第十八話 ジュディ特攻!(させたい)
ブサ男にはすぐに追いつくことが出来た。ブサ男は無理して走っているせいで傷口が開いてしまったらしく、全身が赤く濡れていた。
「はぁ、はぁ……ガイア、無事だったか。それにジュディちゃんも……」
走り寄ってきた俺らを見てブサ男がそう口を開く。
俺が無事だったことがよほど嬉しかったのだろう。血の気の引いた青白くなった顔でありながらも嬉しそうに笑っている。
「……ん? そのメスのゴブリンはなんだ? 人質か? それとも矢に対する盾代わりなのか?」
ジュディが担いでいるケツに矢が刺さったままのエリーを見て、頭の上にクエスチョンマークの浮かんだブサ男が聞いてくる。
「違うわお義父さま。エリーはゴブリンだけどあたしの友達なのよ。あいつらの――」
そう言いながらジュディが後方から追ってくるゴブリンに視線を送りながら続ける。
「奴隷にされていたところをガイアが助けたの。エリーは回復魔法が使えるのよ!」
ジュディが肩に担いだエリーをブサ男に紹介する。担がれたままのエリーはブサ男と目が合い「あ……ど、どんもぉ」と居心地悪そうに挨拶していた。
まあ、初対面なのに担がれたままというのは非常に気まずいだろうから当然だ。
「エリー、はぁ、はぁ……父さんを回復魔法で……はぁ……治せないか?」
「ん……あたすもそうすたいんだけんどぉ、回復すっには邪神様さお祈りすてぇ、傷口に手さ当てなきゃなんねぇから……走ったままじゃ無理だぁ」
ふむ。ゲームみたく呪文を唱えればすぐに回復! とはいかないらしい。少なくともエリーの場合、回復魔法をかけるにはいくつかの手順を踏まなくてはいけないみたいだ。
こうしてゴブリン共に追われている状況では足を止めることなど出来はしない。だから今はブサ男を回復させることも出来ないというわけか。クソ!
「なーに、父は大丈夫だ。心配するな息子よ」
ブサ男が俺を安心させるために頷きながらそう言ってくる。でもそれがただの強がりなのは誰の目にも明らかだ。
今は気が張っているいるから走れているが、その緊張のお糸がプツリと切れてしまった時が危ない。
(何か手を考えなくては……)
俺は走りながら考えを巡らすが、浮かんでくるのは追ってくるゴブリン共にジュディを特攻(投げ込むとも言う)させるということばかりだった。
空を見上げても狼煙は上がっていない。
ブサ子率いるオーク本隊の匂いも周囲には感じない。
(まずいな……ブサ男もそう長くは持たんぞ)
ブサ男の足がもつれ始めたのを感じ、そう考えていると森の先から強い風が吹き、走り続けて熱くなった体を僅かに冷ましてくれる。
(ん? ……この風は――)
「ねえガイア。なんかおかしいと思わない?」
「ふぅ、ふぅ……どうしたジュディ?」
俺の考え事を遮るかのようにジュディが話しかけてくる。こんな状況じゃなければぶっ飛ばしていたところだ。
「ゴブリンたちが襲いかかってこないのよ。ずっと追いかけてくるだけなの」
ジュディに言われて初めて俺も気づく。さっきまではバラバラに跳びかかってきたゴブリン共が、いまは一定の距離を保って黙々と追いかけてくるだけなのだ。俺でも気づかなかったことにまさかジュディ如きが気づくとは……悔しいがジュディに五ポイントくれてやろう。ちなみにこのポイントは、百ポイント貯まるともれなく俺の拳が飛んでくるという素晴らしいものだ。
「え、えっとぉ……と、跳びかかってもぉ、すんぐやられちまうから止めたんでねぇか?」
「あっ、なるほどねー! エリーってば頭いいじゃない!」
「へへへ……ガイアとジュディが強いがらぁ、きっと跳びかかっても無駄だって分かったんだべぇ」
ジュディに褒められたエリーが嬉しそうに頬をかく。
確かに理に適っている。いまの俺とジュディが相手では一匹、二匹がかかってきたところで返り討ちに合うのがおちだろう。
だが――――はたして本当にそうだろうか?
「矢だ! 気をつけろ!」
ブサ男がそう叫ぶと、矢が俺たちの進行方向のやや左側に次々と降ってくる。
「こっちだ!」
ブサ男が先頭に立ち、矢の飛んでこない右へと進む。
再び矢。また右へ。
(ん? これは……間違いない。俺たちは――――)
俺たちはブサ男の後についていき森を進んでいると、唐突に森が開かれ、目の前には深い谷底が広がっているではないか。
(――誘導されていた!)
