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1話 ニューゲーム

「ハァ..ハァ..ハァ..ハァ…!」


木漏れ日に満ちた森の中を男が駆ける。


左腕はひしゃげて手首から先は無くなっており、かろうじて残ってる部分を握って出血を抑えようとしているが、いまだ血は止まらず彼の体力を確実に削っていく。


「なんだよ!遊びでも安全な場所からスタートだろ!!序盤からあんなデカブツがいる場所に俺を置いとくんじゃねえよクソ!!」


涙目になりながら逃げる彼を豚面の大男、いわゆるオークが血に染まった棍棒を持って追っていた。

オークは鼻息を荒くしながらドタドタと走り、男との差を少しずつ埋めていく。


迫り来る足音に焦り男は走る速度を上げようとするが、生憎最大速度でその上全力疾走しているからか、蓄積されていく疲労でだんだんとスピードを落としてきてしまっている。


「なんか…!ハァハァなんか無いのか!?」


男は辺りを見渡すが木、草、木、木、草、岩とあまり有益では無い情報しか手に入らず焦りは加速する。


だが、根気強く逃げ続けたのが功を奏したのか、一筋の希望が目に入る。

「死んでたまるかああああぁぁぁぁ!!!!」

吠えながら左に大きくカーブして、背後に迫っていたオークの右手にある棍棒の横薙ぎを避けつつ、目標まで一直線の位置に移動する。


最後のスタミナを振り絞り、全速力で目の前の切り立った崖に迫る。

「あと少しっ!?」

彼はここまできて盛大に転んでしまう。


だが、その盛大にこけたお陰か、顔面スライディングの形になり、男が目指していた洞穴にホールインワンとなる。


ドスンッ!


