最終話 激闘は憎しみ深く
肉の焼け焦げた臭いは風が森へと運び去ってくれた。
あとに残るは肉が焼きただれ、もだえ苦しむゴブリン共の姿のみ。
「ほう。まだ生きていたか」
やはりというか、洞窟などの狭い空間とは違い、野外などの開けた場所では〈地獄の火炎〉は拡散してしまい、威力が落ちてしまうみたいだ。これは改良が必要だな。
(だが今は……)
俺はジュディたち三人が畏怖の念がこもった目で見ているケツをしまい、虫の息となったゴブリン共を見回す。
向かって来る時に先頭にいたゴブリンは炎で肺が焼けでもしたのか、既に息絶えていて体のほとんどが黒く焼け焦げ転がっている。後方にいた生き残ったゴブリン共は皆重度の火傷を負った状態で弱々しくうめき声を上げていた。
ゴブリンより生命力が強い、ホブゴブリン共なんかも辛うじて生きているみたいだが、それでもいつ死んでもおかしくはないような状態でうずくまっている。
そしてゴブリン共の族長であるアイツは――、
「ぐ……ぐうぅぅ……。ま、まだ終わってないっぺぇ……ぐっ……」
左半身を焼かれながらも長剣を杖代わりにしてよろよろと起き上ってきた。さすがは腐ってもゴブリン共の族長。といったところか。
「なんだ貴様。まだ続けるつもりなのか?」
俺の嘲りを受けてなお、ホブゴブリンは強い意志のこもった目で睨みつけてくる。
「あ、あったり前だべぇ……ゴフッ……お、オラはまだ負けちゃねぇ。負けちゃいけねぇんだぁ!」
ホブゴブリンは長剣を振り上げ、自分の足だけで立つと、ふらふらとしながらもこっちに向かってくる。それを見たエリーが、ぎゅっと俺の服を握りしめていた。
「しょ……勝負だぁ。……はぁ、はぁ……オラとぉ……オラと一対一で勝負しろぉ……」
そう言いながら、ホブゴブリンはまるでゾンビのようにぎくしゃくと体を揺らしながら近づいてくる。
「なーに今さら『一対一で勝負』とか言っちゃってんのよ! バッカじゃないの!? いいわ。そんなに死にたいならあたしがその頭かち割ったげる!」
片手斧を握ったジュディがずずいと前へ出る。
俺はやれやれと思いながら、出しゃばってきたジュディをぶっ飛ばそうと拳を振り上げた時、ブサ男がジュディの肩に手を置いてジュディを止めると、自ら前へ出てホブゴブリンと向き合う。
「ジュディちゃん。それは族長である俺の役目だ。ここは任せてもらおうか」
そう言い大剣をホブゴブリンへ向ける。
「ちょ、父さん、何やってんだよ! 今さら果し合いになんの意味もなじゃないか!?」
「バカ野郎!」
その言葉と共にブサ男の拳が飛んできて俺はぶっ飛ばされた。
「果し合いを挑んでくる者に戦士として……族長として背を向けれるはずがなかろう! ガイアよ、お前にはオークの戦士としての誇りはないのか!? それともオーク舐めてんのか!?」
俺は殴られた頬を押さえもせずにブサ男の怒声をポカンとした顔で受け止める。
「お義父さまやめて! ガイアをぶたないで!」
「やめてけろ! ガイアさ殴んねぇでけろ!」
そんな俺にジュディとエリーが庇うように覆いかぶさってくる。頼むから離れてくれ。
俺を守ろうとする二人の姿を見て、ブサ男は「ふっ」と笑うと、俺に向かって、
「良いメスたちを見つけたな。大切にするんだぞ」
と言ってホブゴブリンへと向き直る。
っておい。なに死亡フラグ立ててんだよ!
