ANSWER1:「決めた!私もそこで働く!」
CALLの続編です。
「何それ。私と仕事どっちが大切なの?四之宮さんのバカ!」
まるで恋人が彼氏に向かって言うような捨て台詞で私は電話を切った。四之宮さんに電話をするといつもこうなる。それは私が四之宮を一方的に好きだからで、愛情の一方通行を意味している。つまり世に言う片思いってやつだ。
四之宮さんとの出会いは一本の間違い電話から始まった。私が一世一代の告白をしようとかけた電話は、全くの赤の他人である四之宮に繋がった。その時は、あんな奴絶対好きになんかならない、そう思っていたのに、人生何があるか分からないものだ。気がついたら好きになっていた。
「ナツミおはよ〜」
朝の通勤ラッシュを迎えた駅には、いつもどおりに一番乗りのリョウちゃんがいた。リョウちゃんは黙っていれば普通にカッコイイ。黙っていれば。
「おはよ〜、リョウちゃん」
「ナツミ、顔ひどいぞ。昨日なんかあった?」
「会った早々、その言い草はないんじゃない?」
顔がひどいのは元から、ではなく、昨日四之宮と長電話をしたせいだ。とは言っても、いつも私が一方的に話しているんだけれど。しかも、最後の一言が四之宮さんのバカ!だ。自分で言って自分で落ち込む私は、ハルナに言わせたら、後悔するなら、言わなきゃいいと一刀両断されるに違いない。
「ふぁああ、おはよう」
噂をすれば、ハルナの登場だ。短いスカートから、すらりと伸びた足に、高校生とは思えないほどの大人びた端正な顔立ちは人を惹きつける。
「おはよ」
「ナツミどうしたの?顔ひどい」
「うわっハルナ俺と同じ事言ってるし」
そう言って大笑いするリョウちゃんを見ていたら何だか無性に腹が立ってきた。私は、リョウちゃんのスネを思いっきり蹴り飛ばした。
「痛っ!ナツミひでぇ、顔もひでぇけど態度もひでぇ」
「うっさい、へぼリョウちゃん」
「どうでもいいけど、昨日こそは四之宮さんとデートの約束できたんでしょ?」
朝からハイテンションな私たちとは対照的に、ハルナは核心をついた質問を繰り出した。四之宮さんは今、仕事が忙しいらしい。私と会える暇なんて無いそうだ。その結果、仕事と私どっちが大切かなんて馬鹿げた質問をしてしまった。本当の事を言うと、四之宮さんが何の仕事をしているかさえも知らない。何度か聞いた事はあるが、いつも上手く流されてしまっていた。仕事の話だけではない、四之宮さんには謎が多すぎる。私が四之宮さんに対して知っている事は、携帯電話の番号………。たったそれだけだ。よくそんなんで好きになったな、そんな言葉がとんできそうだが、好きになってしまったものはしょうがない。
「その様子だとまたはぐらかされたでしょ?全く、こんな可愛い子ほっとくなんて四之宮さんもバカだね」
「ハルナ〜〜〜〜」
私はハルナになら抱かれてもいいと思った。
「相変わらず、うっとおしいね君たち」
私たちは、リョウちゃんの失礼な発言にも耳を貸さず、がっしりと抱き合い友情を確かめた。こんな憎まれ口をたたくリョウちゃんも実は、ハルナを好きな事を私は知っている。リョウちゃんは気付かれていないと思っているに違いない。いつかリョウちゃんにそのことを話して驚かせてやる。
「てか、四之宮っちとなら、昨日会ったよ?」
「は?」
驚かされたのは私たちのほうだった。
「そういえば一昨日も会った。先週の土曜日も会ったなぁ」
「何それ?」
私たちは抱き合ったまま固まった。
「リョウちゃんなんで、四之宮さんのこと四之宮っちとか呼んでるわけ〜!?私だって呼んだこと無いのに……」
「いや!ナツミ突っ込むところ違うから!問題は、なんでリョウと四之宮さんが会ってるのかだから」
「そ、そうだよね。リョウちゃん!なんで四之宮さんと会ってるの?私なんてデートに誘っても見向きもしてくれないのに……」
「バイト先で会ったんだよ」
