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迷い夜話  作者: 初瀬 泉
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六条 4

 十二階。一階と同様殺風景な部屋だが、天井から吊るされたランプの他に窓があるためぼんやりと外から光が取り込める。夜だけの町とはいっても賑やかな町の中心地にはそこそこに明かりがあるからだろう。それなりに明るい。

八角柱状だった外観と違わず室内はやはり正八角形。うち七辺の壁には硝子の嵌められたフランス窓に似た形のモダンな雰囲気の窓が。そして残る一辺、一階では出入り口の扉があった場所には硝子の扉があった。

「ああ、そこがバルコニーに続く扉」

 ユズリは太刀を握り直し、表情を強張らせた。

「この向こうにアイツがいるはずよ」

 常闇の町では透明な硝子扉は光が反射して鏡のようになっている。だから外の様子を窺うことはできず、ユズリの強張った表情と遊佐の能面のような表情しか見えない。

「……行くのか? 何なら運が悪くて会えなかったって管理者に言ったらどうだ?」

 隣に立ってユズリを横目で見ると、ユズリは大きく深呼吸してから遊佐を見上げた。

「行くに決まってるでしょ! ここで帰ったりしたら、お父さんのことだもの! 折継あたりに話を聞いて逃げ出したって判断を下されること間違いなしよ! 私はそんな腰ぬけじゃないわ!」

 己を鼓舞するように怒鳴ってユズリは先へ進み始めた。本人がそう言うのだから遊佐としては従うほかない。黙って彼女の後に続く。

 硝子の扉には金属のドアノブがついていた。ユズリがそれを捻りながら扉を開けば、涼しい風が室内に吹き込んできた。そしてユズリと共に屋内から石造りのテラスへ出ると真っ暗な空の下、遠く遠くまで無数の色とりどりの光が転々と広がっている。遠くへ行けば行くほど光は少なくなってくるが、少なくともここからでは光が途切れる場所は見えない。この町は一体どこまで広がっているのだろうと今更ながらに考えてみる。

 賑やかな町の音がずっと下から聞こえてくる。遊佐の目の前にはまっすぐ大通りが一本伸びている。あれがこの塔を中心にして伸びる十字路だろう。

「十二階くらいって思ったけど意外にいい眺めだな」

「この町一番の眺めですのよ。お気に召して?」

 遊佐の呟きに答えるように柔らかな声がした。

 反射的に声のした方に振り返ると、テラスの端から細身の女が一人歩いてきた。

 肩に届かない程度の長さで切り揃えられた黒髪。白い襟に臙脂色のスカーフ。紺の上着と、ウエストをベルトで留めた膝下丈のプリーツスカート。古式ゆかしい女学生のような風体の女、否、その服装を思えば少女とすら言ってもいい年齢なのかもしれない。落ち着いた雰囲気と大人びた表情からとても十代には見えないが、白い肌に整った顔立ちをした、いかにも深窓の令嬢といった雰囲気の女だ。

 女は切れ長の目を細め、小さな唇を開いた。

「素敵な眺めでしょう? わたくしの一番のお気に入りの場所ですの」

 柔らかな笑みと鈴を転がすような声は遊佐に問いかけ、それからその隣で視線を止めた。

 そこにいるのは先ほどから硬直しきっているユズリだ。

「貴女もそう思いません? ユズリさん」

 彼女の問いかけにユズリはびくりと肩を震わせ、ぎこちなく口を開く。

「そ、そう、ね」

 どもりながら答えたユズリは無理やり作ったような笑顔だ。心なしか青ざめている。

「……知り合いか?」

「ええ。長いお付き合いになりますわ」

 ユズリの代わりに答えたのは女だった。

「ユズリさんとはシノさんが御存命だった頃からのお付き合いになりますの。ユズリさんがお小さい頃のことなども存じておりますわ。お聞きになりたかったらいつでも聞いて下さいましね? 遊佐さん」

「俺のこと知って?」

 女はにこりと笑う。

「存じ上げております。先日ユズリさんと共に冥府からの逃亡者を狩られたという鉄砲打ちの遊佐さんでしょう? 随分お噂になっていますわ。刀狩においては折継さんにも劣らない腕前のユズリさんと共闘なさったということで」

「はぁ……」

 そう言えば折継あたりもそんなようなことを言っていた気がするが、まさか本当に噂になっていたとは。

 それにしても本当に戦前の女学生のような女だ。丁寧な言葉遣いといい、雰囲気といい。ユズリも少しは見習ってもいいだろうに。今も隣で顔を背けて太刀を握り締めているし、もう少し彼女のようになってくれれば遊佐としても今より付き合いやすくなって助かるのだが。

「あらいけない。失礼致しました。わたくしったらまだ名乗っていませんでしたわね」

 女は口元に手を当てて申し訳なさそうに言う。

「遊佐さん、はわたくしのことはご存じないようですわね?」

「え、ああ、はい」

 丁寧な言葉につられ、遊佐まで敬語を使ってしまう。それが気に入ったのか、女は嬉しそうに顔をほころばせた。

「ユズリさんも意地悪ですわね。一緒にいらしたのなら遊佐さんにわたくしのことを紹介して下さってもよろしいのに」

「いや、その、あの……」

 どもっている。視線が泳いでいる。珍しい反応だ。

「まぁよろしいわ。わたくしもたまには自己紹介をしたいですもの。自分から名乗るなど一体いつ以来かしら? では改めまして。お初にお目にかかります。わたくし、この町での名を六条と申す者です。どうぞよろしくお見知りおき下さいませ」

 玲瓏な声が花のような笑顔と共にそう言った。

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