おつかいを終えて 2
「でもお父さんとしては六条の言葉遣いや立ち居振る舞いはぜひとも見習ってほしいところだと思っているんだけれどね。さすが彼女は戦前のお嬢さんだけあって所作のひとつひとつが綺麗だ。ユズリも刀ばかり振り回していないで、もう少し落ち着いた仕草を身につけてもいいと思うんだよ」
「それこそ冗談でしょ!? 六条に似ろとか父親の言葉じゃないわよ!?」
ユズリは青ざめて僅かに身を引いた。
よほど六条が苦手なのだろう。いくら本人から原因となった話を聞いたとは言え、やはり奇異なことだと思ってしまう。
団子をひとつひとつ頬張りながら先程までのことを思い返していくと、ふいに一つ、疑問が湧いた。
「そう言えばさっき、六条の生前はいくらでも調べられそうって言ってたけど、それなら本名を知ることもできるんじゃないのか? それこそ六条本人がしているように支配下に置くこともできるんだろ? そういうことを考える奴ってのはいなかったのか?」
するとユズリは事もなく答える。
「いるんじゃない? 私も昔は調べたし」
「調べたのか」
「調べたわよ。こっちも何度も身の危険を感じたからね」
胸を張るユズリに対し、管理者は軽く息を吐く。
「興味本位で人の過去を暴こうなんて、我が娘ながら一体どこでそんな悪趣味に染まったのか。嘆かわしいね」
「間違いなくお父さんの遺伝子と教育の賜物よ」
管理者を横目で睨んでからユズリは続ける。
「六条は少なくとも死んで七十年くらい経ってるわけだけど、中にはもちろんそうやって何とか六条の本名を握れやしないかって思った奴もいたらしいわよ。ま、全員それは徒労に終わったってわけだけど。私も例外なくね」
不満げにユズリは口を尖らせる。
「お前も?」
「そう。だって六条の本名はとっくの昔、ここに流れ着いてきてすぐに握られてたんだもの」
その言葉につい目が丸くなる。
「いたのか? 六条の本名を握る奴が?」
「そ。実は本名を知って支配下に置けるっていうのは先着一名様限定なの。私達が六条の本名に辿りついた時には既に六条は他人の支配下にあったってわけね」
「支配下に……六条を? けどさっきの様子じゃそんな風には」
「六条の本名を握っている相手は六条を支配下に置くのが目的じゃなかったからね。あくまで保護のつもりだったらしくて。そうでしょ? お父さん」
娘に話を振られ、それまで黙っていた管理者が彼女の話を引き継いだ。
「六条がこの町に来た当初、当時の管理者が同郷のよしみだか何だかで六条の本名を知ることで彼女の名が他の連中に知られてうっかり引かれたりしないようにしたそうなんだよ」
「当時の管理者」
当たり前だが、今現在目の前にいる管理者の以前にも管理者という役職に就いていた者は存在するらしい。確かに六条がこの町に来た当初を七十年前程度と想定するなら、シノとてまだ此岸で生きるどころか生まれてすらいない。
「大変に気まぐれなお人でね、今は冥府の高官となっているよ。いい加減死後をゆっくり過ごすなり生まれ変わるなりすればいいのにね」
その当時の管理者とやらと何か因縁でもあるのか、どこか疲れた風にシノは溜息を吐いた。この人物がそんな顔をするなど、ユズリが怯える以上に希少なことかもしれない。
本当に今日は珍しいものが多く見られる日だ。
するとユズリが性格の悪そうな笑顔で管理者を見ていた。
「あーあ。そんなこと言っていいの? あの人はまだまだ現役のつもりなんだから、うっかり聞いたら大目玉じゃない」
その言葉からするに、ユズリもその当時の管理者とは知り合いなのか。
「お父さんがこんなこと言ってましたよーってうっかり私が口滑らせちゃったらどうしよー」
わざとらしい言葉に管理者は軽く笑う。
「お父さんは娘が父を裏切るようなことはないと信じているからね。そうとも、我が娘は父親を裏切るような真似をするわけない、お父さんは心からの信頼を置いているんだよ。……だからその信頼を裏切るような真似をされたら、お父さん怒ってしまうよ。別に怒ったからといって、ユズリに与えた権限を取り上げたり町に出入り禁止にしたりなんかはしないけどね」
最後に「多分」と付け足し、輝かしい笑顔を浮かべて言ってのけた。
それは脅迫だろう。まごうことなく。
もちろん娘のユズリがそれに気付かぬはずもなく。管理者から顔を背けるようにして、「冗談だよ、冗談……」と言って無心に団子にかじりつき始めた。
やはり父親のほうが上手だ。