第二話 食糧確保命令
俺が昨日獲ってきた猪は不本意ながら村のみんなへ分配されることとなった。
なぜなら、いまオークの村は深刻な食糧不足に陥っていたからだ。
食糧を獲ってくる役割のオークたちが、運の悪いことに風下から近づいてきたオーガと遭遇してしまい、そのほとんどが殺され、食べられてしまったかららしい。
結果、外敵と戦ったり食糧を確保する戦士たちが激減してしまったため、いま村は食糧不足どころか存続すら危うい状況となっていた。
父であり族長でもあるブサ男はそのことで大いに悩んでいるみたいだ。現にいまも家の中で腕を組み、
「いったい……どうしたらいいんだ……」
とか呟いている。
その隣では心配そうな顔をした、母ブサ子が寄り添っていた。
「あなた……族長であるあなたが迷っては村が滅びますよ」
心配そうな顔をしてるくせにブサ子の言葉は辛辣だ。ほら、ブサ男がますます悩んじゃったじゃないか。ブサ子のバカ!
「父さん、他の村に援助を求めるのはどうかな?」
気をきかした俺がそう言った瞬間、ブサ男は鬼の形相となり唐突に俺は殴り飛ばされた。
「バカ野郎! そんなことをしてみろ……これ幸いとばかりに俺は殺され、残った村の者はその村の奴隷にされるんだぞ! オーク舐めてんのか!?」
そうだった。
なまじ意思の疎通が出来るもんだからすっかり忘れていたが、オークという種は弱い者には強く出て、強い者には媚びへつらう最低の種族だった。
たとえ同族であったとしても弱みを見せればそこに付け込み相手よりも優位に立とうとするのがオークという種なのだ。
対等な関係ならいいが、いまの村のように滅びかけた村が「助けて下さい」とか言おうものなら、それこそ、喜々としてその村人すべてを奴隷にしてこき使うに違いない。
俺は殴られた頬を押さえながら、改めてこの世界には自分の価値観が通じないのだと実感する。
と、その時、一匹のオークが慌てたような顔で家へと入ってきた。
「ぞ、族長! た、大変だ……ステファンの奴が森で……ほ、『ホブゴブリン』を見たって言ってる!」
「なんだと!? それは本当か?」
ブサ男が驚きの声を上げ聞き返す。報告したオークは真っ青な顔をして頷き、続ける。
「あ、ああ。本当だ族長。ステファンが言うには縄張りの中でゴブリンの臭いがしたから、懲らしめてやろうと思って臭いのする方へ向かったらしいんだ。そしたら……ゴブリンと一緒にホブゴブリンの奴らもいたらしい」
「くっ……こんな時に……」
ブサ男が悔しそうに顔を歪ませブサイクさに磨きをかける。
話に出ている『ホブゴブリン』というのはゴブリンの上位種で、通常のゴブリンより二倍は大きく知能も高い。
単体での戦闘力でもオークに匹敵するとも言われているが、ゴブリンの上位種の中には『ゴブリン・シャーマン』と呼ばれる魔法を使ってくる個体もいるらしく、その個体がいた場合、俺の見立てでは集団戦になったらオークよりもホブゴブリンの方が有利だと感じていた。
「くそ……この周辺にホブゴブリンの群れはいなかったはずだぞ?」
「そうなんですが……ステファンがホブゴブリンを見たのは事実です。ひょっとしたら……奴ら群れの移動があって村の近くに越してきたのかも知れません。族長、どうしますか?」
「…………ゴブリンと一緒にホブゴブリンもいたんだな?」
「はい」
「なら近くにあったゴブリンの群れはホブゴブリンに従属したに違いない。ゴブリンだけなら今の戦力でも何とかなるが、ホブゴブリンも一緒となるとな……」
そのままブサ男は黙り込んでしまう。ブサ子も報告にきたオークも黙り込んでしまった。
俺は立ち上がり、
「父さん……獲物を狩ってくるよ」
と言う。村の危機なのは分かっているが、子供の俺に出来ることなんて限られている。ならば今は自分の出来ることをやるまでだ。
「あ? ああ、頼む。聞いての通り縄張りにホブゴブリンがいるかも知れないから気をつけてな。それと……」
「?」
「さっきは殴ってすまなかったな」
ブサ男は頬を指でポリポリとかきながら謝ってくる。この指で頬をかく仕草はブサ男の照れ隠しなのだ。
「ふっ、別に気にしてないよ」
俺は笑ってそう言いうと、狩りの準備をして家を出た。
「さてと……ホブゴブリンに遭遇するとまずいから、今日は南の方に行くか」
報告にきたオークに聞いてみたところ、ホブゴブリンたちは北の森に出たらしい。
ここは一応警戒し、今日は南の森に行くことに決めた。
俺の家がある村の中心から、南の森へ通じてる村の出口に向かって道を歩いていると、メスのオークたちがすれ違うたびに声をかけてくる。
「あら坊ちゃん。今日も狩りですか? 偉いわねぇ。お姉さんもついていっちゃおうかしら?」
「ねぇねぇボクぅ。お出かけする前にわたしの家で休んでいかない?」
「ふふふ。坊や、こんど一緒に川遊びしましょうねぇ。もちろん、は・だ・か・で」
といった感じにだ。
