六条 12
こんなことを思うのはどうかとも思うが、不気味な店員だ。それともそういう趣向の店なのか。
「何だか不気味な店員ね。愛想もないし。店自体は普通の喫茶店っぽいのに。何? メイド喫茶ならぬ亡霊喫茶とか言わないでしょうね」
とりあえず思っても胸の内に留めておく遊佐と違い、ユズリは正直に口にした。それもかなり辛辣に。
「冥土喫茶? 冥土を模した喫茶が最近は流行りですの?」
四つ椅子が用意されたテーブルに座った六条が小首を傾げ聞いてくる。
「そっちの冥土じゃなくて女中とかのほう。メイドが「いらっしゃいませ御主人さま」とかお客に言ってくれる店が一時期流行ったのよ。今はどうだか知らないけど」
ユズリは六条の斜向かいの席に座りながら答える。
ここで遊佐はユズリの隣か六条の隣かという究極の選択を強いられることになった。
「ご主人さま? 最近では使用人を雇う家は少なくなったと聞きましたけれど、懐古趣味か何かですの?」
「そんな高尚なものかは知らないけど、現代では一般人でも御主人さまと呼ばれる機会を得られる数少ない場所ね」
「はぁ……いつの時代も殿方の上昇志向は変わりませんのねぇ」
感心したように六条は頷く。
「多分それとは違うけどね」
ぼそりとそう言ったユズリの声は聞こえてないらしい。
「ところで遊佐さんはお座りにならないの?」
六条は視線だけでユズリの隣の席を示す。そうなっては六条の隣に座るというのも妙だろうと思い、黙って彼女の示す席に座った。
「遊佐さんもわたくしやユズリさん達と同郷なのですわよね?」
「一応は」
遊佐が答えると六条は少し物珍しそうな顔をした。
「それなのにもうこの町に馴染んでらっしゃるのね。わたくし達の此岸には三途の川の話は伝わっていても、町のことなどは伝わっていないでしょう? 初めは困惑したり致しませんでしたの?」
「まぁ若干は戸惑ったけど最近は慣れてきたというか……」
ユズリに連れまわされると慣れざるを得ないというか。
六条は感心したように息を吐いた。
「最近の方は順応性が高いんですのね。わたくしはこの町に来た当初は随分戸惑ったものですけど」
「六条が!?」
思わず、という感じにユズリが声を上げた。よほど意外だったのだろう。
六条はにっこりと微笑んでユズリを見た。
「あら、シノさんなどからお聞きではありません? わたくしもこの町に迷い込んだばかりの頃は右も左も上も下も分からず不安なばかりでしたのよ」
あからさまに信じられないという顔でユズリは六条を凝視している。
「ユズリさんや折継さんのように前知識を得てから町に入るのと、わたくしのように訳もわらず気付いたらば町にいた者とでは違いますわ。偶然わたくしは町で身を守る術を知り、当時の管理者の方にも良くしていただいたので今なおこの町で不自由なく暮らせていますけれど、そうでなければ疾うに何処ぞへと引かれてしまっていたでしょうね」
「身を守る術って言うとさっきの呪文みたいな?」
遊佐の言葉に六条はにこりと笑う。
「あれは呪文ではなく忌み名ですのよ」