危険意識 1
裏通りからは案外すんなりと表通りに帰ることができた。
というのも、先ほどクチナワが遊佐には想像もつかないが大惨事を引き起こしたおかげで彼と行動を共にしていた遊佐とユズリにも近寄りたくないとばかりに周囲が勝手に道を空けてくれたからだ。
薄暗く細い道を一歩抜ければ提灯と鬼火とで色鮮やかに照らされている、今となっては遊佐もよく見知った極彩色の町だった。
「本当に裏通りってのは別世界だったな」
ユズリに持たされた小刀のようなものを数振り抱え、遊佐はしみじみと口にした。
「だから普通は裏通りなんて行かないのよ。クチナワはあそこで商売している割に善人だからいいけど、他の連中なんてとんでもないもの」
「……お前、クチナワに対してはけっこう好意的だよな」
この話題については下手に突くべきではないと思いつつも、めずらしく遊佐の中に湧き起こった好奇心に負けてつい口にした。どんな反応を返されるかと内心戦々恐々としながらユズリを窺うと、意外にも彼女は明るい表情を浮かべていた。
「クチナワはいい奴だもの。私が小さい頃から相手してくれてたし、筋も通ってるし、この町で数少ない信頼のおける奴よ」
そう言って強気にだが笑ったユズリは本当に、本当にめずらしく年相応の少女らしい表情だった。
好戦的かつ高慢が彼女の表情だと思っていたが、こういう顔もできるのかと内心かなり驚きながらも遊佐は黙って頷いておいた。口は災いの門とは先人たちもうまく言ったものだ。
ところが、ふいにそんな珍事とも言うべき表情を浮かべていたユズリの顔が曇った。
「でもどうせなら最後に行くべきだったかしら。……私はつい嫌なものを最後に残しちゃうのよね。本当は八卦院の後くらいに行った方が効率はよかったんだけど」
「そう言えば手紙はあと何通あるんだ?」
「一通よ。……その一通が問題なのよ」
大刀を握り締めてユズリは深く溜息を吐いた。
嫌そうな顔だ。何と言うか、嫌いな食べ物や授業を忌避する子供のような。
「……その一通の相手っていうのはどんな奴なんだ?」
一応聞いてみるとユズリは暗い表情で一言。
「最凶最悪」