「えっリョウちゃんいつからバイトしてるの?全然知らなかった」
ちゃんと話しただろうと言ってリョウちゃんは深いため息をつくと、諦めたように肩を落とした。つまりリョウちゃんの話はこうだ。二週間ほど前、カクテルバーでアルバイトを始め、そこのバーに、四之宮さんがよく来るらしいのだ。
「まぁまぁ、それでそのバーなんて言う所?」
「桜木公園の近くのPreciousてとこ」
「あっ!!それって私が前、栗沢さんに連れて行かれた所だ!」
「栗沢さんって、酔っ払った誰かさんが危うくお持ち帰りされそうになったって人だったような……。ねっナツミ」
リョウちゃんはちらりとこちらを見ると、意地悪く笑った。
「だ、誰だったかなぁ。わ、忘れちゃった」
あの時の私は、カクテルのアルコール濃度も考えず酔っ払っていた。バカだったと反省しています。ごめんなさい。
詳しい事は知らないが、栗沢さんは四之宮の部下らしい。独特の女の子みたいな可愛らしい外見と、時折見せるクールな表情が印象的だ。初めて会ったときは分からなかったが、彼は魔性の女ならぬ魔性の男だ。四之宮さんも数々の女を泣かせてきたであろう男だが、栗沢さんも負けていないと思う。栗沢さんの天使のような微笑みを見ると、大きなイタズラも笑って許してしまいたくなる。彼は癒し系でもあるが危険人物でもあるのだ。
「決めた!私もそこで働く!」
私の一大決心を聞いて、リョウちゃんの顔は青ざめた。リョウちゃんは、酔っ払いに絡まれることもあるとか、帰りが遅くなるとか、まるでお父さんみたいに説教をし始めた。
心配しなくても大丈夫だよ。ナツミはやればできる子だから。そう言うとハルナは、リョウちゃんの肩を叩いた。
「そんなわけで、リョウ、面倒見てやって」
「マジかよ……」
落胆したリョウちゃんを尻目に、私は燃えていた。この気持ちは誰にも止められない。四之宮さんが好きなのだから。
「好きなんです!」
「は?」
30代後半の髭の似合う男は、私の言葉を聞くなり、まるで理解不能な外国語でも聞いたような顔つきをした。
「ですから、私がこの店を選んだ理由はカクテルが好きだからなんです」
「いや、君未成年でしょ?」
開いた口が塞がらないとはこう言う顔の事を言うのだろう。リョウちゃんの話を聞いて早速、私は今、カクテルバーのアルバイトの面接を受けている。そして目の前に座り、目を点にしているのが面接官、この店のオーナーだ。
「カクテルを好きなのは分かった」
オーナーは整っているとは、とても言い難い髭を2、3度なぞった。その不精さは、不思議な事に見る人に全く不快感を与えず、逆に清潔なイメージさえ起こさせる。ただ単に似合っているということも言えるだろうが。
「他にこの店で働きたい理由はないの?」
「四之宮さんです」
「は?」
「この店の常連の四之宮ハジメさんです」
「四之宮なら知ってるけど……」
「大好きなんです!」
「…………」
強烈なアッパーを食らったらしいオーナー。私の話を聞いて固まってしまった。カウンターの隅から見ているリョウちゃんにも、これはダメだと半分諦めの色がでている。
しばらくするとオーナーは豪快に笑った。
「気に入った!採用してやるよ!明日からおいで」
「ありがとうございます!」
チャンスは突然やってくる。心配そうにこちらを覗き込んでいたリョウちゃんは、複雑な顔つきだ。大丈夫、リョウちゃんには心配かけないから。そう心の中で思い、リョウちゃんにVサインを送った。困ったように笑ったリョウちゃんの顔はとても優しくてかっこよかった。ハルナに見せたら、好きになるかもしれない。
……いや、それは無いか。
欲しいものはただ一つ。ねぇ、四之宮さん、覚悟してね。
CALLで書ききれなかったことを思う存分書きたいと思います。つたない文章ですが、またお付き合い頂ければ幸いです。感想、批評などありましたら、お気軽にお声をかけて下さい。