第一話 オーク大地に立つ!!
光に呑まれていた意識が覚醒する。
どうやら無事転生に成功したみたいだな。
前世……というか畑山球男だった時は両親共にとても残念なお顔だったため、残念な遺伝子に残念な遺伝子が掛け合わされた結果、必然的に俺はとても残念なお顔立ちとなり、日本でも屈指のブ男だったと自負している。
だからこそ新しい人生には大いに期待していた。なんせ神本人が『容姿端麗のモテモテルックスにする』と約束してくれたのだ。期待するなという方が無理ってもんだ。
きっと目を開ければ容姿端麗モテモテルックスに生まれ変わったはずの俺に相応しい、美男美女の両親が微笑んでいるに違いない。
期待に高鳴る胸の鼓動を感じながら、そっと目を開けてみる。
すると……俺の目の前には金髪巻毛の美女も白馬が似合いそうな美形もいなく、なんと……豚面の醜悪な化け物が二匹いるだけだった。
(なっ!? これはオークか!? いきなりモンスターがいるなんて聞いてないぞあの豚野郎! どんなハードモードだよ!)
取りあえず逃げようとするが体が思うように動かない。今の俺は生まれたばかりの赤ん坊なんだから当たり前か。てーか、俺の新しい人生は転生した瞬間にオークに喰われて終了なのかよ…………ん?
というかオークがなかなか襲ってこないぞ? いやいや、ちょっと待てよ……。
俺は何かとても嫌な予感を感じながら恐る恐る自分の体を見てみる。
まず視界に入るのは短い手足。これは赤ん坊なら当たり前のことだ。だが……肌の色が目の前のオークと同じ淡い緑色ってどういうことだコラ。光合成なんて能力付加してねーぞ! 更に視界の下の方には平べったいくせに突き出ている豚の鼻のようなものがチラチラと視界に入っていた。
オークのうち一匹が俺を優しく抱き上げる。もう一匹はそれを「ブギィブギィ」言いながら嬉しそうに覗き込んでいる。釣られて俺を抱いてるオークも「ブギィブギィ」騒ぎ始める。
ここで俺が付加した能力の〈言語習得〉が作用した。
『コンニチハ、アカチャン。ママデスヨー』
その瞬間、俺は絶望した。
(ハメやがったなあの豚野郎!)
考えてみれば『豚の神』って時点で警戒するべきだった。そして転生先の種族が人間であることもちゃんと確認しておくべきだった。
その確認を怠ったゆえに俺の転生先の種族は『オーク』という悲しい結果になってしまったみたいだ。
こんなことなら淫乱美女天使のいる天国行にしておくべきだった……。
だが、後悔したところで現状が変わるわけはなく、俺はオークとして新たな人生(?)を歩み始めるのだった。
転生してして五年の月日が過ぎた。
オークの成長は人間よりは早いらしく、五歳でもすでに俺の体はゴブリンぐらいの大きさになっている。この成長速度に俺は大いに救われていた。
なんせ、転生した当初は、醜い母親の胸の膨らみの頂点にある、どす黒い突起物から出てくる白濁した液体(母乳)からしか栄養を得ることが出来ず、一年が経ち、やっと牙が生え揃って乳離れ出来たと思った矢先に今度は父親が狩ってきた動物の肉を生のまま食べろときたもんだ。
いっそ餓死してやろうかとも思ったが、新しい肉体は食欲旺盛な上にイカれた胃袋をしているらしく、おれの意思に反してどんな物でもどんどん受け入れやがる。
木の実やキノコ、猪や大型のトカゲの肉なんかはかなり『当たり』な方で、ひどい時になるとゴブリンの肉にぷりんぷりんした小型のスライム。よく分からない巨大昆虫なんかも半ば無理矢理に食べさせられたりもした。
そんな耐えかだきを耐え、忍びがたきを忍んで五歳となった今では、俺は自分の食べる分は自分で狩り、その動物の肉を火を使い自分で料理して食べるようになっていた。
なにせオークのやつらときたら、狩ってきた獲物は何でも生のまま食べようとするもんだから、前世の意識と記憶を引き継いでいる俺にはそれがどうしても我慢出来なかったのだ。
俺が自分で獲物を狩ることについて両親は大いに喜んでいる。それというのもオークの世界ではオスだろうとメスだろうと一番強い者が族長になるしきたりで、幼い内から一人で様々な獲物を狩ってくる俺は将来の族長候補として両親にかなり期待されていたからだ。
俺の父親は当代の族長なんだが、母が言うには豚面の父は「このまま成長すれば俺の息子も族長になる。とても嬉しい」と文字通り醜悪な笑みを浮かべて喜んでいたそうだ。
あと、驚いたことにオークには自分の『名前』を持つという習慣がなく、俺がオーク語を完璧にマスターした二歳の時に自分のことを「ガイア」と名乗り始めたら、たちどころに名前を持つことがオークたちの間で流行り、現在では俺のいる村だけじゃなく、周辺の村にまで自分の『名前』を持つことが習慣として組み込まれているそうだ。