そう、ゴブリン共は弓矢を使って俺たちを崖へと追い込んでいたのだ。
俺はこの場所には何度か来たことがあり、確か崖下を覗くと谷底が見えないぐらいに深かったはずだ。
ここからダイブしても死なないのはジュディぐらいなものだろう。
自分たちが崖へと追いつめられていたことに気づいたブサ男の顔が歪む。
「くっ、すぐにここから離れ――」
「はははははっ! やっと追いつめたぞ、こん豚共がぁ!」
森から次々とゴブリン共が出てきて俺たちを扇状に囲むと、ゴブリン共の族長であるホブゴブリンがそう叫ぶ。
俺はみんなを守るように正面に立ち、エリーを地面に下ろしたジュディも片手斧を握りしめて俺の隣へと立つ。
「おめぇら、さんざん手こずらせやがっでぇ………ただで死ねると思うなよぉ」
俺たちを散々追いかけ、仲間を殺されたことで怒り心頭なのだろう。額にはいく筋もの血管が浮き出て、それらすべてがピクピクと波打っている。そのまま血管ブチ切れて死ねばいいのに。
谷底から強い風がごうと吹き上がり、そのまま大地を走って森を駆け抜け木々を騒めかせる。ついでにジュディの着てる毛皮のすそがぺろんとめくれ上がるがそんなことはどうでもいい。
ほんとどうでもいい。
「んだば……なーして殺すっか――――ん? おめぇらあん時のガキんちょでねぇが?」
族長のホブゴブリンが驚きの声を上げながら俺とジュディを交互に見る。
「おめぇらは縛って巣さ置いけたはずなのに……なしてこっだなとこさ――――って、あぁっ!?」
こんどはエリーを見て口をあんぐりと開ける。やれやれ、うるさいヤツだ。
「なして奴隷のおめぇまでいんだべ!? 巣の洞窟さ縛り付けてあったでねぇか!」
ホブゴブリンの恫喝にビビったエリーがさっと俺の背に隠れる。
俺はそんなエリーを守るように立ち、ホブゴブリンを睨み付ける。
「ふん。貴様らの巣にいたはずの俺たちがどうしてここにいるかだと? わざわざ教えてやる義理はないな。貴様の足りない頭で考えてみてはどうだ。まあ、バカな貴様には無理かもしれんがな!」
俺は「バカ」の部分を強調してホブゴブリンを挑発する。
「んだとぉ!? バカなのはそっちだべぇ! オラたちにここさ追い込まれたおめぇらこそバッカでねぇか! 矢は外れてたんでねぇど。『わざと』外すてここさ追い込んだんだからなぁ!」
ホブゴブリンは顔を真っ赤にして怒鳴り返してくる。
俺は小声でエリーに、
「エリー、俺が時間を稼ぐから父さんを回復させてくれ」
と背中越しに指示を出し、エリーが、
「ん、わがっだぁ」
と返事をしたのを聞いてからホブゴブリンへ向き直る。
「はっ、貴様たちがここに俺たちを誘導していたのには気づいていたさ。正面から戦うことの出来ない臆病者の貴様にはピッタリのせこい作戦だな」
「あん? オラが……『臆病者』だとぉ?」
俺はわざとらしく大きく頷き、続ける。
「そうだ。臆病者だ。違うというのなら俺と一対一で勝負しろ! まあ、もし貴様にそんな勇気があるのならば、だがなぁ!」
と、握っているショート・ソードの切っ先をホブゴブリンに向けてあからさまな挑発をする。
そんな俺の挑発を聞いていたゴブリン共の視線が自分たちの族長である、ホブゴブリンへ自然と集まる。
自分たちの族長が一対一での果し合いを挑まれたのだ。群れの頂点である自分たちの族長の返答は――。手下たちからそんな感情が入り混じった目が向けられているホブゴブリンがニヤリと笑う。
「ぐぁっはっはっ! ……おいガキんちょ。おめぇまさかオラに勝てる気でいんかぁ?」
おっ? 俺の挑発に乗ったのか?
「そんなことはどうでもいいだろ。俺に果し合いを申し込まれた貴様の返答を聞こうか?」
俺は強気で問い続ける。
そして、ヤツが出した返答は――。
「くっくっくっく…………バァァァカがぁ! せっかく追い込んだってのによぉ、なしてオラがおめぇみてぇなガキんちょとわざわざ一対一で戦わなきゃなんねぇんだ? おめぇバカだべぇ!?」
ホブゴブリンが狂ったように高笑いを上げる。
答えは予想通りの「否」だった。
「ならば……ならば俺と戦え! 貴様もゴブリンの族長なら、族長同士、正々堂々と俺と戦え!」
そう言いながら俺を押しのけてブサ男が前へ出る。エリーの治療はまだぜんぜん終わっていない。傷が多すぎるのだ。
なのにブサ男は前へ出た。俺たちを守るために。
「ああん? オラに戦えだぁ? はんっ。ほんっとオークっつーのはバカな種族だべぇ。なしてこの状況で果し合いをする必要があんだぁ? ええがぁ? おめぇらは、オラたちに、ここで、何も出来ずに、ぶち殺されんだぁ! ついでに裏切りもんのメスも殺すけぇ、せいぜい気張って抵抗すっぺよぉ。オラが楽すめるようになぁ!!」
ホブゴブリンがロング・ソードを頭上に掲げ、手下のゴブリン共に俺たちを殺すよう指示を出そうとしたその瞬間――――。
「くっくっく……」
俺の口から堪え切れなくなった笑いが這い出てきてしまった。
「む……ガイア?」
「ちょっと、どうしちゃったのよ?」
「ガイアさ、どうしたんけぇ?」
そんな俺をブサ男が、ジュディが、エリーが、不思議そうな顔を向けてくる。それに構わず邪悪な笑みを浮かべたまま俺は笑い声を上げ、ゴブリンの一匹が「いかれちまったべぇ」と言った瞬間、キッ、とホブゴブリンを睨みつけ、叫ぶ。
「俺たちが『バカ』? 俺たちを『追い込んだ』だと? ふっ……あほうが! 追い込まれたのは俺たちではない。貴様たちの方だ!」




