ありきたりなプロローグ
やあ、俺の名前は畑山球男。
死にたてほやほやの魂だ。
ちょっと恥ずかしいが、車に轢かれそうになった子豚を庇って死んだんだ。
なんで豚? と思うのも仕方がないとは思う。しかし俺の住んでる田舎では豚なんかそこらの畜産農家で当たり前にいる家畜であり、うちのような小さな農家にとっては大切な資産でもあるのだ。
そしてある日。大切な大切な俺の家の資産である子豚が親父のささいなミスで脱走した。
「球男! 子豚が逃げたー!」
親父の悲鳴にも似た叫び声を聞き、すぐさま走り出す俺。
脱走した子豚のステファニー(メス)を追い俺は走った。ここでステファニーを失うということはダイレクトに俺の小遣いへと響いてくる。だから諦めるわけにはいかない!
俺の呼びかけをことごとく無視し道路へと飛び出してしまったステファニー。そしてステファニーに迫る山田さんちの軽トラ。山田さん(88)はよそ見運転の真っ最中でステファニーには気づいていない!
俺は「ステファニー!」と絶叫しながら身を投げ出し、ステファニーを突き飛ばした。そして「ドン!」という音と共に山田さんちの軽トラに吹っ飛ばされ宙を舞う。
しばしの空中遊泳を楽しんだあと、道路へと叩き付けられた俺は何度も転がりやっと止まる――と思ったら再度山田さんちの軽トラに轢かれ今度は下敷きになる。
(ブレーキ踏むの遅いよ山田さん……)
そんなことを思いながら薄れゆく意識の中、人生最後に見た光景は元気に走り回るステファニーの姿だった。
んでもって冒頭に戻るっと。
「で、お前誰だよ?」
幽霊(?)になった俺は腕を組み、目の前にいる白い衣をまとった西遊記に出てくる猪八戒みたいな豚頭の男に問いかける。
「お、『お前』って……まあいい。――ゴホン。我は豚の神だ。お主が己の命を投げうってまで子豚の命を救ったことに感銘を受けてな。ひとつ礼をしたくてお主の魂を一時的に我の前へと呼び出しているのだ」
「ふーん……で?」
「『で?』って……もうちょっと驚いたりとかしてくれても良いのではないか?」
「いや、そーいうのめんどいしいいよ。それより早く俺をゴー・トゥー・ヘブンしてくんない? 豚の神つってもさ、腐っても神様の一人なんだから俺一人の魂を天国とやらに送ることぐらい出来るだろ?」
「確かに……できるが――」
「ならちゃっちゃとやってくんないかな? こちとらチェリーボーイのまま死んだんだから、出来ることならド淫乱な美人天使がいるとこがいいな。優しく、そして時に激しくリードしてくれるような」
「えぇー……何その要求? 仮にも我は神様なのだぞ? なのにそんな欲望丸出しのお願いとかしちゃうのか?」
驚き顔の豚頭に俺はめんどくさそうに答える。
「だって『お礼がしたい』って言ったのはお前だろ? だからお礼は淫乱美人天使がいる天国行のチケットでいいよ。ああ、そうそ、ちなみにGカップ以上の美巨乳で頼むぜ。なんだったら天使が複数人いても構わない」
「ちょ、ちょっと待て、我の用意した『お礼』はそんなのではないのだ!」
豚頭がどうどうとばかりに俺を押しとどめる。俺は馬かよ。
「ああん? じゃあどんなんだよ?」
「うわー……神様に向かってちょー強気。なんなのこの子? まあ我は心が広いからいいけどさ。――コホン。ではいいか? 我の用意した礼とは……ずばり〈異世界転生〉だ!」
「なん……だと」
「しかも特殊能力を付けた上に容姿端麗のモテモテルックスまでオマケしてやろう」
と、豚頭がドヤ顔で言ってくる。
〈異世界転生〉その言葉が俺の心を激しく揺れ動かす。
田舎には娯楽が少なく、まだ十六歳の俺には車を運転して街へと遊びに行くことも出来ないので、学校のない日の過ごし方といえば、もっぱらゲームをしたりラノベを読んだりしてすごしていた。
中でも主人公が異世界へ召喚されたり、転生したりするジャンルは俺の中ではマストで、そんな主人公たちと同じようなチャンスが自分の前へと舞い込んできたのだ。これを逃す手はない!
