第三十二話 蒼く輝く炎で
【前回までのあらすじ】
ガイアに踊らされて新たな魔王として名乗りをあげたメス豚ジュディ。
順調に建国が進む中、サキュバスのカラナフィがガイアのもとを訪れる。
カラナフィ「ガイア! あたいと一緒に魔王城へ行っておくれ!」
「まったく。なんで俺まで付き合わなければならんのか……」
「ごめんよぉガイア。でもお前さんしか頼る相手がいないんだよぉ」
いま俺は、カラナフィと共に魔王城へと舞い戻っていた。
理由は至って単純。
前魔王の娘、ニナを救出するためだ。
カラナフィが魔王城に残していた密偵から得た情報によると、新魔王のドライゼは他のエギーユの子たち――つまり俺の以外の血縁者を亡き者にしようと企んでいるらしい。
それを知った俺とカラナフィは大いに狼狽えた。
なぜなら、カラナフィは前魔王エギーユからニナのことを託されていたし、俺は俺でニナを自分好みのデラべっぴんさんに育て上げようと企んでいたからだ。
ジュディを新たな魔王として爆誕させる計画は順調に進んでいるが、まだドライゼとあのメス豚をぶつけるには時期が早いと言えるだろう。
俺としては今すぐにでもぶつかってくれて構わないのだが、ドライゼがぶつかってくるにはまだメス豚の知名度が足りない。存在すら知られていないのが現状だろう。
もっとメス豚軍の戦力を拡大し、ジュディの存在をドライゼが無視できぬようにしなくてはならないな。
魔王領に存在する全てのゴブリンやオークを戦力に加えることが出来れば、さしものドライゼもジュディを脅威と感じることだろう。
そうなってはじめて、ドライゼはジュディを完全に滅ぼしてくれるのだ。
いうなれば、いままだ準備段階。
絶賛戦力増強中というやつなのだ。
だというのに……なぜ俺は魔王城にのこのこと戻って来ているのやら。
「やれやれ、最初からニナを連れ出しておけばよかったものを」
ぽつりと悪態をつく。
すかさずカラナフィが頭を下げてきた。
「ごめんよぉ……ごめんよぉ……」
「この借りはおっぱいで払ってもらうから覚悟しておけよ」
「う、うんっ。ニナさまをお助け出来たらちょっとだけ触らせたげるよ」
――がんばろう。
俺は心の底からそう思った。
「さて、ドライゼのことだ。既に貴様の離反には気づいていよう」
「うぅ……。やっぱそうだよねぇ」
八魔将の一人であるカラナフィが、軍を引き連れたまま連絡を絶ったのだ。
簒奪者であるドライゼは、自分を基準に考えるだろうから、必然的に疑い深くなる。
そんなドライゼが、カラナフィの裏切りに気づかないわけがなかった。
おそらくは四方に配下の者を走らせ、行方を追っていることだろう。
ふっ、捜している当人が、まさか魔王城にいるとは思っていないだろうがな。
灯台下暗しとは、上手いことを言ったものだ。
「当然だ。だから見つかったらタダでは済まぬと思え。いいか? 誰にも気づかれぬよう進むぞ」
「わかった。やってみるよ」
俺とカラナフィは明け方近くに魔王城へと忍び込んだ。
窓から入り、いくつかの通路を曲がり、見張りの気配を感じたら反対側の通路へ。
魔王城は迷路のような複雑な造りになっていて、カラナフィでも全体を把握出来ていないそうだ。
「チッ、なぜ八魔将の地位にいた貴様が城のことを把握しておらんのだ?」
「だってぇ……もし他の八魔将と出くわしたら因縁をつけられるじゃんかぁ」
とのこと。
カラナフィはなるたけ四天王や八魔将と会わないよう、自室と同族がいるエリアに引きこもっていたらしい。
まったくもってポンコツな奴だった。
「ふぅ……。いま俺たちがいる場所はわかっているのか?」
そう訊き振り返ると、さっと目を逸らされる。
どうやら既に現在地を見失っているらしい。
そうやって駄弁りつつ進むうちに、いつの間にやら俺たちは地下へと降りていた。
ここは食糧保管庫だろうか?
