危険意識 8
「それはドウモ。しかしお前らにそんな顔をさせる六条って言うのは一体どんな……」
遊佐が言い終わる前に辺りから複数の悲鳴が上がった。
遠巻きにこちらを見ていた人々は怯えるような顔でこちらを見たかと思えば、こそこそとその場を立ち去っていく。
「六条って……」
「やめろ! その名前を聞くだけで古傷が……」
「だ、駄目だ……六条が、あいつが来るぅぅぅ!」
そんな言葉を残しながら、気付けばほとんどの人々がその場から消え失せていた。
遊佐たちは通りの真ん中にぽつんと取り残された。
ユズリと折継だけでなく、他の住人たちもここまで恐れさせるとは六条とやらは本当にどんな猛者なのか。
「遊佐」
折継が後ろから重い調子で言う。
「あいつの名前はできるだけ人前で出してやるな。……一般人には刺激が強すぎるから」
見れば折継の手に握られた鬼の首と胴体もかたかたと小刻みに震えている。
「そうよ。あいつの名前は表通りでもほとんどが裸足で逃げ出すほどの効力を持っているんだから」
ユズリは深く息を吐いて顔を上げた。
「とは言え、確かに逃げっぱなしなのも性に合わないのも確かなんだけどね」
僅かに青ざめた顔でユズリは町の中心を、炎の揺れる十二階建ての塔を見た。
「で、折継。さっき聞こうと思ったんだけど、今日もあいつは塔にいた?」
折継は軽く首を傾げた。
「塔から逃げるように出てきた奴を何人か見かけたから、多分そうだろうな」
「そりゃあ間違いなくいるわね」
「まぁ行けばすぐわかるだろ。いるかいないかくらい」
「まぁね」
二人は同時に今日何度目とも知れぬ溜息を吐いた。
「じゃ、次の集会でせいぜいあいつの逆鱗に触れないようにね」
「ああ。そのためにもあいつの機嫌を損ねるような真似しないでくれよ」
折継は鬼を引きずりながら遊佐たちの来た方向へと歩き出し、ユズリもまた足取りは重いながらも前へと歩き出した。
「ほら遊佐。あんたも早く来てよ」
振り返ったユズリの顔には常のような覇気はない。重症だ。
そして並んで歩き出した遊佐の顔は見ずにユズリは言った。
「お願いだからあんたも六条を怒らすようなことしないでよ?」
「……努力はする」
これだけ恐れられるほどの相手をわざわざ好き好んで敵に回そうと思うほど遊佐は物好きではない。むしろ既にユズリの後をついて行くことを辞退した方がいいのではと思うくらいだ。
それとなくその旨を伝えてみると、ユズリが鬼のような形相で「あんた一人だけ逃げる気!?」と首根っこを掴まれてしまったのでやはり一緒に行くしかなくなった。




