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第十二話 ジュディの脅威

「ちょっとガイアどういうつもりよ! このメスなんなのよ!」


 激高したジュディがエリーをぶん殴ったあと俺にぐいぐいと詰め寄ってくる。ジュディの後ろではエリーが目を回していた。


(修羅場? これがリア充のみに訪れると言われる伝説の試練、『修羅場』なのか!?)


「ジュディ、お、おちつ――」

「落ち着けるわけないでしょうがっ! なんでゴブリンなのに殺さないのよっ!? なんでガイアと仲良さそうにしてるのよっ!? こいつら敵なのよっ! あっ、さては浮気? うわき――ぶひぃ!?」


 怒りの炎を目に宿すジュディの頭頂部にショート・ソードの柄頭を持てるすべての力を使い垂直に叩きつけて黙らせる。

 全力で叩き付けたせいかジュディの頭頂部はべっこりとへこんでしまっていたが、なーに、コイツがこれぐらいで死ぬわけがない。


「……落ち着いたか?」


 出来るだけ優しい声音でジュディに話しかける。無論、ムチのあとにはアメを与えるのが目的だ。

 最初は頭頂部を押さえてのたうち回って苦悶の声を上げていたが、それも徐々に治まりいつしか泣き声へと変わっていた。ちなみにエリーはぐったりしているが死んではいないだろう。


「うぅ……ひどいよガイア。こんな暗いところでメスのゴブリンと二人っきりになるなんてさ。あたしは……グス、あたしはガイアのためにいっぱいゴブリンの首落として回ってたのに……」


 目に涙を浮かべながら唇を尖らせて拗ねはじめる。


(やれやれ、まいったなぁ……)


 どうやらジュディはいま『嫉妬』しているらしい。嫉妬深い女ほど……ああ、こいつらの場合メスか。とにかく、この手の嫉妬深いメスは上手く立ち回らなければ前世でやっていた大人向けのアドベンチャーゲームよろしく、ヤンデレルートに突入する可能性がある。

 ジュディがヤンデレ化したら非常に危険だ。〈魔法〉を手に入れたいまの俺でも〈狂戦士〉の能力を持ち強靭な身体能力を誇るジュディ相手では命を落とす危険があるからだ。


(ならば俺が取るべき選択は――)


「ジュディ。いいか? よく聞け」


 俺はジュディだけに聞こえるよう小声で話しかける。ジュディはぷいっとそっぽを向いているが、それに構わず続ける。


「いいかジュディ。このメスゴブリンはな、なんと『回復魔法』が使えるんだ。この意味分かるか?」


 ジュディはまだそっぽを向いたままだ。


「『賢い』ジュディなら気づいてるはずだ。回復魔法が使えるということは傷ついた仲間を治すことが出来る。これは魔法を使える者がいない俺たちの村にとってはかなり大きい。なんせ戦いで負傷しても回復魔法で治療すればまた戦いに赴くことが出来るようになるんだからな」


 ひと息にそう言ってジュディの反応を伺う。さりげなくジュディを『賢い』と持ち上げつつエリーの有効性をバカなジュディでも分かりやすいように噛み砕いて説明する。ジュディの唇はまだ尖っていたが、くりんくりんの尻尾がぴこぴこ動いているあたり機嫌は直りつつあるようだ。


「……つまり、そいつを奴隷にしてあたしたちの村に……役立てるってこと?」

「『奴隷』とはちょっと違うな。奴隷だと俺たちオークに反感を持つ可能性がある。反感を持たれると裏切られる可能性が高くなる。ジュディはそんな者に治療を任せられるか?」


