六条 11
「浅草なら私も行ったことがあるわ。浅草寺にお参りした後、花やしきっていう小さな遊園地に行ったわね」
「わたくしも浅草寺には詣でたことがありますわ。それに『花屋敷』にも。そう、此岸では随分な時間が経っているでしょうに、まだ残っているものもありますのね」
六条は含むもののない純粋な笑みを浮かべて嬉しげに言う。そうした姿を見れば年相応とこの場合は言わないのだろうが外見相応の、十代の少女らしい印象だ。
「花屋敷には動物も飼育されていましたけど、今もそうなのかしら?」
「動物? 私が行ったのも子供の頃だったからうろ覚えだけど、確か動物はいなかったと思うけど」
ユズリは首をひねって考え込んだ。
「ああ……やはり全てがそのままとは行きませんわね。わたくしの幼い頃は多くの草花や見世物で溢れていたのですけれど」
そう言って六条は少し残念そうに目を伏せた。
それからしばらく黙って歩いていたが、ある店の前で立ち止った。
「此処ですわ。わたくしのお気に入りの喫茶店ですの」
見れば小さな洋館風の建物の扉の前には『珈琲』と書かれた金色のプレートがぶら下がっている。
「さぁ参りましょう」
歌うような調子で六条は扉を開け店内へと入っていった。遊佐とユズリも顔を見合せながらもその後に続く。扉を開くたびにカランカランとドアベルが鳴る。本当に驚くほどこの店は洋風だ。
そして店内も真っ白なテーブルクロスがかけられた丸テーブルが四つ。それぞれに椅子が置かれている。白い壁には硝子のランプが備え付けられ、薄暗い室内を柔らかな照明で照らしている。
「……いらっしゃいませ」
しゃがれた聞きとりづらい声がしたかと思うと、照明も届かない店内の奥から小さな影が歩いてきた。
照明の下にやってきた人影はユズリの半分の背丈もない。まるで幼児のような体格だ。手足は二本ずつ、鼻と口は一つずつで姿かたちは人間と変わらないが、何故か目隠しのように黒い布を巻いている。
その小さな目隠しの人は踝まである黒いワンピースに白いエプロン、片手に丸い盆を持った、ある意味給仕らしい様相をしていた。もちろん普通の給仕は目隠しをしていないが。
「ああ……六条さん、いらっしゃいませ……」
歓迎されていないのではないかというくらい抑揚の少ない声だ。
だが六条は特に気分を害した様子もなく笑顔で応える。
「ごきげんよう、笹垣さん。珈琲を三つお願いしますわ」
「かしこまりました……。お好きな席に、どうぞ……」
それだけ言うと目隠しの給仕は灯りのない店の奥へと消えて行った。