第十九話 出撃サキュバス その12
「〈劫火爆裂〉!!」
「〈影刃列牙〉!!」
俺とマッシュは同時に魔法を放つ。
闇の精霊魔法と爆炎の魔法が中空でぶつかり合い、轟音が響く。
威力は……互角だったようだ。
魔法は相殺され、その余波で城内の壁や床に亀裂が入った。
「へぇ……僕の〈影刃列牙〉を撃ち消すか。なるほど……君の魔法もなかなかじゃないか」
「フッ、それはこちらのセリフだ。精霊魔法とやらははじめて見たが……それなりに威力があるではないか。褒めてやるぞ」
「お褒めにあずかり光栄……なんて言うとでも思うかい? いまここで打ち倒される君に!」
いまの魔法で、マッシュは俺を侮りがたい相手と感じたようだ。
俺を軽んじる空気が消え、言葉に殺気がこもる。
「やれやれ。そう熱くなるなよマッシュ。貴様がどうしても、と言うのであればこのまま続けてやってもいいのだが……いいのか? ここで俺たちが戦えば……ほれ、まわりに被害がでるぞ」
俺はあごで壁をさす。
壁には亀裂が走り、いまにもくずれ落ちてしまいそうだ。
「……このまま続ければ魔王城に被害がでてしまう……か」
マッシュは一時的に殺意を抑え込み、構えを解く。
俺はそんなマッシュと顔を見合わせると、小さく頷いた。
「その通りだ。貴様とて八魔将。己が主と仰ぐ者の居城を壊したくはあるまい。そしてそれは俺とて同じだ。そこで提案なのだが……どうだ? 場所を変えんか?」
「……驚いたよ」
「ほう。なにがだ?」
「君みたいなヤツから、まともな提案があったことにだよ。でも……いいよ。場所を変えようか」
「フッ、俺をなんだと思っているのやら。まあ、いい。提案を受け入れたのならさっさと案内しろ。俺たちが……殺し合える場所にな」
俺とマッシュは数秒間にらみ合ったのち、どちらともなく視線を外す。
「なら君の墓標となる場所に案内しよう。こっちだ。僕についてきたまえ」
「ああ」
マッシュが手を振り、ついてくるよう促す。
そして歩きはじめた瞬間――
「〈劫火滅却極炎波〉ッッッ!!」
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!!」
がら空きとなったその背に、俺は最強レベルの攻撃魔法を放った。
致死級の爆炎魔法がマッシュに命中し、ごん太の火柱があがる。
衝撃で壁や天井が崩れ落ち、燃え上がるマッシュに降り注いでいく。
しかし、カラナフィとは違い、さすがは実力で八魔将になった男。
がれきの中から這い出てきたマッシュは、黒こげになってプスプスしながらも未だしぶとく生きていた。
「チッ、死ななかったか。ずいぶんと魔法耐性が高いようだな」
「く……き、君って……ヤツは……な、なんて……」
「待っていろ。いま止めをさしてやる」
俺は三度魔力を高め、攻撃魔法を放つ準備をする。
「くっくっく。なにか言い残すことはあるか?」
「き、君のようなや、ヤツには……まけ……ない」
「んん? よく聞こえんぞ。ハッキリ喋らんか」
「君には……負けないって言ったんだっ!」
「ほざけ! 〈劫火滅却極炎波〉!! 死ね! 悪質なストーカーめっ!!」
再び火柱があがる。
仕留めたか?
俺がそう思った刹那――
「やぁぁッ!!」
突如として俺の影の中からマッシュが飛び出してくる。
しかも手には小剣を握っていた。
狙いは――俺の首か!
「ちぃぃッ」
俺はギリギリでマッシュの小剣をかわし、逆に回し蹴りでマッシュを吹き飛ばす。
マッシュは壁に叩きつけられ、荒い息を吐いていた。
「影から影への移動だと? ……そうか。これも闇の精霊魔法のひとつということか。フン、カラナフィをこそこそつけ回していた貴様には、ピッタリな下衆な魔法ではないか」
「はぁ……はぁ……。くっ、不意打ちをしてきた君には……『下衆』だなんて言われたくないね……」
「ほう。まだ強がるだけの気力が残っていたか」
「立会を望みながらの奇襲。……この卑怯者めっ」
「くく……くっくっく……はぁーっはっはっは!!」
殺意と侮蔑を混ぜ込んだ目をマッシュに向けられ、俺はついにこらえきれなくなり笑い声をあげた。
笑う俺に訝しむマッシュを見下ろし、言ってのける。
「卑怯? この俺が卑怯だと!? はぁーはっはっは! ありがとうマッシュ。俺にとって最高の褒め言葉だよ!!」
「君って……ヤツはっ!!」
マッシュが闇の精霊魔法を放ち、それを俺は火属性の魔法で迎え撃つ。
威力は互角に近いが、マッシュが傷を負っている分、俺が有利だ。
このまま持久戦に持ち込めば、俺の勝利は揺るぎない。
「くっ……まだだ。まだ僕は終わらないぞ!」
己の不利をマッシュは理解しているようだ。
連続して精霊魔法を放ってきながらも、こちらの隙をうかがっている。
そんな時だった。
戦闘音を聞きつけたのか、城で働く侍女のひとりがこちらに駆けつけてきた。
魔王城では多くの者が働いているのだから、これだけ派手に争っていれば誰か来るのも当然か。
「いったい何事です……ひっ、シュニッツァル様、それにガイア様もっ。いったいなぜお二人が!?」
俺たちが戦っているのを見て、侍女が取り乱す。
侍女はやたら青白い肌をしているが、顔だちはそれなりに整っている。
あの侍女が「どうしても」というのであれば、おっぱいぐらいなら揉んでやってもいいルックスだ。
「貴様、死にたくなければさがっていろ!」
「君、ここは危険だ! 離れていなさい!」
俺とマッシュが、同じタイミングで侍女に警告を発した。
クソ。このキノコ頭がっ。相手がちょっとでも可愛いとすぐこれだ。
俺の見せ場を取りやがって。やはりこのストーカーはここで始末しておこう。
「いいかげん死ね。マッシュ!」
「バカを言うな! 死んでたまるものか!」
何度目かとなる魔法がぶつかり合い、爆風が巻き起こる。
「きゃあ!!」
その風を受けて、なんと侍女のスカートがめくり上がったではないか。
まずい!
