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第十一話 エリザブス、恋のあと

「おい、起きろ。起きんか貴様」


 そう声をかけながら俺は縛られているメスのゴブリン・シャーマンの体を揺する。

 

 いま俺が揺り起こそうとしているこのメスゴブリンはジュディに負けないぐらいのブサイクで、ホブゴブリンが赤黒い皮膚をしていたのに対しこいつは全身が薄いピンク色をしている。

 いっけん「ピンク色」と聞くと可愛らしく聞こえるかもしれないが、とんでもない。例えば裸ネズミの姿を思い出してもらいたい。あの不気味な容姿を持つのネズミだって「ピンク色」だ。つまり、いま俺の目の前にいるこいつは一メートル級の不気味なでけー生物に他ならない。


「う、う~ん……」

「む、起きたか?」


 ついにメスゴブリンの意識が戻る。――が、すぐに「ふにゅ~」と言って再び気を失ってしまう。

 そういえばまだ洞窟内に〈地獄インフェルノ腐臭スメル〉が充満しているんだったな。

 俺はメスゴブリンが身に纏っているボロ切れのような服をちょっとだけ破いて小さく丸め、それをメスゴブリンの鼻の両穴に突っ込み再度体を揺する。これで今度は気を失わないはずだ。


「……は、はにゃ?」

「気が付いたか」


 意識が回復したメスゴブリンは死んだ魚のような目でまず俺を見つめ、その後首を回して周囲を見回す。どうでもいいが、コイツ妙にアニメ声なのがなんかムカつくな。


「……あ、あんた誰だぁ。なしてオークがここにいるんだぁ?」

「ふっ、それは俺がここの洞窟にいたゴブリン共を皆殺しにしたからだ」


 そう言いい俺はショート・ソードをちらつかせ相手の反応をうかがう。これで命惜しさにビビってくれれば話が聞きやすいと思ったからだ。

 しかし、メスゴブリンはショート・ソードを見てもこちらが期待するような反応をしめさず、逆に畏れることなくまっすぐに俺を見つめてきた。


「そっかぁ……ゴブリンを殺しに来たんけぇ。あたすも殺してくれるんかぁ? あたすはこっから動けねぇからよぉ……殺すにしろ、乱暴するにしろ……好きにするっぺぇ」


 絶望に沈んだ目で俺を見つめながらそう言い、弱々しく笑う。これにはやや拍子抜けだ。


「ああ、好きにさせてもらうさ。だがその前に俺の質問に答えてもらおうか。貴様はなぜ同族のゴブリン共にこんな仕打ちを受けているんだ?」


 もちろん「こんな仕打ち」とは縛り付けられていることについてだ。


「そったなこと……あたすが奴隷だからに決まってるべぇ。そんにあたすは回復魔法が使えっからよう。逃げないようこうやって縛られてんだぁ」


 なるほど。これで昼間ぶっ飛ばしたゴブリンの怪我が回復していたことの説明がついた。この縛られているメスのゴブリンが傷を負ったゴブリン共を回復魔法でもって治療していたからだろう。

 攻撃魔法を使える手駒に回復魔法まで使える奴隷を持っているのだ。そりゃホブゴブリンの族長もオークぐらいなら滅ぼせると思ってもおかしくはない。


「奴隷……ねぇ」


 俺の呟きにメスゴブリンは頷き、続ける。


「んだ。あたすが生まれた群れはよう、大きかったんけんど……大きくなりすぎたんだろうなぁ。ある日人間が巣にいっぺーやってきてよう、みんな殺されちまったぁ。まんだちっさかったあたすだけ隠れて生き残ったんけんど、こんどは他のホブゴブリンの群れに捕まっちまってよう……いまじゃただの奴隷だぁ。怪我したゴブリンさ回復したり……オスの相手させられたりなぁ……うぐ……」


