第三十五話 策謀の森域 その1
【前回までのあらすじ】
辛くも魔王城を脱出したガイアたち一行は、ジュディ達が待つ拠点を目指し森を進むのだった。
魔王城を脱出してから、2日が経った。
サキュバスのカラナフィと、ゴライアスのヒルダに、オークの俺。そこに救出した前魔王の娘ニナ。
数奇な巡り合わせから行動を共にする子になった俺たち4人はワイバーンのゼフィを連れ、深い森の中を進んでいた。
ゼフィに乗って飛ぶのは発見されるリスクが大きい。
それになにより、ゼフィではどこもかしこもビッグサイズで重量があるヒルダを長時間乗せて飛行するのは不可能だったからだ。
追手を警戒しては気配を消し、森をひた走る。
ランバとの死闘からの逃走。
皆、限界が近かった。
「よし。ここで休むとするか」
俺がそう言うと、真っ先にカラナフィが、次いで周囲を警戒してからヒルダが地面に腰を下ろす。
「はぁぁぁ~~~。やっと休める。あたいもう歩けないよぉ」
「フンッ。何を言っている。少し休んだら出発するぞ。拠点に戻るまで安心は出来んからな」
「えぇ!? 今日はこのまま朝まで休むんじゃないのかいっ?」
「休みたければ休めばいいさ。俺とヒルダは先を行くだけだ」
「そんなぁ~~~~……」
カラナフィが思い切りしょんぼりする。
それを見て、ヒルダは目をぱちくり。
「な、なあアンタ、八魔将のカラナフィなのよね? 魔族にその名の知れ渡っている、あの使徒殺しのカラナフィなんでしょ?」
「はぇ!? え? あ、あ……当たり前じゃないのさ! あたいが八魔将のカラナフィ様だよ!」
ヒルダの言葉に、カラナフィが慌てたように胸を張る。
その弾みで、抱きかかえられていた赤子のニナが胸の谷間へと埋もれかけていた。
「フッ、『元八魔将』だがな」
「う、うるさい!」
俺のツッコミにカナラフィが即座に噛みついてくる。
そんな俺とカラナフィを、ヒルダは不思議そうな顔で行ったり来たり。
「……なあアンタ」
「む、俺か?」
「ああ。麻袋のアンタよ。アンタ、使徒殺しのカラナフィの側近だったよね?」
「まあな。右腕というか、むしろ右乳首のような存在だ」
「ちちち、ちく――ああっ、もうっ! そういうのはいいんだよ! アタシが知りたいことはただ一つ! そこにいる使徒殺しのカラナフィが本当に強いのかってことよ!」
ヒルダがずびしっとカラナフィを指さす。
これまでの逃走劇で、ほぼ泣き言しか吐いていないカラナフィが本当に八魔将に座するほど強いのか疑問を抱いたのだろう。
その疑念は至極当然なものだ。
なぜなら、真の強者は対峙しただけで相手の力量を測ることがことができる。
俺自身もそうだ。
便利な鑑定スキルがあるとはいえ、「あ、こいつかなり強いな」とかは第六感的なものでキュピーンと解るものなのだ。
しかし、カラナフィに対しては第六感がまるで反応しない。
代わりに、俺のご子息がぐぐぐっとエレクチオン的な反応を示す程度だ。
ヒルダはカラナフィに対し、強者のオーラをまるで感じなかったのだろう。
だからこその疑問だったのだ。
「くっくっく、何を言うかと思えば……」
俺は嘲るように笑い、立ち上がる。
そしてカラナフィを指さし、キッとヒルダを睨みつけた。
「あそこのサキュバスは強いぞ。それも貴様が想像するよりもずっとな! そう! ぶっちゃけ他の八魔将なんかよりもずっと強い。最強だ!」
「そ、そうだよ! アタイは強いんだからね! 八魔将だったアタイが弱いわけないだろっ!」
慌てて肯定するカラナフィ。
俺はここぞとばかりに畳みかける。
「フッ、カラナフィの強さを見抜けるのも無理はない。カラナフィは一見隙だらけなようで、その実隙だらけなのだが……やる時はやるサキュバスなのだ」
