八卦院 5
八畳の座敷の奥には何の変哲もない襖があり、八卦院はそこに立っていた。
遊佐とユズリが座敷に上がり、店と座敷を仕切る障子が閉められたことを確認すると、彼は静かに襖を開けた。途端、ユズリの目が輝く。遊佐は再び目を見張る。
「お望みの道具を選べ」
八卦院だけが淡々とした調子で襖の向こうを顎で示した。
「……武具の類は扱ってないって」
「だから言ったじゃない。基本、一見さんお断りって」
遊佐の呟きにユズリは上機嫌に答え、襖の向こうへと踊るように進んで行った。
襖の向こうに広がっているのはどう見ても最初に見た店内より、今いる座敷より広い板張りの部屋だ。そしてその広い室内の随所に様々な長さの日本刀に槍、弓矢、鉄砲と様々な武器が置かれている。
「素人に武具を持たすと面倒を起こすことがあるからな。ある程度理解している奴にしか見せない方針を取っているんだ」
「さっきユズリが言った、白い何たら?」
「本当に理解が早いな。その通り。あれは合言葉だ」
八卦院は腕を組み、壁に寄り掛かって言った。
「言ったろ? うちはありとあらゆる金属を扱ってるって。武具の類も大概は金属を使っているからな。うちで扱う対象になるってわけだ。この町では武具の所持には帯刀許可、使用には抜刀許可が要る。あの合言葉は許可と共に得られるようになっているから、俺はそれを物差しにしているんだ」
「そんな大層な話でなく、趣味の一環みたいなものでしょ?」
夢中になっているようで二人の遣り取りを聞いていたのか、白木造りの長刀を眺めていたユズリが楽しげに言う。
「八卦院は人を茶化したり化かすのが好きだものね」
「人を化かすの……狐か狸みたいだな」
何気なく言った一言に、ユズリと八卦院が固まる。かと思えば八卦院は何か言いたげにユズリを睨み、それから逃れるようにユズリは別の刀へと視線を逸らした。
八卦院は額に手を当てて溜息を吐いた。
「お前って奴は……」