危険意識 2
簡潔な言葉だ。だがそれだけでも十分これから会いに行かなければならない人物が面倒臭そうな相手だということだけはわかる。
さらにユズリはぽつりと続けた。
「名前を聞いただけで阿鼻叫喚」
それはクチナワじゃないのだろうか。
「笑う凶器」
それは折継じゃないのか。
「怒らせると三千倍返し」
そしてそれはお前だろう。
「……恐ろしい奴よ」
遊佐の内なる言葉に気付くはずもなく、ユズリは再び重い溜息を吐いた。
思えば彼女がこうもあからさまに恐怖を表に出すのは珍しい。
何だかんだ自尊心が高いらしいユズリはどんな相手にも怯むことなく、高慢ですらある。そんな彼女の口から恐ろしいとまで言わせる相手とは一体どんな人物なのか。
平気で腕を落とす女装男とは憎まれ口を叩き合い、無言で身体欠損させる地獄落ち決定の薬種問屋には懐く。
そんなユズリが恐れる相手など、想像するだに恐ろしい。
「あー……それでその恐ろしい奴ってのはどこにいるんだ? 表通りに戻ってきたってことは裏通りにはいないってことか?」
「多分ね。あいつは気分次第だから何とも言えないけど、多分あそこだと思う」
「あそこ?」
「あいつのお気に入りの場所があってね。別に立ち入り禁止区域でもないのに常に貸切状態になってるのよ」
「って言うと」
「あいつと顔を合わせたら地獄に百度落ちるより酷い目に遭わされるってんで誰も近寄らないの。たまに命知らずがいるけど」
「はぁ」
曖昧な返事を口にすると、前方が妙にざわめき始めた。
「何だ?」
目を凝らしてみると、先を行く人々が逃げるように両脇に逸れて人に溢れていたはずの道の中心を開けている。それは何かを忌避するかのように道を割って行き、時には耳をつんざくような悲鳴が聞こえてくる。
その開かれた道を歩いてくる人影がひとつと喧しい声、そして何か重いものを引きずるような音。