男の後ろから速度を殺し切れなかったオークが壁に激突するのが聞こえる。


穴が揺れパラパラと砂が落ちてくる。少しした後オークが自身の図体に合わない穴から顔を覗かせてくるが、諦めてくれたのかドスンドスンと足音を立てて帰っていった…





「助かった…」


先程までオークと熱烈なチェイスを繰り広げていた俺は大の字に寝っ転がる。

出血した左腕はとうに麻痺して感覚がなく、貧血のような症状も出てくる。


「あぁ、畜生…なんとかなんないのかよ」


これ以上の出血は止めないと限界が近いことは体でわかっている。


「……ぃってぇ…..え?」


体勢を変えつつ激痛に悶えていると、目の前に周りの景色と一風変わった半透明の白黒のパネルが視界内にふんわりと浮かんでいる。


____________

名前:... Lv.1

HP:2/8 MP:1/1

状態:出血 種族:人

____〔技能〕___

「変体」、「適応」


____『称号』____

なし


____________



「はぁ?」


食いつくように見ていると思わず声が漏れてしまう。


ゲームの中で見たような画面に、可視化された自身の状態。


まるで夢みたいだと思ってしまうが身体に走る痛みと疲労がこれは現実だと口うるさく伝えてくる。


「ゲームみてえだな...適応…変体…?体を変える….もしかしてこの手を治せんじゃないか?」


そうと決まれば俺は実行に移す。



が、


「くそッ!治んねえ!!」


腕を生やそうと念じ祈るも腕は生えず、むしろ体全体から嫌な感じが湧いてくる。


まるで自分の体が減っていくような…


「…!! そういうことか!再生には自身の体を用いんのかよ!!」


俺は腕を生やすことは諦め、出血を止めるために傷口を塞ぐことだけを意識する。


傷口を周りの肉を寄せて埋めるイメージを投影すると肌が1人でに動き始め、10秒もしないうちに傷口が塞がる。


「ハハハ…助かった….ハハ…」


ドサリ、地面に倒れこむ。


疲労と出血は自分の身体には相当酷だったようで、ドッと眠気が襲ってくる。


抗う気力なんてもうあるはずもなく、疲れた体を癒すために眠気を受け入れ静かに眠りへと落ちていく…






「チュンチュン….チチチチチ」


「んぎぎ…ふう、朝か….」


眠い目を擦り、這いずり狭い入り口から顔を覗かせる。



「眩しっ…夢じゃねえのな…」


光に慣れると少しずつ外が見えてくる。


草、木、森、青空とそれを渡る鳥。


「ギャアギャア!、ギャア!」



「訂正、変な鳥」


一通り辺りを確認してから、穴から捻り出て立ち上がる



「何処だよここ…」


以前変わりなく森に囲まれている。それだけしかわからない



「水…喉乾いたな」


麻痺していた感覚が蘇る、食欲、飲欲、その2つが前面に押し出ている



「…!!やばい!水源見つけないと!!」


ようやっと俺の脳みそはこの状況がとてもまずいことに気づく


衣、食、住、その全てが今欠けている


「水!!水だけでもみつけないと!!辺りを見下ろせそうなとこは…」


振り返り、先ほどまで入ってた洞穴の上を見上げる


ゴツゴツとした岩肌、見上げてみるが首を限界まで上げなくとも頂上らしきのが見える


「少し急だけど…頑張ればいけそうだな!」


牛歩ながらも着実に登っていき、十数分後…



「高いな…」


木々の背を優に抜き、木に木を乗せたぐらいの高さのところから辺りを見下ろす


「森…森…森…川…森…森」


後ろを見れば山岳に続く岩々


森の方を見据える、そして


「おーい!!!!誰かあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


誰か居ないか、と大声で呼ぶ


「…誰かあぁぁぁぁぁぁ!!!返事してえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


帰ってくるのは木の葉が擦れ合う音や、鳥の囀りのみ


俺の胸を孤独と恐怖で埋まっていく


「…なんだよ、此処は」


豚面の大男、奇声を上げる怪鳥、容易に死ねる場所に手持ち無沙汰で放り出されたのだ、仲間ぐらい求めても良いだろう。



「思ったよりも川は近いみたいだし、さっさと降りるか」


斜面を岩肌の凹凸で減速しながら滑り降りる。


「慎重に降りたはずなんだがなぁ…」


足を見れば両膝を擦りむいていた


「少し痛いけど、まあ歩けるか」


森の中を歩く


似たようで少し違うような景色が続く


ただ移動するために歩いているからか、動物を一切見ない


恐れて隠れているのか、こちらの隙を虎視眈々と待っているのか


こちらとしては視界が悪いから、少しの物音でも恐怖で心臓が跳ね上がってしまう


そんなふうにしばらく歩いていると、視界が開けた大きな川に出る


「水だ!!」


色々動いて汗をかいた俺は、飛びつくように川に近づき両手で水を掬う


「そうじゃん、腕無いじゃん」


手椀の片側が無く、水がこぼれ腕を伝うのを見て呟く


なんせ昨日まであった腕だ、隻手歴1日だ


「濡れるけど仕方がないか…」


もう一歩足を踏み出し、屈んで水を飲む



ドボン!


「えっ!?」


顔を挙げ、音のなった場所に目を向ける


「ギィー!ギィッ!!」


見れば、刃の様な角を持ったウサギが飛び石の上でこちらを見据えていた


体を見ればずぶ濡れで、さっきの着水音はこいつだと気付かされる


こちらがあまりの出来事に呆けていると、刃角兎は己の身を低くする


「っ!?やばい!」


咄嗟に転ける様に体を捻る


こちらが動いたのと同時か、刃角兎は自身の刃で俺を刺そうとしたのか、大きく跳ねこちらに突進してくる


反応が間に合い、俺の脇を凶刃が通り過ぎていく


ザボン、水飛沫が舞う


「危ねぇ…ッゲッホゲホ!鼻に水入った!痛え!!」


別方面からダメージを受け苦しむ俺を横目に、刃角兎は岸に着地をして俺に向き直っている


俺の足は水場と不安定な川底によって満足に動けず、尚且つ今避けたせいでもう避けることはできない


「ヤッベェ…!」


「ギギィーッ!!」


鳴き声と共に刃角兎は急加速して跳躍、頭の刃を前にして勢いのまま俺の心臓を目掛けて突っ込んでくる



鮮血が舞った



「仕留めたと思ったかぁ?」


刃角兎の刃は俺の胴に刺さらず、咄嗟に盾にした左腕の方に刺さっていた。


刃は腕を貫通しているが、骨と骨の間に刺してしまったためそう簡単に抜けることはない


「あいにく死にたく無いんでな!!」


俺は自分の左腕を盾がわりに押さえていた右手を離し、刃角兎の首を掴み握りしめる


「ギィッ!ギィーッ!」


刃角兎が暴れる、頭を支点に全身を揺らす


「ギャアーッ!痛たたたた!」


刃角兎の力は予想以上に強く、向こうの動きに合わせてこちらの大きくふらついてしまう


「ダァーッ!畜生!」ザボォン!


