第十六話 ブサ男脱出
俺はブサ男を探して森を進んでいく。
ブサ子たちには言わなかったが、実はブサ男の隠れていそうなところに俺は心当たりがあったのだ。
それは俺がブサ男に連れられ初めて森に入った時に教えられた、危険なモンスターに追われた時の緊急避難場所。
その避難場所とはハーブの群生地のことで、この森のモンスターたちのほとんどがどうやらそのハーブの匂いが苦手らしい。
俺からしてみたらそのハーブの匂いはミントに似た、スーッとした清涼感のある香りに感じられたのだが、何故かブサ男は鼻をつまみながらハーブを指さし、「この葉っぱちょー臭いだろ?」と顔をしかめながら言ってきた。
俺にはどう考えてもめったに体を洗わないブサ男の方が臭かったが、前世でミントの香りが苦手な人もいたのでいちおう曖昧な顔で頷いておいた。
おそらくブサ男はそのハーブの群生地にいる。鼻をつまみながらハーブに埋もれているに違いない。
「待ってろブサ男よ!」
俺は駆ける。実の父を呼び捨てにしながら駆ける。俺がこの森の頂点に立つためにはまだブサ男を――オークの村を失う訳にはいかない。だから俺は駆けた。
「む?」
俺は風にゴブリンの匂いが混じっていることに気づき足を止め、木陰に身を隠す。
匂いからおそらく数はそれほど多くはない、数匹のグループだろうと見当をつける。
やはりゴブリン共は分散してブサ男を探していたのだ。
「さて……どうするかな?」
本来ならゴブリンのグループを発見したら狼煙を上げてオーク本隊へと知らせなければならない。なんせ俺自身が立案した作戦なわけだしな。
だが……、
「やっぱり……『試して』みたいよなぁ」
俺は手のひらに小さな火をボっと灯し、にやりと笑う。
そう。俺は手に入れたばかりの〈火魔法〉が使いたくて仕方がなかったのだ。
魔法を手に入れた上に能力の〈魔力強化〉で威力が底上げされている俺は、ゴブリン数匹は元よりホブゴブリンを相手にしたって有利に戦える自信がある。
ならば試すしかあるまい。
今の俺自身の実力を。
ゴブリンとの戦闘を決意した俺は押し音を殺しながらゆっくりと匂いのする方へ進み……いた!
数はゴブリンが四匹、ホブゴブリンが二匹の計六匹。
ゴブリン共は草をかき分け、周囲をきょろきょろと見回しながら進んでいる。
(六匹か。……ホブゴブリンも混ざっているが、魔法を手に入れた今の俺の敵ではないな)
念のため〈鑑定〉で敵のステータスを確認した後、俺は戦闘に備えて素早く準備をし始まる。
『準備』といっても大したことではない。装備していた革鎧と籠手、着ていた毛皮の服を脱いで生まれたままの姿――そう、『全裸』になるだけだ。
なにも全裸になったのは個人的な趣味でも、この奥深い森のなか全身で森林浴をするためでも、ましてやゴブリン共に全裸で土下座ためでもない。
俺の能力、〈蜥蜴迷彩〉を使うためだ。
この〈蜥蜴迷彩〉は周囲の色に合わせて自分の体表を変色させることが出来る、アニメに出てくる光学迷彩に似たような能力なのだ。ブサ男に無理やり食べさせられたトカゲから得た能力が、こうしてブサ男を救うために使うことになるとは思いもしなかったぜ。
「いくぞ……〈蜥蜴迷彩〉!」
そう呟くと俺の体が隠れている木と同色に変わる。どういう原理か知らないが、ちゃんと木の節やしわまで再現されているから驚きだ。
俺はゴブリン共を先回りし、ショート・ソードを背中に隠して木にへばり付き、待ち伏せする。
ゴブリンもホブゴブリンもあまりやる気を感じない顔でガサゴソと茂みに棒っきれを突っ込みながらこちらに近づいてくる。きっとあれでブサ男を探しているつもりなのだろう。
そしてついにゴブリン共が木と同化している俺の前を通り過ぎた。
(いまだ!)