俺は拳を握りしめて力説する。
「そ、そうなのか? アタシよりも強いのか?」
「無論だ」
ヒルダの問いに、俺は自信満々に頷いて見せる。
「そもそもこの俺が使えている相手だぞ? 俺だけじゃない。貴様を追い詰めたメスブ――げふんげふん。メスオークとメスのオーガをも支配下に置いているのだぞ?」
「確かに……アイツらは強かったね」
昨日の戦闘を思いだしたのか、ヒルダの顔が悔しさで歪む。
「だろう? 四天王のランバは知恵の身を食べたから別として、オークやオーガのような本能に生きるモンスターは、己より強い者しか主として認めない。そんなバケモノを配下として従えているのだ。自ずとカラナフィの力のほどがわかるだろう?」
「そーだそーだ! アタイは強いんだい!」
カラナフィがやいのやいの騒ぎ立てる。
対して、ヒルダの顔は真剣だ。
「そうか……。いまのアタシじゃ『使徒殺し』の真の実力を見抜くことが出来ない。そういう訳ね?」
「そうだ。カラナフィの真の実力を知りたければ、もっと精進するんだな」
「わかってるよ! アタシは魔王サイサリスに仕える六魔団長が一人。サイサリス様のためにも、アタシはもっと強くなる!」
焚きつけられて変なスイッチが入ったのか、ヒルダが闘志を燃やす。
ふむ。なかなかどうして。存外扱いやすいヤツなのかも知れんな。
サイサリス軍で将の一人になったほどだ。
できれば自軍に引き込みたいところだが……さて、どうしたものか?
「でも……元、八魔将ってことはいくところがないんじゃないの? アンタたちさえよければサイサリス様に会わせてあげようか?」
「ほう。サイサリスの配下になれと?」
「そうよ」
「フッ。貴様のおっぱいを自由にしていいなら考えてやろう。それにはまずは揉み心地を確認しなければな」
俺はヒルダの文字通り『巨』乳に手を伸ばす。
「誰が揉ませるか! アタシの体は安く――ッ!?」
突然ヒルダが飛び起き、ファイティングポーズを取る。
視線は森の奥。
俺もカラナフィを庇うように立ち、森の奥を見つめる。
「……アンタにも聞こえたか?」
「うむ。聞こえた。それと『アンタ』はやめろ。ガイアと呼べ」
「じゃあガイア……」
「ああ、何者か近づいてきているな」
そうなのだ。
森の奥から、何者かが草木を押しのけ真っすぐ向かってきていた。
よほど腕に自信があるのか、はたまた仲間でもいるのか、無警戒に森を進んでいる。
「ガイアぁ、追手かな? ねぇ追手かな? アタイたちを追ってきたのかな?」
「少し黙れカラナフィ。安心しろ、追手である可能性は低い」
何故なら魔王城は俺たちの背の方向にある。
なのに、音の主は前から――進行方向から近づいてきていた。
「さて、隠れてみるか?」
「アタシの体を隠せると思う? それにワイバーンもいるんだよ」
『きゅるる』
こっちには巨人族と飛竜がいる。
どちらも体が大きいから、隠れる場所なんてありはしない。
「迎え撃つしかなさそうね」
「そうだな」
「ひぃぃ~」
「覚悟を決めろカラナフィ。赤子のことは任せたぞ」
「う、うん」
音の主はもうかなり近くにいるようだ。
ずしんずしんと足音を響かせ、目の前の木が揺れる。
木々の隙間から大きく太い腕が伸びてきて、邪魔なのだろう。バキバキと枝をへし折って道を作る。
俺はいつでも魔法を放てるように魔力を高め
ヒルダは猫のように下肢に力を溜める。
そして現れたのは――
『かっかっか。やっと見つけたとよ』
『お前は――』
『ガイア』
『ビッチェル!』
森の奥から現れたのは、メスオーガのビッチェルだった。




