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迷い夜話  作者: 初瀬 泉
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六条 8

 見れば扉の前には顔全体に包帯を巻いて目鼻と口以外見えない和装の男が仁王立ちしていた。その両手には火縄銃が握られている。

「……六条、お呼びよ」

 ユズリは冷めた視線を六条に送った。

「そのようですけれど」

 六条は眉をひそめて男を上から下まで不躾なまでに見た。

「わたくし、貴方のような方は存じ上げなくってよ。見ず知らずの他人に呼ばれるのは気分が良いものではありませんわ」

 明らかな不快感をもって六条は男を睨み据えた。

「そもそも両手に銃だなんて、何て無粋な風体の方ですかしら。同じ空気を吸っていると考えただけでも吐き気がしますわ」

 そう言って口元を白いレースの縁取りのあるハンカチで抑えた。

 もちろんその言葉や仕草は見るからに血気盛んそうな男の神経を逆なでる。

「この糞アマがぁ……」

 男の唸るような声にますますもって六条は眉を顰める。

「まぁ……婦女子を前にして何て汚い言葉をお使いになるのかしら。礼儀も知らぬような輩を相手にするほどわたくし暇じゃありませんの。さっさとわたくしの視界から消え失せて下さらない?」

 丁寧な言葉遣いは変わらずだが、言っていることは酷い。

「ふざけてんじゃねえぞ! てめぇにやられたこの顔の傷のケリはきっちりと返させてら貰うぜ!」

 男の言う顔の傷とやらは包帯に覆われているためまるでわからないのだが、男の言いがかりというわけではないのだろう。隣でユズリがうんざりした顔で六条を見ているのを見てそう確信した。

 だが一応ここは聞いておくべきだろう。

「……止めなくていいのか?」

「冗談でしょ、絶対嫌」

 本当に一応聞いただけで終わった。

「それより遊佐。少し六条とあの男から距離を取るわよ」

 神妙な面持ちでユズリは遊佐に囁き、言うや否やこそこそと後ずさっている。自信とプライドの塊の彼女らしからぬ行動だが、遊佐の本能か何かが彼女に倣えと訴えてくる気がするので足音を立てないよう静かに六条と男から距離を取った。

 その間にも男は何事かをまくしたて、六条は汚いものを見るようにハンカチで口元を押さえたまま眉を顰めている。

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