第七章
傍若無人な松風にも、彼が社会に叛逆的な憎悪を持するに至る経緯がある。現在二十二になる松風は、生家からほど近い高等特別支援学校を卒業したのち、二年前までとある障害者労働所で勤務していた。
そこでの月手取り十万の集団労働は過酷を極めた。何しろ反社集団の後ろ盾のある監督官の厳重な監視の元、彼の体質を無視した肉体労働を強制され、この作業はときに倉庫作業であり、ときに軽運搬であり、ときに特殊清掃であり、種々の所謂派遣業的形態を取ったが、なにより松風を苛ましたのは、このグループワークの際にありとあらゆる責任が松風になすり付けられざるを得なかったことである。
現場での作業員の失敗があると、名目上の責任者である松風に即座に強烈な打擲が浴びせられた。そんな松風と同班の労働者は、作業の最中に意味を成さない独り言を叫んだり、あまつさえ突然脱糞したり放尿したりして、けたけた笑っているのである。
不必要に責任感だけ強かった過去の松風は、このような境遇に陥る羽目になった自分を憎んだ。自分がもっと賢く勉学に秀でていたら、自分がこんな進路を選ばなかったら。松風は、両親を憎んだ。二人がこんな自分を望まなかったら、二人が偶然同じ日に交通事故に遭って偶然同じ病室で出会わなかったら。
少なくとも松風はこれまで人生のあらゆる逆風を耐え忍び、相応の努力を怠らなかったはずである。だが松風はこの努力という言葉の存在すら憎んだ。
『ネットに社会の体たらくを書き込んでにやけるあいつ! 五体満足で何事もない人生を憂鬱するあの学生! 下らないテレビや漫画や小説を鵜呑みにして、自分を天才だと思い込んで憚らない凡愚の夢想家の群れ!』
執念や情熱や希望や絶望といった、平凡な思考の及ぶ程度の力が通用する低俗な領界で、自画自賛や自己犠牲や問題提起を声高に喧伝するしか取り柄のない、あの有象無象の劣等人種どもの浅ましさったら! 大体どれだけ忍耐を尽くし、努力したからといって、そんな根性論は俺の産まれついての肉体の障害には一つも関与しない!
この肉体的欠落を持つ産まれつきの諧謔的皮肉屋は、しいし碧の精神的欠落と符合して著しい感傷を買うのである。
もしくは、あの疎ましい行為の準備、すなわち街中を歩く際のあの架空の視線の恐怖が、松風と同伴しているときにだけ、実際の視線の安心に変換される空虚な満足感は、ほかに比べようもない愉快さを碧に与えた。
雑沓はいつも必ず、碧ではなく松風の不具を明け透けに監視していた。あの反乱に成功した奴隷が今こそ領主を踏みにじるような暗鬱な輝きに満ちた目。自分はああならなくて幸運だったと間違いなく憐れむような目。
そのときこの世界の視線の殆ど全部は、他でもない悪意の王の睥睨にその淀みない無礼で応え、重要なのは碧に向けられる視線は一つも存在し得なかったのである。この共棲関係はどれだけ碧の幸福だったろう!
施設からの帰りの夜路を歩いている今でさえ、丈の長い外套から垣間見える足を引きずるようにして歩く、この軟体動物の触手のように不気味な、松風の数え切れない御託に聞き入るのが、碧の最近の習慣である。こんなに瑞々しい楽しさはいつ以来だろう。男同士の馬鹿話という、一番お下劣で低俗な、最高の人生の楽しみ方!