俺は両膝をついて叫んだ。
「ヨッシャー!」
そんな俺の魂の咆哮に豚頭がビクリと身を震わす。
「貴様、なぜそれを早く言わないんだ!? そんな選択肢があるなら天国行は却下だ却下! さっさと俺をチート能力満載で転生させろ!」
豚頭の首を締め上げぐいぐいと体を揺する。
「ぶ、ぶひぃー! ぐ、ぐるじぃ……わ、わかったから……我をはなじで……くれ……」
俺は「ふうふう」と荒い息を吐きながら豚頭の首を話す。
「ゲホゲホ……ふう。死ぬかと思ったぞ」
「ふん。死にたくなかったらさっさと転生させることだな」
「まあ待て。お主に付加できる能力は魂の容量的に六つまでなのだが……どんな能力がいい?」
「ほう……俺が選べるというわけか。ひとつ聞くが、転生先はどんな世界だ?」
「そうだな……簡単に言ってしまえば転生先は剣と魔法のファンタジー世界よ。お主たちが書物にしたりげーむとやらの舞台としている世界に似ているな。その世界には人間だけでなく様々な種族もおる」
「『様々な種族』……エルフや猫耳娘とかもいるのか!?」
「然り」
なるほど。俺にとっては願ったり叶ったりな世界というわけか。
「付加できる能力にはどんなのがあるんだ?」
「我が付加出来る能力で代表的なのは、〈肉体強化〉、〈魔力強化〉、〈言語習得〉、〈毒耐性〉、〈麻痺耐性〉、〈魔法耐性〉、〈肉体再生〉、〈魔獣使役〉、〈魅了〉、〈武器術〉、〈格闘術〉、〈鑑定〉といったところか。これ以外にも数多くあるから付加してほしい能力があったら試しに言ってみるがよい」
「いま考えるからちょっと待ってろ!」
「好きなだけ考えるがよい」
異世界。そう異世界だ。夢にまで見た異世界。
チート能力を持った上に容姿端麗とくれば、ラノベの主人公よろしくその世界で英雄にもなれるはずだ。
そうなればきっと世界中の美女が列をなして俺の前へと並ぶことになり、ハーレムどころかついでに後宮とか作っちゃったりもして、俺は日々、甘美でいながらも一日中ベッドの上で過ごすという退廃的な生活を送ることが出来るに違いない。
となれば必然的に付加する能力は他者を圧倒できるほどの巨大な〈力〉が必要となってくる。というわけで〈肉体強化〉は元より、魔法も絶対に使ってみたいから〈魔力強化〉も決定。〈武器術〉や〈格闘術〉なんかは後からでも努力すれば習得出来るだろうから却下。
他種族と言語が違うとベッドでのコミュニケーションや事後のピロートークに支障をきたす可能性があるから、〈言語習得〉も必須だな。これでエルフに猫耳はおれのものだ。
さて、残る三つだが……〈魅了〉はモテモテルックスで転生させてくれるというから必要ないな。〈毒耐性〉と〈魔法耐性〉で悩むが、きっとこの二つは魔法で解決出来るはずだからいらないだろう。代わりに〈肉体再生〉を採用。
ついでに異世界でのあらゆる物の価値や相手の力量を知るために〈鑑定〉も入れておくか。
残すは一つ。さて……どうするか? 豚頭が言うにはこれ以外にも能力があるとのことなので考えてみる。
今までやったゲームや読んだラノベやマンガのことを思い出す。その中で一番有効活用出来そうな能力は――。
「おい豚頭」
「な、ぶ、『豚頭』!? 何度も言うけど神様だよ? 我は神様なんだよ?」
「そんなことはどうでもいい。試しに聞くが、〈超能力〉ってあるか? 見えない力で物を動かす〈念動力〉のようなものは?」
「ったくもう……そういうのはないな。転生先の世界にないものは付加出来ないのだ」
「ふむ。やはりないか。ならば――〈ラーニング〉はどうだ? 敵の攻撃を視たり受けたりした時にその敵の技や魔法を覚える特殊能力だ」
「初めて聞く能力だな。ちょっと待つがよい。……ほう。どうやらその『らーにんぐ』とやらはないが、似たような能力で〈捕食〉というのがあるぞ」
「どんな能力だ?」
「〈捕食〉は喰らった相手の能力や特長を己のものとすることが出来る能力だな。お主の言う『らーにんぐ』とやらに一番近いのではないか? しかし……これはちと能力が大きすぎる。これを選ぶとなると六つ選べるのを四つに減らさなくてはならないぞ?」
つまり〈捕食〉は他の能力の三倍は価値があるというわけか。まあ、それもそうだろう。なんせ〈捕食〉を使えば他者の能力を自分に取り込むことが出来るのだからな。
ならば削る能力は〈肉体強化〉と〈肉体再生〉。ファンタジー溢れる世界で魔法を使うためには〈魔力強化〉はどうしても外せない。あとピロートークのために〈言語習得〉も。
「ふふん。構うものか。では俺の望む能力は〈魔力強化〉、〈言語習得〉、〈鑑定〉、そして残りの一つは〈捕食〉に決まりだ。最後に確認だが、本当に容姿端麗で股の間が乾く暇のないモテモテルックスに転生させてくれるんだろうな?」
「お主の股事情など知らぬが、容姿に関しては我を信じてくれてよい。では、これから転生させるが……良いな?」
「ああ」
「最後に何か言い残すことはあるか?」
豚頭の問いに俺は「ふっ」と小さく笑い、畑山球男として最後の言葉を残す。
「ステファニーを……ステファニーの奴を俺の代わりに見守ってやってくれ。あいつは…………良い食用肉になる」
「それ結局死んじゃってるじゃん!」
こうして俺の魂は光の粒子となり、意識と共にどこかに飛んでいった。