 ちょっと考えたあと、ジュディは首を左右に振る。


「そうだろう。だから『仲間』として受け入れて俺たちのために働いてもらおうではないか。それに……」


 そう言って俺はやや悲しげな表情を作り、悲しみを湛えた瞳でエリーの方を見る。


「このメスはゴブリン共の『奴隷』だったらしい。まだ小さいうちから捕まってしまい、まだ幼いにもかかわらずその体で何匹ものオスゴブリンに辱めを受けてきたそうだ……」

「え!? このメスが奴隷?」


 驚いたような顔でエリーを見るジュディ。よし! 食いついてきたな。

 ジュディは気性が激しいところがあるが同世代のメスたちの間では面倒見が良いと評判高い姉御肌なオークなのだ。


「そう、奴隷だ。まず間違いなくさっきジュディを襲おうとしていたあのスケベなゴブリン・シャーマンにも乱暴されているだろう。むしろあいつが率先して辱めていたかもしれん。そう考えてみると……ジュディ、同じメスとして可哀そうだとは思わんか?」


 視線をジュディに移して反応をみる。ジュディは先ほどの恐怖でも甦ったのか、両手で自分の肩を抱き震えている。そして目に涙を浮かべながら「なんて可愛そうなメスなの……」と呟いていた。きっと同じメスだからこそ理解出来る心境でもあるのだろう。

 なんだかんだいっても顔に似合わず実は心根の優しいジュディがエリーの悲しい過去知ってなお、嫉妬に狂う己を貫けるはずがない。


「ふっ、やっぱりジュディは優しいな。どうだジュディ、このメスゴブリンを俺たちの手で『保護』しないか?」


 俺はジュディの頭を撫でながら優しくそう言ってみる。洗っていないであろうジュディの赤い髪はバッサバサで撫でるたびにノミとシラミがぴょんぴょん跳ね回る。触るんじゃなかった……。


「……んもう! わかったわよ。ガイアがそう言うんなら仕方がないなー。……ちょっと、あんた起きなさいよ!」


 唇を尖らせながらも頬を染めたジュディは俺にバレないようにこっそり涙を拭い、エリーを揺り起こす。


「ん、うーん……ん? あ、あんた誰だぁ?」

「あたしはジュディ。ガイアのこいび――ぶひぃ!」


 再びショート・ソードの柄頭でべっこりへこませ悶絶するジュディを蹴り飛ばしたあと、エリーの手を引き立ち上がらせる。


「あいつは仲間のジュディだ。仲良くしてやってくれ」

「わ、分かっただぁ。なんかすんげー痛そうにしてるけんど……〈回復魔法〉すっかぁ?」

「ほう。後学のためにもぜひ〈回復魔法〉とやらを見てみたいな。よかったらジュディを治してやってくれるか?」

「ん、任せるっぺぇ」


 そう言うとエリーは転げ回るジュディに近づいていきべっこりへこんだ頭頂部に手をかざす。


「邪神の加護よ……〈回復ヒール〉!」


エリーのかざした手が淡く輝き、ジュディの頭部の陥没した部分がみるみる膨らんでいく。あ、やっぱり信仰対象は邪悪な神さまなのね。


「これでもう大丈夫だぁ」


 そう言ってエリーがかざした手を下ろすと、そこには元通りになったジュディの頭部があった。

 いくら見てももうどこがべっこりいっていたのかさえ分からない。


「あれ? もう……痛くない?」


 不思議そうな顔をしたジュディが自分の頭部をおそるおそる触って感触を確かめる。


「あたすが回復魔法で治したっけぇ、他に痛いとこはねぇっぺか?」

「な、ないわよ。え、えーっとあんたは……」

「あたすの名前はエリザブスてぇんだ。ガイアがつけてくれただぁ」


 俺がエリーに名前をつけたことが気に入らなかったのか、一瞬だけ鬼の形相になったジュディがぐりんとこちらを向くが、「ゴブリンには名前がなかったんだから仕方ないだろう」と説明すると取りあえずは納得したようだった。