俺はすかさず最後尾のホブゴブリン目がけて跳びかかり、逆手に構えたショート・ソードをホブゴブリンのがら空きとなってる延髄に突き刺す。
「グァァァァッ!」
突然の奇襲を受けたホブゴブリンが断末魔の叫び声を残してバタリと倒れ、それに気づいた残りのゴブリン共が一斉に振り返る。
「お、おめぇなにもんだぁッ!?」
もう一匹のホブゴブリンがそう叫びながら腰のシミターを抜く。
くっくっく。驚いてる驚いてる。まあ、振り返った先に刃物を持った全裸のオークがいたら俺でも驚くから無理はない。
「貴様らに名乗る名はない。死ね。火球!」
限界まで威力を高めた火球をホブゴブリンに向け放ち、奇襲を受けた動揺から立ち直っていないホブゴブリンはそれをまともに受け、じゅうという周囲に肉の焼ける音を響かせながら後ろに倒れる。
「ひ、ひぃぃぃっ!?」
そこでやっと状況を飲み込めたらしい残りのゴブリン共に動揺が広がる。
絶対の存在だと信じていたホブゴブリンが目の前で立て続けに倒されたのだ。ゴブリン共は武器を持つ手が震え、脚はガクガクと揺れている。
恐怖に呑まれたゴブリン共の命を刈り取るのはとても簡単だった。
二匹はショート・ソードで仕留めもう二匹は火球で焼き殺す。
最後に立っていたのは全身に返り血を浴びた全裸のオーク(俺)だけであった。
「能力の併用でここまで有利に戦えるとはな……」
俺はニタニタと邪悪な笑みを浮かべながら服と鎧を身にまとい、ぷるんぷるんした可愛らしいモノをしまった後、再びブサ男を探し森を進む。
ハーブの群生地を目指す途中、更にゴブリンのグループを三つ発見したが、狼煙は上げずに同じように〈蜥蜴迷彩〉と魔法を使って始末しておいた。これでゴブリン共の戦力をかなり削ぐことが出来たはずだ。
すでに夜は明け、空を見上げると誰かが上げた狼煙が見える。作戦は順調に進んでいると信じたい。
「ふう、やっと着いたか」
俺の目の前には森の開けた場所にハーブがいっぱいに生えていて、清涼感のある香りが辺りに広がっている。そして、その匂いに混じってブサ男の匂いも微かにしていた。
俺は自分の考えが間違っていなかったことに喜びを感じながら、その中をまっすぐに進み、ハーブの草で隠れるようにうずくまっている傷だらけのブサイクな生き物――ブサ男に声をかける。
「父さん……やっと見つけたよ」
「……信じられん……ガイアか?」
ブサ男が薄く目を開け俺を見上げる。
一体どれほどの時間ここに隠れていたのか、鼻をつまんでいる指は限界が近いらしく震えていて、力いっぱいつままれ続けていた鼻は擦り切れて、うっすらと血がにじんでいる。
体の方も切り傷でいっぱいで、生きているのが不思議なくらいだった。
「良かった……無事だったんだね」
「当たり前だ! 族長である俺が死ぬわけないだろう」
ブサ男は鼻をつまんだままニヤリと笑う。そのせいで鼻に若干の隙間が生まれたらしく、「ゲホゲホ」と激しくむせてしまった。
俺はそんなおバカなブサ男の背中をさすりながら優しくこう言ってやる。
「父さん……こういう時は鼻になにか詰めればいいんだよ」
「!? ガイア……お前天才か!?」
驚愕した顔で俺を見るブサ男の鼻に、エリーの時みたく丸めた布をつっこんだあと、傷口を縛って止血し、ブサ男に肩を貸す。
身長がブサ男の半分ぐらいしかない俺でも支えぐらいにはなるみたいで、ブサ男は何とか体を起こすことが出来た。
「父さん動ける?」
「ああ。この程度の傷、どうってことはないさ!」
そう笑うが、息子であるおれにはその笑顔がただの強がりだと分かってしまう。でも強がれるってことはそれだけ強い意思を持ってるってことだ。強い意思が命を繋ぎとめている間にブサ男をみんなの元に運ばなくては。
俺は回復魔法を使えるエリーの肉を〈捕食〉しなかったことを後悔しながら、ブサ男と一緒にいままた上がったばかりの狼煙を目指して移動を始めたのだった。