そう思うも俺のなかの男としての本能が、スカートがめくりがった侍女の絶対領域に視線を固定してしまう。
下着の色は白。
小さくガッツポーズした俺は、侍女がスカートを手で押さえると同時に我に返った。
戦いにおいて、一瞬の隙は即死に繋がる。
ましてや数秒ともなれば、それは殺してくださいと相手にいっているようなものだ。
だというのに、俺はそんな致命的ともいえる隙をマッシュに晒してしまったのだ。
強力な魔法がくる。
そう思いながらも慌てて視線をマッシュに戻すと、
「……ハッ!?」
マッシュも、慌てたようにこちらに顔を向けたところだった。
「……ガイア君。どうしていま攻撃してこなかったんだい?」
「フッ、それは俺のセリフだ。俺を倒す絶好の機会だったろうに」
「…………」
「…………」
やや気まずい空気が立ち込める。
なぜいま攻撃してこなかったのか?
どうやら、その疑問はお互いに抱いていたらしい。
「……白、だったな」
「……ああ。白だったね」
再び沈黙が降り、そして俺は理解した。
なぜ俺はマッシュをこんなにも嫌悪していたのかを。
似ている。
マッシュは俺に似ているのだ。
もちろん見た目などではなく、思考や行動パターンが俺に近すぎる。
「そうか……そうだったのか。フッ、笑えん話だ」
「……なんのことだい?」
「気にするな。独り言よ」
俺はひとりごちると、自虐的な笑みを浮かべた。
同族嫌悪。
人は自分に似ている相手がいた場合――
「マッシュ、貴様はここで……」
親友になるか――
「潰す!」
敵になるしかないのだ。
「はぁッ!!」
俺は床を蹴り、マッシュとの間合いを一気に駆ける。
「そ、そう簡単にいくと――」
「悪いな。簡単に逝かせてやろう。火球!!」
「――ッ!?」
俺は火球を放った。
しかし、狙いはマッシュではなく俺の背後にいる侍女の足元だ。
「きゃあ!」
「き、君はなにを――白……ハッ!?」
「バカめっ! ぱんちゅに目を奪われたことを後悔しながら死ぬがいいっ!」
俺は火球でわざと爆風を起こし、再び侍女のスカートをめくりあげたのだ。
しかも俺からは見えないよう、わざと背後で。
思考が近いマッシュは、当然ながら下着に目を奪われる。
俺はその隙に距離を詰め――
「チェックメイトだマッシュ!!」
「ふぎゃっ――――ッ!!」
その拳を、マッシュの顔面に叩きこんだ。
「ふぅ……殺ったか?」
全力でぶっ飛ばした。
ジュディはムリでも、悪質なストーカーの命ぐらいなら奪えるはずだ。
確かな手ごたえもあったしな。
「く……」
「……しぶといやつめ」
八魔将の名は伊達ではない、ということか。
マッシュはまるで幽鬼のように上体を起こし……パリンと、何かが割れる音が聞こえた。
乾いた音をたてて、床にひび割れた金色の仮面が落ちる。
「チッ、手ごたえはあの金ぴかな仮面だったか」
マッシュがつけていた金色の仮面は、それ単体でもかなりの防御力があったのだろう。
俺の拳を受けてなお、マッシュの命を守ったのだから。
「そうだ。いいこと思いついたぞマッシュ。せっかくだ、貴様の顔を拝むとしようか」
「く……」
マッシュが苦悶の声を漏らす。
上体を起こすことはできても、立ちあがることはもうできないようだな。
ちょうどいい。ならハーフエルフの顔を、オークみたくパンパンのブタ面にしてから殺してやろう。
俺はマッシュに近づいていき、そのキノコカットを掴みあげる。
「さあ、顔を向けろ」
そして、ぐいと無理やり顔を向けさせた瞬間、俺は驚愕することになった。
「くそ……僕のひみ、つが……」
「な……な……マッシュ、貴様……貴様は……」
俺は衝撃の事実に思わず掴んでいた手を放し、驚きの声をあげた。
「オークだったのかっ!?」