「ふーん。エリザブスねぇ」

「んだ。『エリー』って呼んでけろ」

「ま、いいわ。よろしくねエリー」


 ジュディが握手のため右腕を差し出す。エリーはその差し出された手を一瞬だけ見つめたあと、少しだけ恥ずかしそうにその手を握った。


「あ、よ、よろすぐだジュディ……うぅ……グス……」

「ちょ、ちょっと! どうしたのよ急に? なんで泣いてるのよ?」


 握手したとたん急に泣き出してしまったエリーに戸惑うジュディ。

 うむ。確かにジュディみたいな化け物と握手なんてハイレベルな罰ゲームみたいなもんだからな。心中察するぞエリー。


「す、すまねぇ……うっく……あ、あたすさぁ……仲間なんていなかったからよぉ……グス……なんか嬉しくってぇ。不思議だなぁ……涙ってぇ、嬉しくっても出てくるもんなんだなぁ」

「もう、な、泣き止みなさいよね! それに『仲間』じゃないわ」

「……え?」


 ジュディの不意な言葉に顔を上げ、きょとんとするエリー。そんなエリーに向かってジュディは微笑みながら言う。


「あたしたちは『友達』よ!」

「とも……だち……。うぅ……あたす嬉しいだぁ。友達が出来て嬉しいだぁ……グス」

「だから泣き止みなさいって。もう……メスが泣いていいのはオスに想いが通じた時だけにしなさいってママが言ってたんだから。だから……泣かないでエリー」


 エリーを抱きしめそんなことを言いながらもうっすらと涙を浮かべるジュディ。

 俺はそんな青春ドラマみたいなことを繰り広げている二人をおいて再び武器が山積みになっている場所へと戻り、自分にあった装備の物色を再開することにした。



「こんなところか」


俺は動きやすい皮鎧と革製の籠手を装備する。

ついでにとばかりにジュディとエリー用の装備も山からひっぱり出していると、タイミング良く、ちょうど二人が奥からやってきた。


「ちょうどよかった。二人ともこれを装備しろ」


 ハンドアクスを背負ったままのジュディには胸部を守るブレスト・アーマーを、エリーにはところどころに血が染み付いているローブとサビの少ないダガーをそれぞれに渡す。

 ジュディは装備しながら「ちょっと胸が苦しいなー」とかチラ見しながら言ってきたのでぶっ飛ばしておいた。


「よし、ではこの洞窟から出るぞ」

「うん!」

「やっと……こっから出れんだなぁ」


 二人を引き連れて洞窟の出口へと向かって歩き始める。おっと、そういえば途中でジュディを襲おうとしたあのゴブリン・シャーマンも拾わなくてはな。


「ひっ……」


 首を失ったゴブリン共の死がいを見たエリーが小さく悲鳴を上げる。どうやらジュディは俺が喉を切り裂いたゴブリンの首までご丁寧にも落として回ったらしい。

 血だまりに沈む首のない死がいに無数に転がっている生首。

 そんな俺たちの前に広がる、地獄をぶちまけたかのような凄惨な光景を見てしまえばエリーが驚くのも無理はない。

 そんな地獄の中で意識を失いツルで縛り上げられてる目的のゴブリン・シャーマンを見つけた。こいつは連れ出していろいろと聞かなくてはならんからな。


「ん、いたな」

 

 そう漏らすと、俺につられてジュディとエリーも縛られているゴブリン・シャーマンの方を見る。

 瞬間、エリーが走り出す。目は血走りその手には逆手に構えたダガーが強く握られている。


「ちっ、エリーま――」

「死んねこの乙雌おとめの敵がぁぁぁぁ!!」


 制止する間もなく、一瞬で血だまりの中を駆け抜けたエリーは躊躇うことなく握りしめたダガーをゴブリン・シャーマンへと突き立てる。

 何度も何度も。


「こいつめぇ! こいつめぇ! あたすの純潔を返せぇ!」


 涙を流しながらダガーを振るうエリーに触発されたのか、はたまた飛び散る血しぶきを見て興奮したのかは知らないが、突如、ジュディもハンドアクスを握り「うおぉぉぉ!」とか叫びながらゴブリン・シャーマンの解体ショーに加わる。


(やれやれ、意思の疎通が出来ても所詮こいつらはモンスターか)


 そんなことをぼんやりと思いながら、俺は二人の繰り広げる解体ショーをただ見つめることしか出来なかったのだった。



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