ちなみに「ガイア」という名は別に厨ニネームじゃなく、前世の『球男』という名が「地球のようなでっかい男になって欲しい」といった意味から名付けられたらしく、ならばいっそのことこっちでもそれを引きずってやろうじゃねーかってことで「ガイア」と名乗ることにしたのだ。
この『ガイア』という響きに両親はいたく感動し、「パパとママにも素敵な名前をつけて!」と瞳を輝かせてせがむもんだから、「子供が自分の親に名前をつけるとかどんなだよ」と思いつつも「ブサ子」と「ブサ男」という、どこに出しても恥ずかしくない立派な名を授けてやった。ついでに俺が三歳の時に妹が生まれたので、こっちには「ブス美」と名付けた。両親は俺のネーミングセンスに感銘を受けむせび泣いていた 。
そして今日も俺は自分の食べ物を得るために狩りの準備をしていた。父ことブサ男が人間を倒した時に入手したという錆びたショートソードを腰に差し、これまた錆びてボロボロのダガーを数本懐に入れ、最後に自作したスリングと適当な大きさの石ころを数個皮袋へ入れる。
「よし、狩りに行くか! 出来ればウサギか猪を狩りたいもんだな」
そう今日の晩御飯に夢を膨らませながら深い森の中にあるオークの村を出る。
オークの村……というかオーク自体文明レベルはかなり低く、村といっても穴を掘ってその上に木で骨組を作り、デカい葉っぱを被せるだけという竪穴式住居ような簡素な家が無数に集まっているだけに過ぎない。
ここはファンタジー世界のはずなのだから、いつかイカした西洋風のお城とかに住んでみたいもんだぜ。
森の中を体感時間で一時間ほど進み、罠を仕掛けていたポイントまでたどり着く。他のオークたちは俺が狩ってくる獲物はすべて壮絶なタイマンの末仕留めてきていると勝手に思っているみたいだが、それはとんだ勘違いだ。こちとらそんなめんどくさいことは一切せずに罠を使って仕留めてんだよ。
そして今日も俺の仕掛けていた罠に獲物――猪が捕らわれていた。
罠は深く掘った穴に木を削って先端を尖らせた杭を埋め込み、穴の上を木の枝を使って大きい葉っぱで覆い、土を被せて最後に餌の木の実を置く。という簡素なものだったが、そんな単純な罠でもこのように猪が見事にかかり、杭に体を貫かれながらも穴の中でまだジタバタともがいていた。
「ほほう。猪か。こりゃ大物が獲れたな」
猪の肉は俺にとって数少ない好物のひとつだ。今日の晩御飯のことを考えているとダラダラとよだれが溢れ出てくる。
「おっと、いかんいかん」
俺はよだれを腕で拭って穴の中へと降り、ショートソードを使って猪に止めを刺したあと、猪の後ろ足をツルで縛り木にぶら下げて血抜きをする。この時点ですでに日はだいぶ傾いていた。
俺は血抜きの終わった猪をずるずると引きづりながら村へと帰るため歩き始める。
ぶっちゃげオークという存在はこの森の中で強くも弱くもない中庸な存在でしかない。ゴブリン一匹程度なら子供の俺でも戦って勝つ自信はあるが、村のあるこの森にはまだトロルやオーガといった、オークよりも遥かに強い種族もいるのだ。うっかり出くわそうもんなら命がいくつあっても足りやしない。
まあ、幸いにもオークは嗅覚に優れていて、やばそうな相手が近づいてくるとすぐにわかり、その場合は即座に反対方向へと逃げるようにしているため、俺の命が危険に状況になるようなことはそうそうなかった。
「しっかし……この〈捕食〉って能力を活かす機会がなかなかこないもんだなぁ」
〈捕食〉の能力は相手を食べることにより、食べた相手の特長を自分のものに出来る能力だと聞いていたが……俺が食べるものといえば動物の肉や魚ばかりなのでなかなか〈捕食〉の能力を活かす機会がない。
ブサ男に無理やりゴブリンの肉を食べさせられた時は能力が発動しなかったが、でっかいカメレオンみたいなトカゲを食べた時は〈捕食〉の能力が発動し、俺は周囲の色に合わせて自分の体の色を変えることが出来るようになっていた。
おそらくは捕食対象にとんがった特長や、他者より優れている長所があるヤツを食べない限りこの能力は発動しないのだろう。
「もっと成長して大きくなって……この能力を活かさないとな」
そう呟き拳を握る。
俺には計画があった。「この世界で最強になる!」という計画が。
そのためにはまずこの森で一番強くならなくてはいけない。まずはその第一歩として何としてもトロルとオーガの肉を手に入れたいのだ。
俺の読みではトロルを食べればトロルの特長である〈再生能力〉が、オーガを食べればオーガの特長である怪力か強靭な肉体、あるいはその両方が手に入るはずである。
だからまずは成長し、肉体的に大きくなってもっと強いモンスターとも戦えるようにならなくてはならない。
「俺は『最強』になる。最強になって…………エルフや猫耳娘を手に入れるんだ」
俺の夢と希望に満ち満ちた独白は深い森の闇へと吸い込まれ消えていった。