左腕を刃角兎ごと川に突っ込む


「くそう!まだ耐えんのかよいてててて!!」


水中に入ってから刃角兎のもがきは増し、角が半ばまで抜けてきている


「今ここで抜けられたらまた振り出しだ…そうだ!スキル!!」


今必要なのは、角を固定できるほどの硬さの腕。


目を閉じ腕が硬くなるイメージを投影すると腕に違和感が生じた


だんだんと腕が収縮して細くなっていき、表面に凹凸が目立ってくる


「ヤッベェ!圧縮してんのかコレ!?身体の一部を転用するの忘れてたからか!!でも、これで抜けねェ!」


刃角兎が必死にもがく、もがくが抜けず最後には鼻から残った空気を出して沈黙した



「…怖ぇよ、マジで」


安堵の息を吐きつつ、左腕にぶら下がった兎を連れ岸に上がる


着ていた服を絞りつつ、腕からウサギの角を本体ごと引き抜く


「ってか…」


俺はその場にへたり込む


「この腕どうするか…」


鈍器と化した左腕を手にする


ごつごつとした見た目に合わず、重さは元の腕のままで不思議に感じる


「元の大きさより縮んでいるから、やっぱり圧縮したって言うことで正しいのか?」


感覚も鈍くなっており、角を抜く時も痛くはあったが声を抑えれるほどだった


「石とかも砕けたりして…」


手頃な石を見つけ、左手で思いっきり殴りつける


ガキッ!「いっ!?!?ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ…」


石の表面に傷はついたが、代償は大きかった


俺の左腕は、ぶつけたところにヒビが入り、無駄に中身まで全部固くしたせいで衝撃が腕全体に伝わり激痛が走り悶絶


声にならない叫びが森に只々静かに響き渡っていた…





「このウサギ、食えるのか?」


先ほど格闘した兎を見て思考する


ナイフのような角を持ち、獰猛な顔をして血のような赤い体毛を持っているが、言ってしまえばそれだけだ


兎の角を石で折り、そのまま角を捌く用の刃物に転じて使用する


角は根元に近くなる程切れ味は鈍くなるが先端は恐ろしいほどよく切れた


だが、道具が良いものだからと言ってうまく行くわけでは無かった


「…ひどいな、これ」


皮は乱雑に剥がされ、骨と臓物を抜こうとかっ裂いたせいか、肉はズタボロの惨劇になっていた元兎を前にして呟く


「火はなんとか用意できたし、焼いて食うか」


肉を洗った枝に刺し、火で炙りかじる


「うん、うまい」


染み渡る暖かさに感謝しつつ、食事を終え最初の洞穴への帰路に着く




歩いていくうちに空は赤らみ少しずつ月が空に顔をのぞかせてくる


「月…この場所では元より三倍ぐらい大きく見えるなぁ…」


日が沈み、日本ではあまり見られなかった徐々に点灯していく星を眺めていると、赤く輝く鱗粉を振り撒く蝶が飛んでくる。


「ハハハッ、綺麗だ」


振り撒かれる鱗粉に手を伸ばす


パァン!!!


「おわぁぁぁぁぁあ!?」


突然鱗粉が爆発し、発生した閃光が俺の目を焼く


のたうち回り視界が回復すると、蝶は遠くの空に去って行ってった


「うわぁ、腫れてる」


伸ばした右手の甲で鱗粉が爆発し、強い衝撃を受けたため内出血で紫色に腫れていた。


「チキショー!!踏んだり蹴ったりじゃねえか!!」


思わず怒りのまま咆哮する



“#条件を達成しました:技術的技能開放可能#”


“#条件を達成しました:称号獲得可能#”


“#条件を達成しました:スキルポイント振り分け可能#”


突如頭の中を文が巡る


脳味噌を振り回されるような感覚になり、視界が点滅し立っていられなくなり、転倒する


思考の処理が追いつかなくなり、強烈な吐き気が襲いかかる


「オエェ...」


胃の中の物が出そうになるが、ギリギリで飲み込む


何せ貴重なタンパク質だ、喉が焼けるが気にしてられない


わからない事だらけだ、今の頭を巡った文も、この場所も、ここに来た経緯も。


頭のモヤが少し取れて、自分の事をなんとなくだが思い出すことができた


年齢は17、ただの高校2年生だった、住んでいた場所も、家族も、友達の顔もわかる


でも、自身の名前のところがぽっかりと穴が空いたかのようにわからない。


もう少し、思い出そうと試行してみるが、頭痛はひどくなるばかりだ


「転倒してばっかだよチキショー…」


フラフラと立ち上がり、千鳥足で今日目覚めた洞窟へ向かう




木々にもたれながら歩き、何とか元の洞窟に辿り着く


足下にある洞穴に這って潜り込む


仰向けの体制になろうと右手を投げ出すと、腫れている所を思いっきり地面に叩きつけてしまう


痛いが、痛がる気力もない


寝転びながらぼーっとしていると、瞼が自然に降りてくる


そのまま撫でるように洞穴の中に吹き込んで来るやや冷たい風を微かに感じながら、体を丸め静かに眠りについたのだった。




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