 メスゴブリンの目にみるみる涙が溜まっていく。


「あ、あれ? あたすなんで泣いて……うっく……グス……も、もう……全部諦めちまったはずなのに……涙は枯れはてつまったはずなのに……なして涙が……うぅ……」


 メスゴブリンの嗚咽だけが周囲に響く。俺はその嗚咽を全身で受け止めながら静かにショート・ソードを振り上げた。

 その俺の姿を見たメスゴブリンが薄く笑い安堵の溜息を吐いたあと、体の緊張を解いて目をつむる。


「あぁ……あたすを殺してくれるんだなぁ。やってくんろ……あたすを……自由にしてくんろぉ……」

「ああ。貴様を自由にしてやろう」


 そう言い俺はショート・ソードを振り下ろす。だが、振り下ろす先はメスゴブリンではなくメスゴブリンを縛っているツルだがな。


「……え?」


 体が自由になったメスゴブリンはぺたんと尻餅をつき、不思議そうな顔で俺を見上げる。


「な、なして……」

「ふっ、『自由』にしてやると言っただろう。これで貴様は自由だ」

「じ……自由? あたすが……自由?」

「そうだ」

「オークのおめぇが……ゴブリンのあたすを自由にするんけ?」

「そうだ」


 呆然とした顔のメスゴブリンの問いに頷いて答える。すると、メスゴブリンは地面に突っ伏して泣き始めるではないか。


「うぅ……ありがとぉ、ありがとぉなぁ。……でもよう、あたすは一人じゃ生きていげねぇ。申し訳ないけんど、ここで殺すてくんねえかなぁ?」

「断る」

「お願いだぁ……あたすは仲間もいねぇしよ……森で一人で生きていく力もねぇ。だから――」


 俺はメスゴブリンの言葉を遮るように両肩を掴むと、力任せにぐいと引き寄せてこんどはこっちからまっすぐに見つめてやる。おう……アップはかなりキツイな。


「貴様……『一人で生きていく力がない』と言ったな?」

「……ん、んだぁ」


 俺の突然の行動と問いにメスゴブリンはやや戸惑いつつもコクリと頷く。


「ならば……ならば俺と共に来い! 俺と一緒にいれば『一人』ではないぞ」


 ぶっちゃけ回復魔法を使える手駒は手に入れておきたいからな。


「え? でも……あたすはゴブリンだべぇ。それなのに……それなのにそったなこと言ってくれるんけ?」

「そうだ。ゴブリンだろうが関係ない。心に傷を負った貴様をほおっておけるわけがないだろう!」

「うぅ……いいんけ? あたすも一緒にいて……いいんけ?」

「もちろんだとも!」


 そう言うと俺はメスゴブリンの手を取って立ち上がらせる。なぜかメスゴブリンの頬が赤く染まっているような気がするが目の錯覚だと信じたい。


「俺の名は『ガイア』だ。貴様の名前はなんという?」

「ん? 『名前』? 名前って……人間が呼び合ってるアレかぁ?」

「そうだ。……ん? ひょっとしてゴブリンには『名前』の習慣がまだないのか?」

「んだぁ。他の群れは知らねぇけんど、この洞窟の群れに『名前』を持つ習慣はないっぺぇ」


 なるほど。オークの間ではかなり広まっている習慣ではあるが、多種族であるゴブリンにはまだ伝わってはいないようだ。


「ふむ。そうだったか。……何か、自分で名乗りたい名はあるか?」

「ええ!? すったなこと突然言われても……考え付かねぇよぉ。んだば……が、ガイアがあたすに名前をつけてくんねぇか?」


 俺の名を呼ぶ時にちょっとだけモジモジしていて癇に障ったが、手懐ける前にぶっ飛ばすわけにはいかないのでそこはぐっと堪える。


「ほう。いいだろう。では貴様の名は……そうだなぁ――」


 俺はこの気持ち悪い生物に名前をつけるため腕を組み、視線を頭のてっぺんからつま先まで何度も往復させ考える。

 生々しいピンク色のこの生物は餌をあまり与えられていないのかガリガリに痩せ細っている。その姿を見ていると前世でクラスメイトだった女子生徒、通称『ガリ子さん』の顔がぼんやりと記憶の底からサルベージされてきた。

 そのガリ子さんは陰で『校内ブス四天王の最弱な存在』とか言われていたほどのブサイクで、そんな『校内ブス四天王の最弱な存在』は趣味で同人活動をしていたらしく、人づてに聞いたその同人活動のペンネームが確か『エリザベス』だったはずだ。……よし。


 俺はひとつ頷くとメスゴブリンに向きなおる。


「そうだな。貴様の名前はエリザベス……いや、『エリザブス』でどうだ? 貴様にぴったりな名前だと思うんだが」

「……どっちかと言うとエリザベスのほうが――」

「エリザブスだ」

「う……うん! あたすは『エリザブス』……え、ええ名前でねぇか!」

「そうだろう? 略してブス……ゲフンゲフン。『エリー』だ!」


 いかんいかん。本音と建前が逆になってしまった。ちらりと横目でエリザブス改め、『エリー』を見てみると、そんなことに気づきもしないで名前をつけられたことにはしゃいでいるようだ。うむ。こいつもきっとバカだな。


「よし、では洞窟から出るぞ」


 そう言って手を差し伸べる。

 エリーはちょっと恥ずかしそうに俺の差し出した手を握ると、ぽ~っとした顔で俺を見上げてくる。


「よ、よく見だらぁ……あ、あんたえっらい男前だなぁ。そんな見られてっと……あたすなんか恥ずかしいだぁ」


 そう言って俺の視線から隠れるように顔を両手で覆う。そのくせ指の隙間からチラ、チラっと覗き見てくるのでうっとうしいことこの上ない。


 と、その時だった。

 突如、黒い影が俺たちの間に割って入り、エリーを殴りつけながら咆える!


「なにガイアに色目使ってんのよこのメス豚がぁぁぁぁぁッ!!」


 ジュディ、メス豚はお前だろうが。


処女厨の方には申し訳ありませんが、エリザブスはいろいろされちゃってます。

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