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迷い夜話  作者: 初瀬 泉
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折継 4

 殺気立ったユズリを避けるように小太りの男が泣きながら遊佐の足もとまで腹這いになって寄ってきた。その間も二人の女は刃を引く様子はまるでない。

「相変わらずえげつない狩り方してるじゃない」

 先に口を開いたのはユズリのほうだった。酷く不機嫌な声だ。苦もなく彼女の刃を受け止めた遊女は赤く塗られた唇を緩めた。白塗りの顔に濃い化粧に、高く結い上げられた黒髪を飾る仰々しいかんざしと堅気とは到底思えないが、舞台に立つ気高い舞姫のような凛とした雰囲気を身に纏い、切れ長の瞳はその刃のように鋭い。

 冷静になってよくよく見れば確かに遊佐の探す相手とは随分と違った雰囲気の人物だった。この町に迷い込んだであろうあの赤い女が持っている脇差の束巻きはあの遊女のものとは違ってやはり赤一色だったし、何よりもあの女はあんなにも鋭く生気に満ちた目はしていない。

「……そちらは相変わらず慈悲深くてらっしゃる」

 低すぎず高すぎない声が皮肉めいた笑みを漏らし、遊女は刃を退いた。

「あんたはやりすぎだって言ってるのよ。無駄に騒ぎを大きくして他者を巻き込むんじゃないわよ」

 険しい表情のままユズリも刀を鞘に納めた。

 対照的に優美な笑みを浮かべた遊女は遊佐の足元で震える男に一瞥を寄越して言った。

「問題ないと思うけどな。当代管理者の帯刀抜刀許可がないことは確か。その上で抜刀した旨を自白したことだし」

「だからと言って無関係な人まで巻き込むんじゃないわよ。だいたいいくら無認可者だろうと両腕を切り落とすなんてやりすぎよ。あとあと片づけなきゃならない番所の苦労も考えなさいよ」

 ユズリは廊下の血だまりと物のように転がった男の腕を見てさらに眉を顰めた。

 形だけで笑みを作りながら、冷え冷えとした目で遊女は言った。

「この町はそういう場所。我が身惜しくば大人しくうつつの世に。あるいは彼岸へ渡ればいい。それをしなかったのはこの男の意思で、この町の数少ない決めごとを破ったのもこの男の意思。管理者の施す法は唯一の治安維持のための掟。それに逆らうことは己を守る術を自ら放棄すること。つまるところ、自業自得だろう?」

 遊女は視線を外に向け、近くにいた店の下男らしき男に担架の用意と医家、番所の者を呼ぶよう指示した。そして下男や店の外にいた野次馬達が駆けて行く中、ユズリは黙って口を引き結んだまま遊女を睨みつけていた。遊女はそれを静かに受け止める。

 この二人の力関係は遊女のほうが上なのか。猟奇的な現場を目撃してしまった他の遊女達が口元を押さえたり失神したりしていく中、遊佐もまた呑気にそんなことを想っていた。

 一人険悪なユズリは遊女を睨みつけたまま、低く呟いた。

「……狩り終わったのなら、その趣味の悪いお遊びも終わりにしたら」

 遊女は目を細めて笑う。

「高尚な趣味だろう?」

「悪趣味以外の何物でもないわよ。どうせまた狩る前に酒でもたかってたんでしょう」

 ユズリの問いに遊女は薄い笑みを浮かべた。それを肯定と受け取ったらしいユズリは、やっぱり悪趣味だと呟いた。

「じゃあユズリもうるさいし、着替えてくるとしようか。ああ、この短刀どうする? 何ならユズリが師匠のところか番所に持っていってもいいけど」

 遊女が差し出した短刀は刀の束で払われる。

「何が愉快であんたが狩った刀を私が持っていくのよ。冗談も大概にしないと本気で斬るわよ」

 怖い怖い、と笑いながら遊女は奥の部屋へと戻って行った。

「ここの片づけは全部あいつにさせよう」

 ユズリは目を据わらせてそう言い、女将にその旨を伝えて早々に店を出てしまった。



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