世で俺の容姿をバカにしていたいじめっ子たちの姿とゴブリン共の姿が重なり足が震えてくる。
「こ、ここは俺らオークの縄張りだぞ! 後悔したくなかったらさっさっと立ち去ることだな!」
「そうよそうよ! ゴブリンは早くどっか行きなさいよね! それにあたしとガイアは清く美しいお付き合いしてるんだからね!」
俺の言葉にさっき暗がりに連れ込もうとしたことを棚上げしたジュディも続く。というか何で勝手に付き合ってることになってんだよ?
「ぷぷ……こ、『後悔』って言っでもよぉ、おめぇオラたちになにする気だぁ?」
リーダ格らしきゴブリンのこの発言を聞く限り、オークの縄張りなんか知ったこっちゃねーよ状態なのはまず間違いない。
「そんなの決まっているだろう! こ、殺すんだよ!」
「そーよそーよ! 八つ裂きよぉ!」
それを聞いたゴブリンたちは腹を抱えて爆笑し始める。
「ギャハハハハ! ひ、ひぃー、腹さいでぇ……すったなこと言っでもよぉ、おめぇらガキんちょ二人だけでどうするつもりだぁ?」
「……俺たちに危害を加えたら、村の大人たちが黙ってないぞ」
「そーよそーよ! ガイアのお父さまは族長なんだからね!」
ジュディのバカ! 余計なことは言わなくていいのに!
「ん? なんだっでぇ?」
ゴブリンたちはピタリと笑いが止まり、ギロリと俺の方を見てくる。
「なんだぁ、おめぇ『あの村』の族長のせがれなんけぇ。そっだなことさ聞いちまったらよぉ……逃がせねべさ」
「んだぁ。首っこ狩って見せしめにすんべぇ」
「いんやぁ、奴隷さしてオラたちのペットにすたほうが面白いんでねぇか?」
ゴブリンたちが一歩踏み出してくる。俺とジュディは二歩下がる。
「そったば、めんこいメスはどうすっぺがなぁ?」
「んなこと決まっとるべぇ。どうせ連れて帰っでも『ホブゴブリン』たちに取られてまうんだぁ。んだばよぉ、せめて……その前にオラたちで頂いちまうんだぁ」
俺は確かに聞いた。奴らの口から『ホブゴブリン』という単語が出てきたことを。そして同時に納得する。ゴブリンごときの分際でオークの縄張りに入ってきたことにも。
奴らはゴブリンはブサ男が言ってたように『ホブゴブリン』に従属したのだろう。そして自分たちのバックにホブゴブリンがいるからこそ、オークの縄張りの中ででもここまで強気でいられるのだ。
だが気になることもある。奴ら俺の村のことを『あの村』と呼んでいた。もともとこの辺りにいたゴブリンなら村のことを知っててもおかしくはないのだが、俺は何故か無性にそのことが気にかかるのだった。
「まあよぉ、こげに沢山のすばらすぃ土産があんだぁ。オラたちが持ってけぇればホブゴブリンたちも褒めてくれるにちげぇねーべ」
「んだんだ。間違いねぇべ」
リーダー格らしいゴブリンが俺たちに近づいてくる。
「く、くるな!」
俺はそう言って近づいてきたゴブリンに向かってショートソードを構えるが、そいつは気にもとめずに近づいてくる。
(ちぃっ、まずいな……一匹だけならまだ俺でも勝てると思うが、四匹もいるとなると殺られかねん。どうする……『切り札』を使うべきか? いや、あれは俺にもリスクが高すぎる。一歩間違えればおれの命が危ない。ならば――『覚悟』を決めるしかないようだな)
敵意を持った複数に囲まれるという前世のトラウマのせいで忘れていたが、俺は今更ながらに目の前のゴブリンたちのステータスを〈鑑定〉の能力を使って確認する。
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種族:ゴブリン
HP 60/63
MP 0/0
体力 8
筋力 9
魔力 0
敏捷性 6
知性 4
物理防御 8
魔法防御 2
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どのゴブリンも似たり寄ったりなステータスだった。
ステータスを見る限り……こいつらホント弱いな。単体ならジュディでも十分勝てそうじゃないか。まあ、だからこそ群れているんだろうが。
しっかし、なんでこいつらはこんな貧弱なステータスのくせにデカイ面してるのか理解出来ない。バックについてるホブゴブリンの力を自分の力と勘違いしてるのか? なんだかだんだんと腹が立ってきたぞ。
相手のステータスを知ったことで俺の心にちょっとだけ余裕が生まれていた。こんなことならさっさと〈鑑定〉能力使うんだったぜ。
俺の目の前まできたゴブリンは俺より少しだけ大きく、やや上から俺を見下ろしニヤニヤ笑いながら馴れ馴れしくも話しかけてくる。
「おいガキんちょ。殺されたくながったらぁ、黙ってオラたちについて――ふごぉッ!」
そのにやけ面が気に入らなかったので取りあえずぶっ飛ばしといた。