どうやら豚の神とやらと交わした「容姿端麗のモテモテルックスにしてやろう」という約束は守られたみたいで、俺は子供でありながら相手の年齢問わず異性にモテまくっていた。
ただし、相手はオークばかりだったけど……。
いくら俺でもさすがにオーク相手では欲情することがなく、たまにわざとらしく胸をはだけてくるメスのオークを見ても俺の愚息はみじんも反応を示さない。
オークごときに反応したらその場で切り落としてやろうと思っていたので、この愚息の反応には俺も胸をなでおろした。
村の出口まで来た時、後ろからブサイク揃いのオークの中でもひときわブサイクな子供のオークが赤い髪を振り乱しながら俺目がけて走ってくる。
「ガイア待ってぇーん! あたしも行くぅー!」
ブサ男の右腕であるオークの娘であり、俺にとっては幼馴染でもあるメスのオーク、『ジュディ』だ。
三年前の『名前ブーム』の折、「あたしの名前は『ジュディ』にしたんだぁ。よろしくね。ガ・イ・ア・☆」と言い、ペロっと舌を出してウィンクしながら微笑むジュディを見て、なぜか無性に腹が立った俺が拳を握りしめぶっ飛ばしたのは今となってはいい思い出である。
「ジュディ……貴様何しに来た?」
「いま言ったでしょ。あたしも狩りについて行くの! 二人でいっぱい獲物を狩ってさ、村に持って帰ろうよ!」
ジュディは膨らみ始めたばかりの胸に手を置き、呼吸を整えながら笑顔でそう言ってくる。
「断る。俺は一人で狩る方が効率がいいんでな」
「えぇ!? そ、そんなこと言わないでよ! 族長――お義父さまにも『息子を手伝ってきてくれ』って頼まれたんだからね! あたし絶対についていくんだからね!」
ジュディは目に強い意思の炎を灯し、まっすぐに俺を見据えてくる。
「ちょっと待て。ジュディ、貴様なにさりげなく父さんのこと『お義父さま』とか呼んでんだよ!?」
「え? だってぇ……もう、ガイアはオスのくせにメスの口からそれを言わすのぉ? しょうがないなぁ。あたしは将来ガイアのおよめさ――ぶひぃ!」
何やら恐ろしいことを言おうとしていたので最後まで言わせずに取りあえずぶっ飛ばす。
「いったーい! まったくぅ、ガイアったら照れ屋さんなんだから。でもそんなところも大好きよ」
頬を染めながらそんな気持ち悪いことを言ってくるジュディの眉間をスリング用の石を握りこんでそのまま叩き付ける。
俺が確かな手ごたえを感じるのと、ジュディが額を押さえながらもんどりうつのは同時だった。
「ぶひぃぃ! ぶひひぃぃぃ! 血が……血がぁぁッ!」
俺の背後で転げまわるジュディを尻目におれは森へと向かって歩き出そうとした――が、
「ま、待ってよガイア……あた……あたしも一緒に行くんだから……」
と言いながら、がしっとおれの足を掴んで離さない。
それに対して俺は小さく「ほう」と驚きの声を上げる。
手加減なしの一撃だったにもかかわらず、ジュディはまだ動けるようだ。
その生命力の強さに興味を持った俺は〈鑑定〉の能力を使ってジュディのステータスを確認する。すると、ジュディの情報が頭の中に流れ込んできた。
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種族:オーク(幼体)LV.1
HP 78/120
MP 0/0
体力 14
筋力 10
魔力 0
敏捷性 5
知性 6
物理防御 34
魔法防御 3
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
なるほど……まだ子供とはいえ、昔から俺にぶっ飛ばされ続け何度も生死の境を彷徨ったジュディのHPと物理防御力は大人のオーク並みに成長していたのか。どおりでなかなか死なないわけだ。
(森にはホブゴブリンが縄張りを冒してきているようだし、これだけのHPと防御力を持っていればいざって時に盾としても役にたつだろう……よし!)
「気が変わった。ジュディ、ついて来るか?」
「え、ホント? うん! ついてく! どこまでもガイアについてく!」
がばっと起き上り、ぱっくり割れた眉間からダラダラと流れる血をそのままに笑顔で頷く。血を流しながらも喜んだ表情を浮かべるジュディの顔はどんなホラー映画よりも怖かった。
「殴ってすまなかったな。傷は大丈夫か?」
「うん、こんなのツバつけとけば治るよ! まぁ……ガイアのツバだったらすぐに治ると思うんだけどね」
俺はぶっ飛ばしたい衝動をなんとか抑え、発言の後半を聞き流す。
「よし、じゃあ出発するぞ」
「うん!」
村から出てジュディと一緒に森へと入っていく。するとジュディが、「あ、ちょっと待って」と言いながら足を止めたので振り返る。
「どうした?」
おれの問いにジュディはモジモジしながらこう言ってきた。
「んと……二人っきりだからって……え、エッチなこととかしないでよぉ?」
照れながらそう言ってくるジュディをもちろんぶっ飛ばしておいた。




