六条 10
テラスが血で汚れたから清掃が終わるまで外で時間を潰すからついてくるよう言った六条の後をついて歩き、大通りから細い道を一本入るとそこはそれまでの街並みとは少し様相が違った。
煉瓦が敷かれた道は等間隔に配置された瓦斯灯の明かりが照らす。辺りに見える建物は皆西洋的でまるで異人館のようだ。
「この町にこんな場所があったのか」
今まで見た場所はどこもかしこも和風趣味だったが。
「この辺りはわたくし達の世界で言う西洋文化を取り入れていますのよ」
前を歩く六条が振り返って微笑む。
「以前は何とも思わなかったのですけれど、最近はこういったものも懐かしく感じられますのよ。わたくしも生前はこういった建物を見てまだ見ぬ異国に胸をときめかせたものですわ」
「六条が西洋趣味だとは知らなかったわ」
遊佐を盾にするように最後尾からついてくるユズリが言うと、六条はくすりと笑った。
「わたくしはどちらも好きですわよ。父が西洋贔屓だったものですから。幼い頃は異国の方のお宅にも連れて行って頂きましたし。けれど自国の文化を知らぬようでも困るということで本宅は英国の建築士の方に設計をお願いしましたが、離れや別荘は昔ながらの日本的なものでしたわ」
本宅にイギリスの建築士に離れに別荘。何となくそうではないかと思ってはいたが、六条というのは生前よほど裕福な家の娘だったのだろう。やっていることはともかく、言葉遣いや立ち居振る舞いは綺麗なのもそうだ。
「うんと幼い頃は浅草にも行きましたのよ。初めて十二階からの眺めを見た時の感動は今も忘れられません」
「ああ、それで塔がお気に入りなの?」
「ええ。あの塔は凌雲閣にそっくりですから」
「凌雲閣?」
ユズリと六条の間に共通認識されているらしい単語を復唱すると、六条はにこりと笑って説明してくれた。
「東京の浅草にあった十二階建ての建物のことですわ。凌雲閣という名前だったのですけれど浅草十二階とも呼ばれていましたのよ。震災で半壊してしまって取り壊されてしまいましたけれど、エレベエタアも設置されたモダンなものでしたのよ」
六条の言う震災というのは恐らく関東大震災のことだろう。確かあれは大正十二年のことだと聞いたことがあるから、やはり今さら考えるまでもなく六条は大正生まれの昭和の女学生のようだ。