折継 2
「お言葉は嬉しゅうございますが、そうは参りません。旦那様は青桐姐さんの一番の旦那様じゃございませんか。それではわたくしが姐さん方に叱られてしまいます」
「何、そんなこと関係ない。お前はいずれ青桐よりも上に行くぞ」
「ですが今は所詮は新入り……女の世界は厳しゅうございます」
目を伏せ、哀しげに口にする姿はどこまでも悩ましい。憂い顔もまた良い女だ。
「な、何。お前に無体なまねをするような女がいれば、俺に相談するがいい! そんな女は俺が何とかしてやろう」
「何とか……?」
顔を上げた継橋の顔は憂いを帯び、潤んだ目元はほんのりと赤い。男は心臓が音を立てて鳴るのを感じながら声を張り上げた。
「そうだ! お前に無体なまねをするような者は、女といえどもこの俺が切り捨ててやろう」
「旦那様は、抜刀許可をお持ちなのでございますか?」
男は慌てて懐から短刀を差し出した。
「そうとも! まぁだいぶ古いものではあるが……ああ、ほれ見てみろ。この短刀。この刀は既に俺に逆らった不遜な輩の血をごまんと……」
男の言葉は続かない。
何だ、風が起きたようだったが。男がそう思った瞬間、ごとり、と重たい音が座敷にひとつ。何の音かと男が音のほうへ視線をやると、そこには短刀を握った腕が一本。
それはどこかで見た物体だ。腕からは血が流れている。まるで今しがた切り落とされたばかりのようだと思いながら、男は自身の違和感に気付いた。
恐る恐る、違和感のほうへと視線を遣る。そこには血が噴き出す、肘から下を失くした自分の腕。
「……うあ、あぁぁぁぁぁ!」
「自白ご苦労さん」
明朗な声と共に赤い唇が歪む。
それは先ほどまで憂い顔でいた継橋の顔。だのに、それはまるで別人のように悪鬼めいた笑みを浮かべ、そしていつからかその手には血の滴る抜き身の脇差。
一体何が起きたのか。心臓が早鐘を打ち、涙を流しながら整わぬ呼吸で男は継橋を凝視していた。
「さぁ、狩らせてもらおうか。無認可者の旦那様?」
酷く楽しげで残忍な響きの声の一瞬後、飛天屋に悲鳴と轟音が響き渡った。