「ガイアよ、父の背を見て戦士として、オークとしての矜持を学ぶがよい」
俺は「オークとしての矜持なんか知りたくもねーよ」とか思いながらも何故かその背を目で追ってしまう。
「……ゆくぞ!」
そう言い大剣を構えるブサ男。
「こ、殺すてやるぅ……」
長剣を振り上げてブサ男に応えるホブゴブリン。
ブサ男は未だ血が流れ出ている深い切り傷だらけで、ホブゴブリンの方も半身を重度の火傷に侵されている。
満身創痍の両者。
互いに一太刀でもあびれば、それが止めとなることは想像に難くない。
誰かの喉がゴクリと鳴った。
瞬間、その音が合図であったかのように駆け出す両者。
「うおぉぉぉぉぉッ!!」
「はあぁぁぁぁぁッ!!」
雄叫びを上げながら剣を振るう。辺りに剣と剣がぶつかり合う音を響かせながら何合も打ち合っている。
凄まじい剣戟だった。
とても重傷を負った者同士の戦いには見えやしない。
ロウソクの炎は燃え尽きる寸前に強く赤く揺らめくというが、今まさに命の炎を燃やし尽くそうとしている両者にこそ、その言葉が当てはまる。
だが、炎は必ず燃え尽きる。
決着の時が近づいていた。
「死ぬさぁぁぁッ!」
「父さん危な――――」
俺の呼びかけよりも早く、ホブゴブリンの振り下ろした長剣がブサ男の左肩へずぶりと食い込む。
「ぐぬぅっ!」
「がぁっはっは! このまま地獄さ行けぇぇぇ!」
ホブゴブリンがブサ男の肩にめり込んだ長剣で更に下へと斬り拡げようと力を込める。
しかし――、
「んっ!? な、なんだべ!? け、剣さ動がねぇ!」
押しても引いても動かない長剣に狼狽するホブゴブリン。
そうなのだ。ホブゴブリンの長剣はブサ男が力を込め、盛り上がった筋肉によってその動きを完全に止められていたのだ。
にやりと笑みを浮かべたブサ男が、そのまま左腕でホブゴブリンの腕をがしっと掴む。
「……終わりだ。ホブゴブリンよ」
「うわぁぁぁ! 離すだ離すだ離すだぁぁぁぁ!」
ブサ男が大剣を横に振るい、ホブゴブリンの首をはね飛ばす。
頭部を失ったホブゴブリンの首から血が噴水のように降り注ぎ、それを全身に浴びながらブサ男がゆっくりとこっちへ振り返る。
「終わったぞ……息子よ……」
そう言い残し、ブサ男は力尽きたようにどさりと前のめりに倒れこんでしまう。
「父さん!」
「お義父さま!」
俺とジュディが同時に叫び、エリーは素早くブサ男に駆け寄ると、気を失い倒れているブサ男に回復魔法をかけ始める。
「エリー、父さんは大丈夫か?」
「分がんねぇ。んだども絶対にガイアのお父さんさ助けてみせるぅ。祈っててけろ!」
そう言いながらエリーは光り輝く両手をブサ男の傷ついた体に当て、何度も何度も回復魔法をかけ続けていた。
やがて――。
「いやー、死んじゃうかと思ったよー」
そこには死の淵より生還したブサ男の姿があった。
話を聞くと、夢の中で綺麗なお花畑にいた巨乳のメスオークたちと、「きゃっきゃ、うふふ」と戯れていたらしい。後でブサ子に報告しておこう。
ブサ男を復活させた立役者、エリーは地面に大の字になって荒い息を繰り返している。
致命傷を負っていたブサ男を回復させることが出来たエリーを不思議に思い、こっそりと〈鑑定〉でステータスを確認してみたところ、驚いたことに回復魔法のレベルが大きく上がっていた。
おそらくは負傷したオークたちを回復させたことでレベルアップしていたのだろう。そしてそのことがなければ、棺桶に両足突っ込んでたブサ男を回復させるなんてことは出来なかったはずだ。
まったくもって運がいい。
「さて……と、」
俺は立ち上がり、火傷を負って動けないでいるゴブリン共を見る。
「父さん。あいつらはどうするの?」
と、ゴブリン共を指さしながらブサ男に聞いてみる。
「もぉー、ガイアったらそんなの決まってるじゃない。食べるのよ! それにほらっ、ちょうどこんがりミディアムレアに焼けてるみたいだしぃ」
そう言い、よだれを垂らしながら「ぐー」とお腹が鳴っているジュディ。
そんなジュディをぶっ飛ばしながらブサ男の回答を待つ。
「そうだな。痛みで苦しんでいるようだし……ここは止めをさしてやるのがオークの戦士として正しい行いなのだろう。それにやつらも戦士なら、誇りを持って死にたいに違いない。敵の剣に討たれることを望んでいるはずだ」
腕を組んだブサ男が答える。
しかし、口からだらだらとよだれが溢れ出ているあたり、その言葉にあまり説得力を感じられない。
とそこで、エリーががばりと起き上ってきた。
「ぜぇ、ぜぇ……ふぅ。すまねぇけんど、も、もし良がったらぁ、ご、ゴブリンたつを生かしてやってくんねぇかなぁ?」
エリーの突然の発言に、俺を含めた三人は驚いた顔でエリーを見かえすのだった。