あたりには樽や木箱、謎の果実や野菜っぽいものが大量に保管してある。
「ここにあるのは食糧保管庫か?」
「みたいだね。というと……いまあたいたちがいる場所は西塔の地下ってことかい」
カラナフィの顔に明るさが戻る。
「どうやら現在地がわかったようだな?」
「ああ。もう大丈夫さ」
「ふむ。ではここからなら脱出経路もわかるということか?」
「そういうことさ! ここからならニナさまの部屋も近い。こっちだよ」
「まあ待て」
俺は先を行こうとするカラナフィの手を引き、呼び止める。
「なんで止めるんだい? ハッ!? ままま、まさかここであたいのむむ、胸を触ろうってんじゃないだろうねっ?」
「阿呆が。俺とて触るなら場所を選ぶ。そんなことではなくてだな……」
「じゃあ、なんだってんだい?」
きょとんとするカラナフィ。
俺は近くに置いてあった小麦粉が入った麻袋をぐいと引き寄せ、続けた。
「……貴様、俺のケツの穴に小麦粉を詰めろ」
「――ッ!!!!?????」
悲鳴を上げるカラナフィの口を塞ぐのは、なかなかに骨が折れた。
◇◆◇◆◇
「……ガイア、こっちだよ」
カラナフィがぶっきらぼうに言う。
「ああ……くっ……わ、わかった」
俺は小麦粉でパンパンになった腹を手で押さえつつ、そろりそろりとついていく。
意識の大半を肛門括約筋に向けているため、歩みは遅い。
「……急いどくれよ」
「そ、そうは言うがな。なかなかどうして。思うように進まんのだ」
一瞬でも気を抜くと、詰め込んだ小麦粉が一気に零れ落ちてしまいそうだった。
俺は額に脂汗を浮かべ、歯を食いしばってカラナフィの背中を追う。
「まったく……なんだってあたいがお前さんの尻に小麦粉を詰めなきゃならなかったのさ」
カラナフィがぶーたれている。
俺はにやり笑う。
「フッ、小麦粉を詰めた俺の真意が見抜けぬか。そんなだから貴様はバカなのだ」
「お前さんにだけは言われたくないやい。あれにいったいなんの意味があるってのさ。意味があるなら言ってみなっ」
「ならば教えてやろう。後ろを振り返ってみろ」
俺は立てた親指を背後に向け、通ってきた廊下を指さす。
カラナフィは振り返るが、俺の意図を読み取れず首を傾げていた。
「ふぅ……。その顔ではわかっていないようだな。いいだろう。ならば教えてやる。通ってきた通路の床を見てみろ」
俺に言われ、カラナフィが床に目を落とす。
そこには、俺の尻の穴から零れ落ちた小麦粉が道を示すように点々としていた。
「こ、これは……」
「フフフ、気づいたようだな。この魔王城は広い上に複雑だ。いつまた迷うってしまうとも限らん、だが、この小麦粉を伝っていけば、俺たちは迷うことなく戻れるというわけよ」
渾身のドヤ顔をキメてみせるも、カラナフィはずっとゴミを見るような目で俺を見ていた。
「お前さんの言い分は分かったさ。でもなんで尻に入れる必要があったんだい?」
「それは手ごろな入れ物がなかったからだな」
「…………」
「ま、まー、なんだ? いまは一秒でも時間が惜しい。早くニナを救いに行くぞ」
「……。ニナさまのお部屋はあっちだよ」
カラナフィが廊下の先にある十字路のうち、右側を指さす。
「ふむ。右か。では進むぞ」
俺たちは右に曲がり、階段を上ったところでいつか見た部屋の前へとたどり着いた。
しかし――
「見張りがいるな」
ニナの部屋の前には黒色のスケルトン――ダーク・スケルトンナイトが二体、見張りとして立っていた。
アンデッドが見張りをやっているのは、おそらくはドライゼの意思によるものだろう。
魂が憑依して動き出す野生のアンデッドとは違い、術師によって生み出されたアンデッドは命令に忠実だ。
他のエギーユの子が逃げぬよう、また、裏切り者の手引きによって逃されないよう、見張りをアンデッドに変えたのだろう。
「ど、どうするガイア? なんか強そうなスケルトンが見張りをやっているよう」
「くくく……これは好都合だ」
「え? どういうことだい」
「まあ、見ていろ」
俺は魔力を高め、ダーク・スケルトンナイトに手のひらを向ける。
ドライゼの判断は間違っていない。
見張りを置くなら、命令に忠実なアンデッドは適任といえるだろう。
しかし、ネクロマンサーの力を持つ俺には逆効果でしかない。
「ふんっ」
