ANSWER4:「笑ってんなよ」
今日は本当についていない。
「ねぇちゃん、可愛いね、いくつ?」
「スカート長すぎだよ。もっと短くしなきゃ〜」
サラリーマン風の中年のおやじは私を品定めするかのようにゆっくりと全身を見渡す。纏わりつく視線は不快以外のなにものでもなかった。
つい、15分前までは最高の気分だったのだ。ただ品の無い酔っ払い方をしていたサラリーマンの団体を注意しようとしたら性質の悪いおっさんに捕まってしまった。
「業務がありますので……」
精一杯の営業スマイルで、逃げようとするが、そう上手くはいかない。
「そんなこと言わずにさぁ……ここ座りな」
私は男に腕を捕まれ、身動きがとれなくなっていた。
「お客様、いい加減にしてください」
「キミ!佐藤部長の言うことが聞けないと言うのか」
長いものに巻かれっぱなしのサラリーマンなんて大嫌いだ。いつもならここでリョウちゃんが助けてくれるはずだった。でも残念なことにリョウちゃんはいない。倉庫の整理に行ってしまったのだ。多分後1時間は戻ってこないだろう。
「若いと肌もピチピチだね〜」
エスカレートするおやじの汚い手は、私の脚をゆっくりとつたう。全身から一気に血がひき、それは痛みをおぼえるほどだ。
「やっ」
もう限界だった。泣きたくなんか無かったのに、目には涙が溢れる。
「な、なんなんだね君は!」
私の脚を絡みついていたはずの手は、ふいに目の前に立ちはだかった男によって離され、私はやっとおやじから解放された。
「こいつ俺の連れなんで手出さないでもらえますか」
「っ四之宮さん……!」
四之宮さんの後姿があまりにもかっこよくて、私の心臓は跳ね上がった。顔は見えないが怒っているのは十分に分かるその声は、聞いているだけでも身震いするほどだ。おやじは、急に元気を無くすと、冗談だよと苦笑いをした。サラリーマンの団体はそそくさと荷物をまとめ、店から出て行った。
あれから四之宮さんは一言も喋らなかった。何も言わずにカウンターに座ると、いつものように笑ってもくれない。
「おいナツミ、なんであんなに四之宮っち、機嫌悪いんだよ」
倉庫から戻ってきたリョウちゃんは不思議そうに四之宮さんを眺める。
「私のせいかもしれない」
私は恐る恐る四之宮さんに近づいた。
「四之宮さん……、さっきはありがとう。なんかごめんね、巻き込んじゃって」
「この店で働くのは今日で辞めろ」
「さっきの事?あんなのいつもの事だから気にする事ないって」
「いつものこと?」
四之宮さんの表情は、誰も寄せ付けないような冷酷さがあった。ある意味美しすぎるその表情に、普段の四之宮さんではないことを感じる。そんなに怒らせてしまったのだろうか。
「あっ、いつもっていうかたまにね。やっぱり私ぐらい可愛いとそりゃあモテモテなわけよ」
「笑ってんなよ」
「えっ?」
「辞めろ」
「四之宮さん、何に怒ってるの?言ってくれなきゃ分かんないよ」
「もう二度とここには来るな、わかったな」
怒鳴り散らすわけでもなく、いつもの冗談を言うような軽い感じでもない、淡々と話す彼の言葉は、私の心を突き刺していた。
「四之宮さん!目見て喋ってよ!」
大きな声をあげた私の目を四之宮さんはやっと見てくれた。でも、その顔には冷たさしか感じられない。
「いい加減、子供の恋愛ごっこに付き合うのは疲れたんだよ」
「れ、恋愛ごっこ……?」
「勘違いしてると困るから、はっきり言うわ。俺はお前みたいなガキに興味ないから」
そう言うと彼は席を立った。
私は無性に腹が立っていた。四之宮さんは怒っている理由もなにも言わず、弁解の余地も与えてくれない。
「恋愛ごっこなんかじゃないよ!ちゃんと好きなんだよ。私は四之宮ハジメが好きなの!」
振り返ってもくれない彼に、ますます腹が立った。気持ちとは裏腹に流れる涙は、私を余計苛立たせる。
「絶対辞めないから!四之宮さんを好きな事も、お店も、絶対辞めない!」
四之宮さんは、最後まで振り向かなかった。力なく地面に座りこむと、ぴかぴかに磨かれた床のタイルには、私の情けない顔が映りこんだ。
「ナツミどうしたんだよ!?何があったんだ」
心配して駆け寄ったリョウちゃんに何か言おうとしても、こみ上げる思いで何も言えなかった。流れても流れても止まらない涙は、おそらく一生分使ってしまうのではないかと心配するほどだった。
「今日はもうあがっていいよ、ナツミちゃん」
一部始終を見ていたであろうオーナーはハンカチを差し出し言った。
「アイツも多分何か考えがあってのことだと思うから」
「そうだよ、大丈夫だよ、ナツミ。四之宮っち結構飲んでたから酔っ払ってるんだよ。明日に なったら機嫌良くなってるって」
オーナーもリョウちゃんも優しすぎる。私は色々な人に応援してもらっていることを思い出した。ハルナもリョウちゃんもオーナーも皆いい人ばっかりだ。
「オーナー、リョウちゃん、ありがとう」
手強いのは最初から分かっていた。それでも好きになったのだから。オーナーからハンカチを受け取ると涙を拭った。
もう泣かない。いなくなってしまった四之宮の後姿を思い浮かべ、宣戦布告をした。
絶対に辞めるもんか。どんなにこっ酷く振られようと、泣いて腫れた目がどんなに滑稽だろうと、今時の女子高生はやっぱりタフじゃなきゃ。
欲しいものはただ一つ――――