ts娘は堕とされたくない
「ねぇ」
学校からの帰り道。
私は少し前を歩く涼木に声をかける。
「ちょっと待って」
今日のコイツは様子がおかしい。私が呼びかけても止まってくれないし…ほとんど会話もない。いつもは自分から話しかけてくるのに。
私が呼んでいるのは絶対に聞こえているはずなのに……この男は!
なんなの? なんで無視するの? もしかして機嫌が悪い?
なんで? 私はなんもしてないでしょ…?
というか、コイツってこんなに歩くスピード早かったっけ?
ああ、そっか。いつも私に合わせて歩いてくれてたのか。
じゃあ今日はなんで私と歩幅を合わせてくれないの?
ムカつく……前世の私だったら余裕でコイツに追いつけたはずなのに…
頭の中では分かっているつもりだったけれど…現実にこうやって差を見せつけられると男女の違いを改めて実感させられる。
こういう事があると私は女子なんだなぁといつも思う。
それを涼木のせいで感じるというのも腹立たしい。
「いい加減に止まりなさいよ」
「なに?」
やっと止まったかと思えば、この男は素知らぬ振りして「なに?」とかほざきやがった。
「私のこと無視してたでしょ」
「してない…」
コイツ…!
「何か文句でもあるの? 言いたい事があるならハッキリ言いなさいよ」
「別にない」
「そう…じゃあいい。私1人で帰るから」
まったく…今日のコイツはなんなんだ……意味が分からない。
「だめ」
宣言通りに涼木を置いて帰ろうとしたら、あろうことかコイツは後ろから私に抱きついてきた。
「ちょっと…! 離れて!」
「無理」
「いいから離れて! だいたい今日のアンタはなんか変よ!」
「だって先輩が他の男と楽しそうに喋ってるから」
「え?」
「昼休みに一緒にいた男だれ?」
「昼休み…? 佐藤くんのこと」
「多分そう」
「別にアンタには関係ないでしょ」
「俺にはあんな風な笑顔なんて見せてくれないのに、なんで他の男にはあんなニコニコしてんの」
「何よそれ」
そもそもあんな風な笑顔って何?
私はそんな顔してた?
それにその言い方……それじゃあまるで涼木が私に嫉妬してるみたいじゃない。
「だから少し妬いた」
「彼に嫉妬してたの?」
私の問いに無言で頷く涼木。
「な、なんで?」
「彼氏だし」
「それは嘘のでしょ…」
だって私たちの関係は本物じゃない……偽物の関係だから。
「嘘じゃない。俺は先輩のことが本当に好きだよ」
「そ、そう…それは…ありがとう?」
え?
涼木が私のことを好き……?
今、なんでもないかのようにサラッと私に告白した?
「本当に…?」
「嘘だと思う?」
真っ直ぐな瞳で私を見つめてくる涼木を見て思う。ああ、これは本気だと。
これがもし演技なら私は他人からの告白を信じられなくなるし、この男は俳優にでもなった方がいいだろう。
「ごめん。思わない」
「俺と本当に付き合って先輩」
ああ、心臓がバクバクとうるさい……なんで私はこんなにドキドキしてるの…?
告白されることなんて今までにもたくさんあったのに…
よりにもよってコイツにこんなに動揺させられるなんて…
「それで、先輩の返事は?」
「わ、私は…別に…アンタのこと…その…れ、恋愛的に好きじゃないし…」
だって私が男を好きになるわけないから。きっといま感じてるこの気持ちも友情的ななにかだ。
だからコイツと本当に付き合うなんてありえない。
「じゃあこの関係もおしまい?」
「え…?」
はずなのに…
なんで私はショックを受けてるの…?
「俺が先輩のことが好きだって知ったのに関係を続けられるの? 俺には下心しかないけど」
「そ、それは…」
本当ならコイツとの関係はこれで終わらせた方がいいのかもしれない。
でも……コイツとの関係を続けたいと思う気持ちも…私の中にはあって。
「あ、アンタがいいなら私は別にかまわないわ」
だからこの関係を続けることで自分の気持ちを確かめたい。
「俺は先輩といる時間が増えるから嬉しいけど」
「じゃあ今まで通りでいきましょう」
「じゃあ覚悟してね先輩」
「何よ?」
「先輩のこと全力で堕としにいくから」
「な…!」
気づけば奴の顔が私の目の前にあり、唇に柔らかい感触。私がフリーズして反応できないのをいいことに、調子に乗った涼木は唇に舌を入れてきた。
「う…!!」
流石に我を取り戻した私は慌てて涼木の肩を押して抵抗した。
「な、何するのよ!」
「先輩って隙だらけだよね」
「は!?」
「俺以外の男にはちゃんと気をつけてね」
好き放題言って…
私は絶対にアンタになんか堕とされないんだから。