俺は死霊術を使い、見張りに立つダーク・スケルトンナイトの命令権を自分へと書き換える。
この書き換えは相手が自分より上位の存在だった場合できないのだが……杞憂だったようだ。
そこらの凡庸なネクロマンサーが創り出したのだろうが、こちとら死霊王の力を持っている。
そもそものレベルが違う。
こうして、スケルトンナイトはあっさりと俺の指揮下へと入った。
「これでよし。カラナフィ、ニナの部屋へ入るぞ」
「え!? だ、大丈夫なのかいっ?」
「問題ない。あそこのスケルトンは俺の支配下へと入った」
「そんな……オークのお前さんがいったいどうやって?」
「くくく。詮索はしないことだな。まあ、どうしても言うのなら、ちっ、ちちち、ちぃ~……乳首ぐらいで話してやってもい――」
「先に行くよ」
俺が言い終わらぬうちに、カラナフィはスタスタと先に行く。
静かに扉を開け、辺りを見回してからニナの部屋へ。
「……チッ」
舌打ちし、俺も続く。
部屋に入ると、赤子――ニナがスヤスヤと寝息を立てていた。
「ニナさま……」
カラナフィがそっとニナを抱き上げる。
その顔は、いままで見たこともないような慈愛に満ちたものだった。
「ガイア、目的は果たしたよ。あとはここから脱出するだけさ!」
「阿呆が。ニナを連れたまま脱出してはじめて目的を達したと言えるのだ。いまはまだ目的の半ば。気を緩めるなよ」
「そ、そうだね。お前さんの言う通りだ」
「よし。ならすぐに脱出するぞ。と、その前に――スリープ」
俺は寝ているニナに、眠りの魔法を重ね掛け。
「ニナさまになにするのさっ?」
「騒ぐな。ニナが途中で起きないよう、眠りを強化しただけだ。途中で泣かれでもしたら見つかってしまうかも知れんからな」
「そういうわけだったのかい」
「そういうわけだったのだ」
俺の言葉にカラナフィは何度も頷く。
「じゃあ行くぞ。俺が前を行くから、貴様は後ろから道を教えろ」
「わかったよ」
こうして、俺とカラナフィの魔王城脱出作戦ははじまった。
「次を右に曲がっとくれ」
「こっちだな」
「そこの階段を上に」
「わかった」
「ここからはしばらく真っすぐだよ」
こそこそ、こそこそと気配を殺して慎重に進む。
やがて、大きな部屋へと俺たちは入った。
カラナフィが「ふぅ……」と、ひと息つく。
「ガイア、そこの窓から空を飛んで脱出するよ」
「ふむ。空など飛んだら見張りに見つからんか?」
部屋は20畳ほどの広さがあり、窓の外には深い崖が見える。
もうすぐ太陽が昇るからか、東の空が明るくなりはじめていた。
「日の出に合わせて逃げれば大丈夫さ」
「なるほど。陽光に紛れて脱出するわけか」
逆光を受けると目を逸らしてしまうように、太陽に向かって逃げれば逆に見つかりにくいというわけか。
魔の属性を持つものは、日の光に弱いと聞くしな。
「いいだろう。脱出のタイミングは貴様に任せる」
「任されたよ! もうすぐだと思うから、いまの内に体を休めときな」
「フンッ、無用な気遣いだな。なぜなら俺は疲れていないからだ。まあ、強いて言えば、腹が苦しいぐらいかな?」
「……向こう向いといてあげるから、小麦粉なんか捨ててきなよ」
「小麦粉を捨てるなど、もったいないことを言う。これを持ちかえれば焼き立てのパンが食えるのだぞ?」
「誰もそんなパン食べたいと思わないやい!」
やいのやいの言い争いをしていると、不意に部屋の扉が開かれた。
肛門を締めることに夢中で、外への注意が薄かったか。
「……ホウ。強イ魔力ヲ感ジテ来テミレバ、面白イ奴ヲ見ツケタモノダ」
扉を開けたのは、巨漢のオーガ。
確か四天王の一人、ランバとかいうオーガ・ロードだ。
「チッ、四天王かっ」
俺は即座に戦闘体勢へと入る。
だが、現れたのはランバだけではなかった。
ランバの背後から、金色の仮面をつけた男が顔を出す。
「ランバさま、いったい誰が――なっ!? 君たちはっ」
「マッシュ……」
「……ガイア。それにカラナフィも……」
親友とまさかの再会であった。
「カッカッカ、裏切リ者ノカラナフィヲ見ツケルトハ、俺モ運ガイイ」
ランバが部屋に入ってくる。
拳を握り、どっしりと腰を落とす。
「サア、神獣ノ使イヲ倒シタソノ力、俺ニ見セテミロ」
四天王ランバとの戦闘は、避けられそうもなかった。




