危険意識 3
「畜生が! てめぇにゃ血も涙もねぇのか!」
必死になって叫んでいるのはしゃがれた声。
「お前に言われたくないって。何でこんな状態になってもそうもペラペラしゃべれるのか不思議だよなぁ。解剖して構造を調べてみたいもんだ」
しゃがれた声を逆撫でようとしているのではないかというくらいに呑気な声。
自然に割れる人垣は遊佐たちのすぐそばまでやってきて、やがて視界にはっきりとその人影が映った。
「あ……あ?」
その人影の奇怪な様子につい顔をしかめてしまう。
「お。そこにいるのはユズリに遊佐じゃん。さっきぶりー」
そう呑気すぎる声を上げたのは町には不似合いな洋装の若い男。つい先ほど会ったばかりの危険人物・折継だった。
しかも彼の手にはほんのつい先ほど別れた時のように彼を危険人物たらしめる脇差だけでなかった。その手で筋肉質な四肢のついた胴体を着物ごと掴み地面を引きずっている。
しかももう片方の手には首。首だ。
どう形容しようと生首としか言いようのない物体が折継の右手によって掴まれている。
子供向け絵本に出てくるような厳つい赤ら顔に大きな口からは牙が覗く。あろうことかその鬼の首は自分をぶら下げて歩く折継に対し、大きく口を開けて文句を述べていた。
「てめぇ! 人の話を聞けっ、おいっ! この糞餓鬼がっ」
「何だよ二人とも。師匠のお使いは終わったのか?」
だが折継は鬼の首の言葉などまるで聞こえないかのように遊佐たちに話しかけてきた。
笑顔の優男と喋る鬼の首と、そして引きずられる鬼の首から下の体……何とも形容し難い光景だ。ある意味とても恐ろしい光景だが。
「……あんた、今度は何してるの?」
ユズリが眉間にたっぷりと皺を寄せて口を開いた。怒りというより困惑を滲ませた表情で。
しかし対する折継は平和そのものの笑顔だ。
「ん? ああ、さっきの無認可オヤジいたろ? あいつを番所に届けたら、この鬼野郎を冥府に届けなきゃいけないのに暴れて言うこときかないって番所の奴らが困ってたから、じゃあ俺が連れてっとくわってな流れで」
「それで何で首と胴体が離れてるのよ。周りが怯えてるじゃない。やめてよ、猟奇事件起こすのは。あんたが何かするたびに町の治安が悪くなるわ。前の首狩り事件といい、逆さ磔事件といい」
呆れがちなユズリの口から随分物騒な単語が飛び出した。
そうか、やはり折継というのはそういった事の渦中にいるタイプの人間なのか。悪い人間ではなさそうだがこれ以上お近づきにならないほうが賢明だろう。間違いなく。
そんな遊佐の心中など知るよしもなく、折継はけろりとした調子で答える。
「事件起こしたのは俺じゃないだろうが。俺はむしろそういう猟奇事件を解決した英雄として扱われるべき存在だろ? あとこいつは元から首から上と胴体を切り離して動ける奴なんだから別にいいじゃん。どっちかの体を捕まえときゃ逃げることもできないしさ」
折継は視線を手にした鬼の首に向けるが、鬼は目を逸らして沈黙している。もう答えることも嫌だということか。