クチナワ 3
「じゃあクチナワって奴も帯刀してるのか? ここの連中も随分怯えてるし、何か理由があるんだろう?」
「クチナワは帯刀してないわよ。多分許可もないし」
事もなげにユズリは言った。
「裏通りは他人に害になるあらゆるものが横行している。クチナワは薬種問屋だから、まぁ危なっかしいものも扱ってるのよ」
ユズリが言うにはクチナワと名乗る男は薬種問屋を営んでいて、薬と名のつくものなら火薬から毒薬、さらには麻薬に似た依存性のある薬種。彼が独自の調合をした薬などありとあらゆるものを扱うため、冥府からは若干危険視されている。現在代表者の地位にいるのも監視という意味を込めてもあるのだろうとのことだ。
通常クチナワは裏通りで胡散臭い輩を相手に商売をしている。だから彼に会いに行くには必然的に裏通りに行かなくてはならない。近年はまだ大通りに近い辺りで商売していてくれるから探すのはそう大変ではないだろうが、裏通りには厄介なものも多いのでできれば避けて通りたい道なのだという。
ところが今日は比較的運気が向いているらしい。さっきの男の言った通り、突き当りを右に曲がったところでユズリの表情が年相応にぱっと明るくなる。
その視線の先には薄暗い路面に小さな壺や箱をいくつも置いている露天商。宙に浮いた提灯がその露天商の横顔が照らす。
「クチナワ!」
その名に一瞬周囲の空気が凍りつくが、ユズリは一切気にせず男に駆け寄った。
「久しぶり、クチナワ」
「シノの娘か」
短い黒髪に鷹のように眼光鋭い男はにこりともせずに顔を上げた。上半身は黒の腹掛とタンクトップの中間のような衣服の上に、赤地に金糸銀糸で流水文が描かれた袢纏を纏っているのに、下はブラックジーンズという和洋古今折衷の服装の奇妙な男だ。
まだ若く見えるのにその表情は厳めしく、元々鋭い目元がより一層恐ろしげに映る。さらに両の手の甲には鱗が生えており、うなじには大きな目がある。