おつかいを終えて 4
「私はユズリがまだ子供の頃にうっかり風邪をこじらせて、本当に突然ぽっくり死んでしまってね。そして母一人に子一人残されて、あの子は自分がしっかりして妻を守らなければと思ったらしい。その上私が死んですぐにあの子がこの町にやってきた時、私の分までお母さんを支えてあげてくれと言ったんだけどね、それがきっかけになったのかこう……人に弱いところを見せたがらない、強い自分を演じようとするようになってしまったらしい。しばらくして冥府の上役からあの子もいずれ管理者候補になるだろうからと再び町に出入りするようになって再会した時は随分驚いたよ。……まぁ私の家系の女性はああいう性格の人も多くいるから、ああ間違いなく私の娘だなぁとも思ったんだが」
管理者は懐かしむように、零すように笑ってそう言った。
どこか超越したような印象の彼もやはり父親なのだと、その時初めてそう感じた。
「……まぁ面倒な性格の子だが、それでもユズリは私の大事な娘なんだ。いくら死人となった身とは言いえそれは変わらない。死人が此岸での出来事に干渉はできないが、でもこの町は私の管理下にあり、生死の境も曖昧な場所だ。ここでだけは私はあれの父親面することができる。過保護にするつもりはないが、それでも私は私の目の届く範囲でくらいは出来るだけユズリを危険な目に遭わせたくない。たとえそれが冥府の意向に背こうともね」
柔和な笑みを浮かべたまま静かな、けれど強い意志を伴った声で管理者はそう独りごちるように言った。
そして管理者は遊佐に向き直った。その顔からは笑みが消え、刃のような鋭い視線が遊佐を射竦めてきた。
「私はあの子の害となる物はどんな手段を以てしても排除するよ。それは君とて例外じゃない」
静謐な声なのに威圧されるかのようだった。
ああ、これは警告だ。牽制だ。
背を冷たい汗が伝う。
やっと気付く。癖はあるもののこの温和な男に、異形も異常も異様も当たり前の、あらゆる物の境界に存在する町の管理者など務まる理由が。
言葉を発することも忘れた遊佐に、管理者は改めてにこりと笑いかけた。
「ふふ。そういうわけだから、君も無闇矢鱈に危険に首を突っ込んではいけないよ?」
まるで先程の静謐な鋭さが嘘だったかのように管理者の顔は穏やかだ。
ユズリは六条こそを恐ろしいと言ったが、遊佐にとって彼女はそれほど恐ろしいと感じる存在ではない。まだ彼女ほど六条のことを知らないからそう思うのかもしれないが、それよりもこの町で一番恐ろしいのはきっとこの管理者だ。
この男は娘の、ユズリに実害が及ぶなら誰であろうと何であろうと容赦しないだろう。迷うことなく躊躇うことなく害を取り除くだろう。その冷徹さは恐ろしい。穏やかさに覆われた彼の内こそが遊佐にとって畏怖すべきものだ。
正気を保ちながら、躊躇も迷いもなく粛然としていられる管理者の精神性こそがこの町で真に恐るべきものなのか。だからこそ、この町の誰も彼もがシノを管理者として認めているのかもしれない。認めざるを得ないのかもしれない。
「何男二人でじーっと見つめあってるのよ。キモイわね」
険のある声音が頭上から降ってきた。
言うまでもなくユズリが目の前に立って見下ろしていた。その片手には煎餅の香ばしい匂いが漂ってくる紙袋がある。随分大きな袋だと思って見ていたのが伝わったのか、ユズリは紙袋を見せつけるように突き出してきた。