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手紙の行方

作者: やぎ座

2019年3月4日


沙織のもとに差出人不明の手紙が届いた。


「10日後、〇〇広場の噴水に来てください。お願いします。」


たった一文のみの簡潔な手紙。その文字は丁寧に書かれていたが、送り主の意図がまったくわからない。


気味が悪く、すぐに捨てようと思ったが、なぜか手が止まる。

「念のため取っておこう」

そう思い、引き出しの奥にしまい込んだ。


「これ以上、同じものが届くようなら、いたずらと判断して無視しよう」

そう自分に言い聞かせ、手紙のことを忘れることにした。


3月10日


沙織は引っ越し準備のため、段ボールをまとめるテープを取ろうと引き出しを開けた。

すると、しまい込んだ手紙が目に留まる。


「……これ、なんだっけ?」


しばらく考えて、ようやく手紙が届いた日が自分の誕生日だったことを思い出す。

偶然の一致かもしれないが、妙に気になり、

捨てずにまた引き出しに戻した。


3月13日


沙織は友人と食事の約束をしていた。夕食後、別れた帰り道に例の広場の近くを通りかかる。


ふと、手紙の内容が頭をよぎった。

「明日、仕事帰りに少し寄ってみようかな……」


彼女は小さく息を吐き、歩きながらそう考えた。


3月14日


仕事帰り、沙織は手紙の場所である〇〇広場へ向かった。夜道は人もまばらで、少し不安だったので噴水には近づかず、遠くから様子を伺うことにした。


しばらくすると、一人の男性が噴水の前で立ち止まり、腕時計を確認しているのが見えた。スーツ姿で、疲れているような表情。しかし、誠実そうな雰囲気があり、悪意のある人間には見えない。


沙織は好奇心に駆られ、噴水に少しずつ近づいた。すると、男性と目が合った。


「……もしかして、手紙の方ですか?」


男性が声をかけてきた。その一言に驚きながらも、沙織は思わず笑みを浮かべた。


「あなただったんですか!?」


二人は戸惑いながらも微妙に嬉しそうな表情を浮かべ、会話を始めた。


「いや……10日前、僕の家にもこれが届いたんです」

男性はポケットから、沙織が持っている手紙と同じデザインの封筒を取り出した。ただし、色が異なっていた。


「これ、送り主がまったくわかりませんよね……」

「本当に不思議ですね……怖い人じゃなくてよかったですけど」


二人は少し会話を交わした後、気まずさもあってその場を後にした。


2057年


沙織、65歳。独身のまま人生を謳歌していた彼女は、念願だったエーゲ海のクルーズ旅行に出かけていた。


甲板で青い海を眺めながらワインを楽しんでいると、後ろから声がした。


「これだけでも十分ですが、このあと行くサントリーニ島はもっと感動しますよ」


振り返ると、同年代の男性が微笑んでいた。


「以前もいらしたんですか?」

「ええ、2回目です。一人旅が好きでして」

「私も一人ですよ(笑)」


二人は意気投合し、そのまま会話を続けた。


「若い頃って、旅行なんてお金も時間もなくて、あんまり行けなかったですよね」

「本当に。社会人になったばかりの頃なんて、仕事ばっかりで。でも、あの頃はあの頃で楽しかったかな」

「そうですね。なんか、世の中がどんどん便利になって、出会いもいろんな形が増えて……正直、疲れましたけど(笑)」

「わかります!私もそうでした。恋愛するのが面倒って思う時期がありましたね」


男性がふと懐かしそうに言った。


「そういえば、若い頃、不思議な手紙をもらったことがあって……あれが妙に心に残っているんです」

「どんな手紙ですか?」

「送り主もわからないのに、ある場所に来てくれって内容でした。それがきっかけで手書きの手紙にハマっちゃったんですよ」


その言葉を聞いた瞬間、沙織は時が止まったように感じた。


「……え?」


その後、二人はエーゲ海の旅でさらに話を深め、お互いの人生を語り合った。若い頃の記憶や、手紙の謎、そしてそれがもたらした奇妙な運命について。


二人は偶然に再会したようで、どこか必然だったようにも思える。旅の終わりには、これからの時間も少しずつ共有しようと約束を交わした。



エーゲ海の旅を終え、沙織は自宅へと戻った。日常の慌ただしさに戻る中で、ふと手紙のことを思い出し、引き出しの奥からそれを取り出した。


「この手紙が、私をここまで導いたのね……」


手紙をそっと広げる。内容は変わらず「10日後、〇〇広場の噴水に来てください。お願いします。」という短い文面。しかし、封筒をよく見ると、端に小さくロゴのような印刷がされていることに気づいた。


「……これって……どこかで見たような……?」


沙織はすぐにクルーズ旅行中に受け取ったパンフレットや荷物タグを取り出し、それを見比べた。そこには間違いなく同じロゴが描かれていた。


「クルーズ会社の……ロゴ?」


沙織はしばらくその場に立ち尽くした。なぜ2019年の手紙に、2057年に参加したクルーズ会社のロゴが印刷されているのか。それは時間を越えたつながりを示しているようだった。


手紙の真実に思いを馳せる沙織


沙織はその夜、手紙を握りしめながら考えた。


「この手紙がなかったら、噴水での出会いも、海での再会もなかった。偶然だったのか、それとも誰かが仕組んだのか……」


ロゴが示唆する未来とのつながり。それは男性との再会を必然とするような、不思議な力を感じさせた。


再び旅立つ決意


数日後、沙織は荷物を整理している途中、男性との旅を思い出し、ふと笑みを浮かべた。


「またあの海に行こう。そして、今度は彼にもう一度この手紙を見せてみよう」


そう心に決めた沙織は、次の旅の計画を立て始める。


「この手紙の行方は、まだ終わっていないのかもしれないわね…(笑)」


手紙をそっとバッグにしまいながら、彼女は新たな冒険へと胸を躍らせた。


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