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第十三話 再開、母よ……

 洞窟を出た俺たちは体や毛皮の服についてしまった〈地獄インフェルノ腐臭スメル〉を洗い落とすためにまず水場を探した。ゴブリン共は洞窟を巣として使っていたが、拠点となる場所の近くには必ずと言っていいほど飲水として利用する水場があるはずだからだ。事実、洞窟からそう離れていない場所に湧水を見つけ、俺たちはそこで体と装備品を洗い臭いを落とす。

 体を洗っている途中でジュディが「背中流してあげる~」とか言いながら、露骨に胸を押しつけてきたのでならばとばかりに髪を掴んで頭ごと水場に突っ込んであげたらジタバタと暴れたあと、しばらくして急にぐったりと大人しくなった。疲れてたから寝てしまったのだろうか?


「ふう、ここで暫く休んだら移動するぞ。エリー、体の方は大丈夫か?」


 体を洗い流し喉を潤したあと、気遣うようにエリーそう聞いてみる。なぜならエリーは長い間縛られていたせいで筋力が衰えていたからだ。三人で逃げるとなると一番体力のないエリーに合わせなくてはならないのでコンディションの確認はとても重要なのだ。


「ありがとなぁ。だどもあたすは大丈夫だぁ。ガイアとジュディの足手まといにはならねぇよう着いてくからよぉ。あと……『アイツ』を殺すちまってすまねぇ……」


 そう言うとエリーは申し訳なさそうに地面に視線を落とす。エリーが言った『アイツ』とは先ほどのゴブリン・シャーマンのことだろう。正直あいつには色々と聞きたいことがあったのだが、エリーの気持ちも分からなくはない。誰だって自分にひどいことをした相手が目の前にいたら、聖人でもない限り復讐するに決まっている。


「気にするな。まあ、アイツに聞きたいことがあったのは確かだが……過ぎてしまったことは仕方がない。それにけっきょく最後はジュディが殺すつもりだったようだしな」

「すまねぇ。……んだども、『聞きたいこと』ってなんだったんだべか?」

「そうだな、ホブゴブリンのボスについてや、オークとの戦いの作戦を考えたヤツのこととか……まあ、そんなところだ」

「ん? そったなことでよかったらあたすが知ってるだぁ。アイツは……あ、あたすに酷いことしながら自慢げに語ってたからよぉ……」


 当時のことでも思い出してしまったのか、エリーの目に涙がじわりとにじむ。


「……辛いことだとは分かっている。でも……よかったら話してくれないか?」

「ん、大丈夫だぁ。あたすが知ってることは全部話すっぺよぉ。まんず――――」


 それからエリーは途切れ途切れになりながらも自分が知っている限りのことを話始める。どうやらあのロリコンなゴブリン・シャーマンはエリーを弄びながらなんでもペラペラと話していた


らしい。中には他の誰にも言えないような族長への暴言まで含まれていたというからお笑いだ。


「なるほどな。やっぱりゴブリンの群れを陰で動かしていたのはあのゴブリン・シャーマンだったのか」

「んだぁ。アイツはあたすにそう言ってたからよぉ」


 エリーの話はこうだった。

 あのゴブリン・シャーマンはホブゴブリンの族長に魔法使いである自分を売込み、参謀としてのポジションを確立すると、次に群れの拡大を図った。

 腕っぷしは強いが頭の中身がすっからかんなホブゴブリンの族長をおだてて矢面に立たせ、自分はその陰で群れを操り、次々と近隣のゴブリンの群れを襲っては従属させていく。

 そしてある程度群れが大きくなり、さらに群れを拡大させようとした時に邪魔になりはじめたのが俺たちの村、すなわちオークの群れであった。

 群れが大きくなったことで気も大きくなったホブゴブリンの族長は群れ同士の真っ向勝負を提案するが、それをゴブリンシャーマンは何とか諌め、代わりにオーガを使った作戦を提案し、これを実行に移した。

