クチナワ 13
「気持ちはありがたく受け取っておくがな。俺に情状酌量の余地なんかどこにもねえよ。どんな賢人に弁護されようと、俺の地獄落ちは免れない。だから俺はまだこの町に留まって冥府から逃げてるんだろうが」
「クチナワ、一体何をしたわけ?」
どこか拗ねたような声音でユズリは尋ねた。
クチナワは顔の周りに浮かんだ鬼火を指先でつつくように遊びながら、ユズリから視線を外した。
「……百篇地獄に落ちても足りないほどの非道の行いだよ」
その低い声から逃れるかのように、クチナワのそばから白い鬼火たちが飛び去っていった。
それ以上はユズリもクチナワも口を開くこともなく、ユズリは目を伏せながらも「また来るから」と言って踵を返した。
そして数歩、元来た道を戻りだした頃、後ろから声がかかった。
「ああ、言い忘れた。毎度のことで聞き飽きただろうがな。自分を見失うような色恋に溺れるなよ。お前はまだ若いからな。シノを泣かせるんじゃねえぞ。そっちの小僧もな」
ユズリは歩みを止め、くるりと振り返って腹の底から叫んだ。
「わかってるわよ! いつもいつも子供扱いすんなって言ってんでしょ!」
辺り一帯に響き渡るような大声の余韻が抜け切る前にユズリはすぐまた前に向き直り、足早にその場を立ち去った。
途中、遊佐は一度だけあの怪しい薬種問屋を振り返った。
前だけを見るその横顔はやはり厳しく目元は鋭い。だがその口元はわずかに笑っていた。……だからその表情がどこか泣きそうに見えたのは、きっと遊佐の気のせいなのだろう。
「遊佐! 何してるのよ、早く行くわよ」
「……わかってる」
――地獄落ち。
今日初めて、生を終え、死を迎え地獄行きが決まっているらしい者に会った。
それはまさに蛇のような風体の男。
性格のねじ曲がった管理者の娘が悪人でないと評し、好意を示す男。
恐らくは違う世界から来た生死の中間にいる男。
少なくとも遊佐の目には百篇も地獄に落ちるような者には見えなかった彼は、一体何をしたのだろう。
この町に集う闇は底なしだ。
改めてそう思った。
クチナワ編はこれでおしまいになります。ここまでおつきあい下さった方、ありがとうございます。
次から新キャラをと思っていたのですが、そのキャラにたどり着く前にちょっとした閑話になりそうです。
そんな感じにノロノロ気まぐれに更新ですが、よろしければまたおつきあい下されば光栄です。