クチナワ 12
「だからって人と話をする時に喫煙してないでよ。人と話す時は目を見て! 常識じゃない」
「俺の世界の常識にはなかったが、まぁ覚えておくとするか」
「そうそう。親しき仲にも礼儀ありってね」
ユズリは胸を張って言った。
仮にそれが遊佐に向けられた言葉だったとしたら、ユズリにだけは言われたくないが。
「ああ、わかったよ」
クチナワはそんな細かいことは受け流せるほど器が広いのか、それとも日ごろからユズリもクチナワに対してだけは礼儀とやらを守っているからなのか知らないが、口うるさい女家族から言われたかのようにあしらっていた。
「そうだ。遊佐はもう火薬受け取ったわけ?」
唐突に話を振られた。
「ああ、さっき」
「代金もちゃんと貰ったぜ」
クチナワが補足するように言う。
「これでお前らの用も済んだろ? だったら早く表通りに戻れよ。いくら慣れてきたとは言っても、裏通りなんて真っ当な奴がいる場所じゃねえからな」
するとユズリは不満げに軽くクチナワは睨んだ。
「すぐ人を追い払おうとするんだから。クチナワも一人寂しく辛気臭い商売なんてしてたら寂しいと思ってせっかく遊びに来てあげてるのに」
「そりゃお気遣いどうも。だからお気遣いできるような善人は早く帰った方がいいぜ? ここはそこかしこに危なっかしい連中が跋扈してるからな。あんまりシノに心配かけるんじゃねえぞ」
「クチナワはすーぐ悪ぶるんだから。何よ、何だかんだ言ってクチナワだってお人好しのくせに」
不満を全面に押し出してユズリは言う。
クチナワにとってはそんなもの、柳に風のようだが。
「俺はお人よしじゃねえっての。何度言わせるんだ餓鬼が。俺は冥府に行ったらその場で地獄落ちが決まってる奴だ。そんな奴がお人好しなわけねえだろ」
「……クチナワが生前を何したのかなんて知らないけど、私が管理者になったら冥府に口利きして情状酌量を願ってあげるわよ」
地獄の沙汰も金次第とは言ったものだが、地獄の沙汰もコネ次第か。生きても死んでも世知辛い世の中らしい。
そんなことをつらつらと考えていると、クチナワはどこか自嘲めいた風に言った。