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迷い夜話  作者: 初瀬 泉
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六条 14

「コーヒーごちそうさま」

 六条が三人分のコーヒー代を払ってくれ、ユズリの言うところの冥土喫茶を出たところで六条とは別れることになった。

「ごちそうさまでした」

 遊佐も軽く頭を下げ、礼を言う。

「いいえ。ユズリさんも遊佐さんも礼儀正しいですわね。シノさんやご家族の方の躾がよろしいのね。素晴らしいことですわ」

 六条は満足げに微笑んでいるが、遊佐の中でもこの町の危険人物上位に名を連ねた彼女に対し礼を欠ける人間などそうそういまい。実際あの不遜なユズリですら彼女に対してはいくらか控えめなのがその証拠だろう。

「ではわたくしはそろそろ塔へ戻りますわ。清掃も終わっている頃でしょうし。ユズリさんも遊佐さんもまたお気軽に遊びにいらして下さいましね」

「ん、まぁまた」

 ユズリの曖昧な答えにも六条は笑みを崩すことなく、優雅に踵を返して振り返った。

「ふふ。ユズリさんも遊佐さんもご健闘遊ばせ。それでは、ごきげんよう」

 意外にあっさりと六条は革靴を鳴らし、来た道を戻っていった。

 ユズリ曰く、六条とは反対方向に用事があるとのことで遊佐とユズリは反対へ向いて歩きだした。用事というのが嘘か本当かは知らないが。

 無言で歩き、六条との距離も随分離れただろうという頃、ユズリが立ち止って大げさなくらい大きく息を吐いた。

「あー生きた心地がしなかった!」

「……本当に苦手なんだな」 

 あのユズリがここまであからさまに苦手を公言するとは。

 ユズリは再び歩き出しながら疲れた風に答えた。

「そりゃそうよ。子供の頃のトラウマなんかでもう本能的に駄目なの」

「まぁ、赤の他人を道具扱いして使い倒す奴なんて普通に怖いか」

 もっともユズリもその類の人間に見えるが、こうも露骨に苦手としているのだから遊佐が思っているよりユズリは良心的なのかもしれない。

 ところがユズリは遊佐の何気ない一言に眉を顰めた。

「別に私は町の腑抜け男共と違ってそんなところ怖くも何ともないわよ。私が言ってるのは……ああ、そう言えばあの話は出なかったわね。そりゃそうか。六条がわざわざ自分で言うわけないものね」

「あの話?」

「私やら折継が六条に対して昔から恐怖を捨てられない理由」

「他人を隷属させて使い倒す以上にさらに恐れられる理由があるのか、六条は」

末恐ろしい。

「私や折継、町の性悪共が他人を使い倒すくらいで恐れると思うの?」

「いや、まったく思わない」

 思わず即答するとユズリは不満げに眉を吊り上げた。

「何かそれはそれでムカつくわね……。まぁとにかく、さっき折継が言ってたでしょ? どう足掻いても理解できないような存在が一番怖いって」

「ああ。そんなことも言ってたな」

 あの態度で怖いと言われてもまったく真実味がなかったが、言わんとしていること自体はわかった。

「私達にとっては六条がソレよ」

「ソレ、って理解の範疇を超えた奴ってことか?」

「そう」

 ユズリは再び歩き出して前を向いたまま話し出した。

「町の連中が六条を恐れるのもだいたいはそれが理由よ。まぁ六条の気まぐれで隷属させられたり酷い目に遭わされたりした奴も多いから、その辺が原因の奴もいるだろうけど」

 理解の範疇を超えた何か。

 意思疎通が叶わない何か。

 今しがたまで話していた六条がそうとはとても思えない。まして彼女はこの町に来た当初に随分困惑したというようなことを言っていたし、今まで会った代表者たちなどに比べればよほど「普通」に思えたくらいだ。

「信じられない?」

 ユズリは遊佐に振り返って冷めた視線を向けてきた。

「……正直想像がつかない」

 思ったままに答えるとユズリはまた前を向いて言った。

「六条ってさ、調べようと思えばいくらでも此岸でどんな人間だったか調べられると思わない?」

「まぁ時代の特定は難しくなさそうだし、いわゆる上流階級の出身ぽいし、あの制服も実際に生きていた時に着ていたものなら難しくないかもな」

 まして彼女は言った。死に方が悪かった、と。

 とすれば病死など自然死ではない可能性が高い。時期を絞り、制服から出身校も探し出せば生前の身元を知ることは難しくないのかもしれない。

「うん。だからいくらでも真実らしいことを調べることができるのよ。まぁ私が六条のことを知ったのは町で聞いた噂話からだったけど」

「噂」

「そう。あの通り六条はけっこうな有名人だから、あちこちで尾ひれ背ひれがついた噂が囁かれてたりするんだけどその中に、六条に忌み名を握られた不運な連中の一人に、どういうわけかずーっと手放されないで六条に隷属されたままの奴がいるっていう話があったの」

「余程気に入った奴なのか?」

 さぁ? とユズリは乾いた声で言った。

「さっきも見ただろうけど六条にとって他人の存在なんて使い捨てみたいなものでしょ? その六条が絶対に手放そうともしない奴。特に腕が立つわけでもない。何か秀でた力があるわけでもない。でも絶対に六条はその名前を手放さない。冥府へ送らせない。何があっても自分の手元から離さない」

 その声はどんどん低く重くなっていく。

「六条はその名前を……この場合は存在をって言った方がいいかもしれない。そいつを決して手放さない。当初こそ防壁代わりに使ったり、パシリにしたりもしてたらしいんだけどすぐに他人の目に触れないよう、独占するかのようにそいつの存在を表に出さなくなった」

 遊佐は眉を顰めた。

「何だか話の方向が掴めない」

 ユズリは少し黙った後、無感情に言った。

「六条はね、此岸で殺されてこの町に迷い込んだの」

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