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迷い夜話  作者: 初瀬 泉
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六条 1

 折継と別れて存外すぐに目的地、町の中心である十二階建ての塔の下に着いた。

 中心地にあるだけあって塔を中心に十字に伸びた大通りは特に賑やかだ。あちこちに店があり、物売りが声を上げていたり、多種多様な人と言っていいのか不明瞭な人々が行き交う。

「ここにそいつがいるのか?」

 遊佐は予想より高い十二階建ての塔を見上げながら訊いた。

 ユズリは唇を引き結んだまま頷く。その左手には太刀が握り締められている所を見ると緊張しているのだろう。

 十二階建ての塔は赤茶の煉瓦れんが造りで西洋建築風だ。八角柱状になっており、各階に窓とバルコニーが設置されている。そして塔の屋上には常に煌々と炎が灯っている。これは見る者によって色が違って見えるらしいということは最近ユズリから聞いた。

 あの炎は遊佐達が帰るべき世界、此岸でのその時の空の色を表しているのだという。此岸でも場所による時差は存在するし、もちろん遊佐からすれば全くの異世界であるとこの世界では時間の流れすら違うのだろう。

 今、遊佐の目には炎はほとんど黒に近い藍色に見える。此岸では真夜中なのだろう。昼間この常夜の町に訪れたことはないからわからないが、昼間はやはり鮮やかな空色の炎が見えるのだろうか。

 そんなことをつらつらと考えていると隣で重苦しい溜息が吐かれた。言うまでもなくユズリだ。

「ここの十二階のバルコニーがあいつのお気に入りなのよ」

「十二階……」

 ということは最上階のバルコニーか。

 見上げてみても地上からではバルコニーそのものが邪魔になってしまい、十二階に人影があるかまでは見えない。

「本当にいるのか?」

「……多分いると思うわよ。折継の奴の証言を信用するなら少なくともさっきまではいたはずよ」

 そしてユズリはまた溜息を吐いた。

 遊佐とユズリの付き合いは決して長いものではないが、ここまで気乗りしないユズリは初めてだ。傲岸不遜を絵に描いたような彼女の精神を会う前から疲弊させることのできる相手。それがこの上にいるのか。

「十二階……って言うとそんなに高くはないよな」

「まぁね。高層ビル群に慣れちゃった私たちからすれば特別高くはないけど、最上階のバルコニーはそこそこに見晴らしがいいわよ。だからあいつはそこがお気に入りなの」

「へぇ。高いところが好きなのか?」

「本人曰く景色がいいとのことよ。まぁ何とかと煙は高いところが好きって言うから……」

 ユズリが暗い表情で皮肉を口にした時。

「ぎゃああああああああ!」

 それは悲鳴だ。声の感じからするに野太い男の。

 今日何度目とも知れない悲鳴と共に、遊佐たちから少し離れた場所に勢いよく何かが落ちてきた。その衝撃音に周囲を行き交う人々も足を止めた。

 そこには身の丈三メートルはありそうな筋骨隆々の男が白目を剥いて仰向けに倒れていた。裸の上半身には横一文字に大きな傷がありそこから相当な出血をしているが、かろうじて指先が動いているから生きてはいるらしい。否、この町に死はないそうだから元から死ぬこともないのだろうが。

「……やっぱりいるわ」

 ぼそりと低い声でユズリが呟いた。

 それから立ち止っていた周囲の人々に向かって声を張り上げた。

「誰か! 医家を呼んできて!」

 ユズリの声に立ち止り茫然としていた数人が弾かれたように駆けて行った。それと同時に立ち止っていた人々もほとんどが散っていった。

「おい、番所の奴を呼んできた方がいいんじゃないか?」

「だ、だよなぁ」

 ユズリの後ろでそんな会話を交わしていた男たちにユズリは振り返らぬままぴしゃりと言い切った。

「必要ないわ」

 男たちは揃って困惑の表情を浮かべた。

「いやでも、事故でも何でも一応は……」

「事故でも自殺未遂でもないわよ。ただ単に十二階のバルコニーから突き落とされただけだから」

「単にって……そっちのがまずいじゃねぇか! 落とした奴は番所に連れて行って管理者に任せたほうが」

 男の一人が慌てたように叫んだ。

 どうやら彼はユズリのことは知らないらしい。知っていたらこんな口の聞き方はできないだろう、多分。

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