5話 ウィザードスライム
「...」
「・・・♪」
俺は、今も俺の膝の上を這いずり、肌と服の間に入り込もうとしている、黄緑色のスライム、ウィザードスライムに対する警戒を解けないままでいた
(こいつ...何がしたいんだ?)
朝も、こいつは俺の服から這い出ていた、寝る前には意識は朦朧とはしていたが、起きてる間に自身の服へ侵入を許すほど俺は間抜けではない
...と、思いたい
まず、俺の服の中に入る訳は何だ?
考えてみて、最初に気づいた可能性は、服が濡れているからだ。
先ほど川に飛び込み、ずぶぬれになった服を干してはいたが、作業を進めていく中で寒さに耐えきれず、体調を崩すのもよくないため、いまだ水けを含んで少し重い服を渋々と今は着ている。
そう、今俺は水を含んだ服を纏っていた
そこで、この河原についた時のこいつの反応を思い返してみよう。
くっついていたおれの身体から離れ、一目散に川に向かって跳ねて行った。
このことから、こいつにとって水分は必要不可欠なもとだと思える
そうゆうことなら、移動中俺の身体に引っ付いていた訳も分かる。
急加速スキルをフル稼働で使い、極度の疲労状態に陥っていた俺は大量の汗をかいていた。
汗、いわば水分。
そう、おそらくその時引っ付いてきた訳は、俺の身体から出た汗を吸収するためだったのだ!!
「つまり!水分を含んだものを囮に使えば!!」
シャツをウナギのように勢いよく脱ぎ、丸める。
「そぉい!!!」
その掛け声とともに、俺は少し離れた地面へ投げつけた。
「・・・?」
”どうやら予想は違ったみたいですね”
「ガッデム!!」
せっかくタンクトップごとシャツを脱ぎ捨てたのに、こいつはちっとも離れようとはしなかった。
むしろ、裸になった上半身に吸い付くように身を寄せていた。
俺の素肌に水滴などが付着している可能性も考えたが、自身の肌をさすっても、さらさらと乾いた音が鳴るだけだった。
「くそっ!どうすれば...!!」
”...なぜそんなに自身から引きはがそうとするんです?”
「なぜって....こいつが魔法を使えば、俺を殺すことだって容易かもしれないだろ?」
”...はぁ、恐れすぎですよさすがに”
「でも、何かあってからだと遅いだろ!?」
今だ俺にとっては未知数な魔法、未知なるものがあり、その正体を明かすであろう瞬間が自身へと牙をむくときというのなら、俺としてはさっさと距離をとりたい
かといって、下手に刺激をして、魔法を使われるのも...
俺の鼻の先に、熱いのがチョン、と当たる
顔を上げれば、スライムが俺へ魚を差し出していた
「...こいつぜってえ悪い奴じゃねえわ、健気すぎる」
俺は天を仰ぎ、手で目を覆い自身の愚行を恥じた
だって、小さな体を必死にプルプルと震えながら伸ばして、貴重な食事を差し出されたんだ、萌えだわ、萌え
”えぇ...、いくらなんでも警戒を解くのが早すぎませんか?”
「良いだろって、ありがとうな...えーっとこいつの名前は、ウィザードスライム...だっけ?」
棒に刺された魚を受け取りながら、焼き魚を骨ごと消化している、この黄緑色のスライムを、どう呼ぶか考える
ウィザードスライムだと、かっこいいけど少し長いし、ウィザード、スライムのどちらかでも何か微妙で呼びずらい、だったら
「この俺が、考えてしんぜよう!!」
食事後、俺はまだまだ悩んでいた
「うーん....難しいな....」
黄緑色で、魔法を使えるスライム。そう、俺が考えるにあたって構想材料が少なかった
「あー、考えるといったはいいが、俺のプライドが高すぎるせいで、ちょっと大変だ」
”なら、プライドを捨ててはどうです?”
「それは、こいつに失礼だろ」
そう言いながら、俺は仰向けになって星空を見つめる
「おー、奇麗だなぁ」
天文学について、俺は全くの無知なので、どれがどの星座なのかわからんが、見ているだけでも心が洗われる
「そういや、星空なんて見るの初めてかもなぁ」
地球では、光源が多くなったことで、夜空を明るくしてしまい、星空が見えなくなっていた
明るいのが悪いと言ってるわけではない、むしろ、子供の頃、夜トイレに行くときは、光がないといっつも涙目になっていたから、明るければむしろ良かった
一応、星空の代わりに、飛行機に乗って、夜の街並みを見下ろした時には、何とも言えない感動があった
その時に、光は人の心に大きな影響を与えるんだなぁ、ってしみじみと感じた。
そう思い出にふけっていると、胸の上に何かが乗っかる
見下ろせば、スライムが俺がなにしているのかが気になったのだろうか、俺の胸の上でじっとしていた
「・・・?」
「なあ、エンサーこいつって目が見えてるのか?」
”いえ、スライムに視力はありません”
「この星空が見れないのは、もったいないなぁ」
”スライムは基本的に温度で周囲を確認します”
「ふーん、サーモグラフィ的な奴か」
スライムの表面では、星空が微かに反射して、スライムの中にも一つの星空があるように感じた。
「おおすげえ!まるで宝石みたいだな!」
そう言いながら俺は、スライムをなでる
「宝石...?そうだ!!」
俺は自身の頭に手を置き、必死に記憶を探る
「何か...エメラルドじゃなくて....エメラルドの進化前みたいな...ベル...べ、ベリル!」
俺は、スライムを抱え、名を呼ぶ
「今日からこいつの名前は!ベリルだ!!」
ベリルは俺の腕の中で、大きく身震いをしていた
「・・・!!」
「おん?喜んでんのかこれ?」
「・・・」
ベリルの動きがふと止まる
風が、優しく俺の頬を撫でた
”おめでとうございます、契約が成立しました”
「えっ?」
「・・・!!」
ベリルはなんかの儀式かのように、俺の周囲をぴょんぴょんと跳ねまわる
「おうおうおう、落ち着け落ち着け!エンサ―?どうゆうこと?」
俺は突如とした契約に困惑を隠せない
”あれ?契約をするために名前を考えてたんじゃないんですか?”
「いや、なんか呼びやすくしたかったから...」
”...ふむ、なるほど。まあ、今回の契約はあなたにとって悪いものではないと思いますよ?”
「...どゆこと?」
”契約によっては、身体の一部や、一定の行動が禁止されるものもありますが、今回の契約では、あなたの損失は0と言ってもいいほどの好条件でした”
「なるほど...それってもしかしてベリルの方は逆に、やばいことになんない!?」
”いいえ、その点に関しては、契約時にあなたは何も望まなかったので、問題はありませんよ?”
「ならよかった...ベリルはなんか望んだの?」
契約するうえで、願望が必要ならば俺は望んでない分、何かをベリルが望んでいる可能性がある
もしもの可能性を考えて、念のために聞いておかないと...
"ベリルが望んだのは、あなたに服従することですよ"
「いや何で!?」
「・・・♪」
俺の困惑を気にも留めず、ベリルは俺の服の中で呑気に温まっていた