六条 15
殺されて。
その短い言葉は重い。とても重い。他人でない者の話ならば尚更だ。
「話の出元は知らない。多分六条と同時期に此岸で生きていた誰かなんだろうけど、今となっては有名な話よ。私と折継がまだ本当に子供の頃、偶然耳に入ってきたの」
一息置いてからユズリは口を開いた。
「六条は自分を殺した男の忌み名を握り、その存在を手放すことなくずっと手元に置いているって」
「自分を殺した男を?」
ユズリは頷く。
「そう。自分を騙し、殺した男を今もまだ六条は手放さずにいる」
それは六条なりの復讐なのか。長い長い時をこの生死の狭間の町に置くことは彼女が自らの生を奪った者への報いとしたのか。
「生前、意外と男運悪かったらしいのよね。六条は」
そしてぽつりぽつりとユズリは話し始めた。
まだ太平洋戦争前の昭和初期。
後に六条と名乗る彼女は、とある資産家の令嬢として東京の女学校に通いながら何不自由ない日々を送っていた。女学校を卒業すれば家の決めた相手と結婚し、生涯不自由なく暮らせることがほぼ決まっていたはずの彼女の人生はある日、女学校の友人と出かけた音楽会で一人の男と出会ってしまったことで大きく狂い始めていった。
男は某名家の庶子で、出会ってすぐに二人は恋に落ちた。少なくとも周囲からはそう思われていたし、そして彼女自身もそう思っていた。
だが男は名家の出とはいえ立場は非常に危うい。本妻が生んだ異母兄弟もいる身では尚更。いつ一文無しで放り出されてもおかしくない男は保険をかけた。
それが上流階級の令嬢との結婚だった。
仮にも名のある家の出身の男だ。それは不可能じゃない。結婚相手に財力権力が伴えば男の実家での地位は安泰となり、また結婚相手の家の権威も手に入る。だから男は複数の令嬢と親しく付き合っていた。その中でも特に容姿も実家も抜きん出ていたのが彼女だった。
男は彼女と結婚の約束をした。
ところが、それからしばらく後に男は某華族の令嬢と知り合う。家格も財力も男の実家よりも上の、まさに男が求めていたような相手だった。
だが男は既に当人同士だけとはいえ結婚を約束した身。男は思う、彼女が邪魔だ。
そして男は彼女を殺した。
疑うことを知らない、男のことなど一遍も疑っていない彼女を殺した。
後に男は証拠も揃い逮捕目前というところで痴情のもつれから親しくしていた令嬢の手で殺される。
上流階級の子女たちによって構成されたこの事件は世間を騒がせる。新聞や週刊誌でも大々的に報道された。すぐさま圧力がかけられこと、また情勢不安もあって忘れられたように事件は消えて行ったが、そのセンセーショナルな事件は人の記憶から消えたわけではない。
知る者は知る事件として、調べればいくらでも調べられる事件として残った。




