ANSWER5:「四之宮さんのあほー」
もう泣かない。心の中でそう呟くと彼の登場を待った。グラスを磨く手に思わず力が入る。
四之宮さんは、いつものようにPreciousに来てくれた。ただ一つ違ったことは、彼の隣には綺麗な女性がいたこと。
「最近全然遊んでくれないから、凄く寂しかったんだよ」
彼女の甘えた仕草に、四之宮さんは何も言わず、肩を抱き微笑んだ。誰がどう見てもこの二人の関係は恋人同士だ。四之宮さんは一体どういうつもりなのだろう。
私にはどう考えても四之宮さんが、連れてきた女性を本気で好きだとは思えなかった。一種の我慢比べのようだ。彼は、こういうことをすれば私が諦めると思っているのだろうか。大嫌いとでも言うと思っているのだろうか。
答えはNOだ。私にはそんなこと関係無い。四之宮さんに気持ちを分かってもらえなくても、例え恋愛ごっこと言われても、好きなものはしょうがない。そう簡単に諦めるつもりは無いのだから。
「ナツミ、やっぱり俺が持って行ったほうが……」
「大丈夫、私にやらせて」
心配するリョウちゃんに精一杯の笑顔を見せると、カラフルに彩られたカクテルをトレイに二つ載せ、テーブル席に急いだ。そこには、艶のある笑顔を見せる女性と、四之宮さんがいた。
「ソルティドッグ、カルーアミルクでございます」
「ありがとう」
そう言った何も知らない女に、私は丁寧にお辞儀をした。四之宮さんは何も言わず、ただ私を見据えた。
「ハジメ知り合い?」
女は特徴のある猫なで声を出すと、四之宮さんを覗き込む。
「さぁね」
「何それ。ダメだよハジメ〜。いくらなんでもこんな若い子に手出しちゃ」
「ガキには興味ないよ」
四之宮さんは、にやりと笑うと私を見つめた。私は顔が赤くなるのを感じながら、トレイを握りしめた。
「四之宮さんのバカ、アホ、ハゲ!」
「ちょ、あなた!」
私は四之宮さんに私は子供じみた捨て台詞を残して、その場を去った。
カウンターに戻ると、リョウちゃんが待っていた。
「ナツミ、お前とんでもない奴好きになったな」
「余計なお世話。そう言うリョウちゃんもとんでもない奴好きになってるじゃん」
「は?」
意味有り気に笑った私を、リョウちゃんは不可解な様子で覗き込む。
「ハルナのこと。好きなんでしょ?」
「な、なんで知って……!じゃなくて、そんなわけないだろ!」
しどろもどろなリョウちゃんを私は笑い飛ばした。私の思いも、リョウちゃんの思いもいつか伝わるといいよね。お互い頑張ろうよ。
「ゴミ捨ていってきまーす」
後ろの方から、リョウちゃんが叫んでいたけど、どうせ今更ごまかしたってバレバレだから、知らないふりをした。
裏口から焼却炉があるゴミ捨て場に急ぐと、空には深い暗闇の中に数え切れないほどの星が犇めき合っていた。深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「四之宮さんのあほー」
空に向かって小さく悪態をつく。大丈夫。まだやれる。
「あほで悪かったな」
振り返った先には、四之宮さんが立っていた。
「四之宮さん……なんでここに……。あの女の人は?」
四之宮さんはポケットからライターを取り出すと煙草に火をつけた。
「帰らせたよ。それにしても、ハゲは無いだろハゲは」
そういって四之宮さんは笑った。面と向かって話すのも、何だかとても久しぶりに思えた。言いたいことはたくさんあるはずなのに、四之宮が煙草を吸う仕草を見ていたら、胸がいっぱいになってしまう。やっぱり私はこの人が好きなんだなぁ。他人事のように冷静に考える自分がなんだかちょっと笑えた。
「ねぇ、四之宮さん。私四之宮さんのこと好きだよ」
「ふーん」
「大好きだよ」
「はいはい」
「凄く好き!世界で一番好き!」
「知ってる」
「四之宮ハジメが好き〜〜〜〜〜」
「ふはっ、まいった。お前には……負けたよ」
四之宮さんの整った顔がすぐ目の前にあって、私は凄く動揺した。
「四之宮さん、な、な、な、な、なんで……」
「キスしたかったからキスしただけだけど、何か問題ある?」
私は状況が掴めず、固まってしまった。そんな私を無視して四之宮さんは店の中へと戻っていく。
「しっかり働けよ、女子高生」
笑った顔があまりにも可愛かったから、子供みたいだと思ってしまった。