 オーガを使いオークの群れの戦力が半減させ、追い打ちをかけるように村へと奇襲をかける。

 計画ではここでブサ男を打ち取り、俺たちの村も従属させる予定だったそうだ。

 

ゴブリン・シャーマンといえども所詮はゴブリン。低級なモンスターに過ぎないと思っていたが……〈魔法〉を使えるモンスターはある程度知恵が回るということか。やはりここは考えを改めなければならないようだな。もっとも、件の相手は目の前にいるエリーの手によりもう天に召されたわけだが。


「そうだったのか……いや、聞きたいことはすべて聞けた。エリー、ありがとう」

「べ、別にいいだよぉ」


 礼を言いながら微笑むと、エリーは恥ずかしそうに目を逸らしてポリポリと頭をかく。


「さて……では移動するか」

「んだ!」


 俺とエリーは立ち上がり、未だ水場に頭を突っ込んだままのジュディを蹴り飛ばす。ジュディはなかなか起きなかったが、俺がわざわざ木に登って高所からみぞおち目がけてエルボーを落とすと、大量の水を吐き出しながらやっと目覚めた。話を聞くと夢の中で綺麗なお花畑を駆けまわっていたらしい。まったくもってのん気なことだ。



 前世での北極星ばりに動かない目印となる星の位置と、森の向こうに見える山々から現在地を予測し移動する。

 エリーは長い間縛られていたせいで足腰が弱っていて、もの凄く歩く速度が遅かったが、それでも明け方近くになる頃にはオークの村近くまでなんとかくることが出来た。


「ガイアどうするの? このまま村に戻る?」

「いや、村に戻るのは危険だろう。父さんに教えられていた『山小屋』に行こうと思う」


 鼻をふんふんさせ周囲を警戒しながら聞いてくるジュディに首を振りそう言うと、ブサ男に教えられていた村から少し離れた場所にある山小屋を目指して進む。その山小屋は村の西側にあり、泊まり込みで狩りを行う時などに良く使われるそうだ。

 村の多くの者がその山小屋の場所を知っており、このような有事の際、離れ離れになった仲間が村以外で集まる場所としてまず思いつくのがこの山小屋なはずだ。



 オーク村の住居よりも二回りほど大きく作られている山小屋が見えてくる。

 今のところ周囲にゴブリンの臭いはない。代わりに仲間たちの臭いが山小屋の方から感じられる。どうやらここはまだゴブリン共に見つかってはいないようだ。


「……あ! パパとママの臭いがする! パパー! ママー!」


 両親の臭いを感じたジュディが山小屋へと走り出す。

 同じようにジュディの臭いを感じたのか、ジュディの両親が山小屋から出てきて駆け寄る娘を受け止め、強く抱きしめる。

 感動の再会であった。


 そのジュディたち親子の姿をエリーは無言で見つめている。そういえばエリーは両親どころか、群れ全員が殺されているんだったな。きっと胸中では様々な想いが駆け巡っているのだろう。



「行くぞ」

「……え?」


 寂しそうな表情をしているエリーに俺は手をさし出す。


「ん……だども、あたすはゴブリンだからよぉ……オークの群れさ入ったら迷惑かけちまうべぇ……」


 そんなことを言いながら、エリーは俺の手を見つめるだけで握ろうとしない。


「オークだろうとゴブリンだろうと関係ない。エリーは俺の大切な仲間だ。それで……それだけで十分じゃないか!」

「……ほんとに……グス……あたすも行っていいんかぁ?」


俺の言葉に涙をこぼしたエリーが言う。


「あたりまえだろ!」


 俺の言葉を聞いたエリーは泣きながら俺の手を握ってくる。俺はその手をぎゅっと強く握り返し、そのままエリーの手を引いて山小屋へと向かって歩いていく。

 すると、山小屋から一匹のオークが出てきて微笑みながら俺を出迎えた。


「ガイア……無事だったのね」

「母さん……」


 俺の母、ブサ子との再会であった。

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