松風がその足を引っ張って利用してやろうとした碧のほうが、実に清らかな微笑みで、松風の愚痴に驚くほど真摯に付き合うので、松風はこんな碧の不思議な性格を理解しかね、愚鈍な演説を披露する際にはいつも仰々しく、喉に痰が絡んだように固い咳払いを、照れ隠しのために要した。
「俺は少なくとも、精神的には勝者であらねばならない。この意味がお前に理解できるか? きっと不可能だろう。何故ならお前は肉体の腐敗というものをまだ知らないからだ。生まれつき肉体が既に半ば腐敗した俺の身体には、ことごとく肉体的栄光が残されていなかった。自分の身体から際限なく腐臭がする気分がお前などに分かるかね。しかし便利なことに、きっとこれはお前にも分かることだろうが、人間の肉体と精神は必ずしも一体を成さない。誰かが眠っているとき誰かが目覚めているように、肉体と精神の構造とは寧ろ二つの独立自治領による連邦制国家なのだ。これらは互いの利益のために共同こそすれ決して折り合わない。いわば実体と実体の創り出した観念のための都合の良い対立構造だよ。ただ観念というのは、のちの時代にまで残り続ける永続性を勝ちえるが、実体は必ず衰え、いつか消え去る。そもそもこんな運命論的な実体などというものに勝者など有り得るかね。実際、古今東西のためしを見ても、実体によって観念を保とうとする実験は、これまで必ず失敗してきた。だから俺は、観念の前提としての実体の敗北など、さしたる絶望などとは思わないのだ。本当の絶望とは、観念そのものの死、つまり忘却だ。だが俺はこれにかけて、必ず勝者となることが出来るだろう。何故なら俺は既に肉体という実体を半ば手放すことに成功し、のみならず観念的実験についても着実な成功段階を踏んでいるからだ。弱者とは文句しか言わず行動しない存在だというなら、俺はもう弱者ではない! もうすぐお前に、面白いものを見せてやる。俺の精神的勝利の実例をな」
こういう他人の理解を要しない、意味不明な持論を展開するときの松風は、彼の痼疾の喘息と見間違うほどに、ひどく病的に息まいてみえるので、碧はこんな松風がおかしく思えた。醜男の多弁は醜いだけでなく陰惨ものである。
ただ他人の理解を求めないだけ、こういう弱者の弁疏は出来の悪いシニカル・コメディやB級映画を見ているようで、楽しいものだ。これとは比べようもない本当に最悪な芸当というのは、目先の経済性だけを目的として、まともに中身もないくせに、しかも他人の足を引っ張り、強制的に理解を求めようとする作品である。現代ではそれに従事する作品たちを、ひとまとめに「活動家」と呼んだりして、冷ややかにあしらっている。
松風は碧をS駅南口のかわたれどきの路地裏に、ひっそりといかめしい揮毫の看板を構える街中華に案内した。
松風の実家は、ここから歩いてすぐのところの築三十年あまりの一軒家であるが、松風が産まれ育った街並みの写真を思い出してみると、その片隅には、騒がしい電車の音、近くの支援学校の生徒たちの奇行、そして必ずこの中華料理店の面構えが付帯するのである。
先代の店主が重度の肺炎をこじらせて五十六歳で亡くなったのが四年前である。この元虎ノ門ホテルレストランの広東料理人は、体の不自由な松風が、ときたま小遣いを持たされて一人でラーメンセットを食べに来るのをみて、毎度サービスで餃子なり杏仁豆腐なりを提供してやり、時には旅行の土産の御菓子など余りものをおすそ分けしてやった。
松風とこの中華料理店の関係はそれ以来である。当代として先代譲りの質実さそのままに、厨房で腕をふるう三十三歳の店主も、当然松風とは顔馴染みである。
四十平米にも満たない空間には、計二十六の座席が肩身狭く敷き詰められており、うち十八席はホールのテーブル席で、残りの八席は店奥に一段高く設けられ、薄い引き戸以外にホールと仕切りのない座敷席になっている。
所謂街中華の開放的な厨房のカウンターは、料理の仕出し、片付けのための配膳口になっており、その頭上の壁には手書きの御品書きが、鳥居に張られたまま色褪せた御札のように、色変わりして何枚も張りつけられている。
店の内装はところどころ壁紙の剥離がみとめられ、白タイルの床のくすみやしみまで経年劣化が目立つが、決して食堂には漏れてこない蒸気が満ちて舞い上がる厨房、厨房の白色電灯を反射する中華鍋や中華包丁の輝き、輝きの中に認められる確かな人間の息遣いが、生活の継承を留めようとする意志のたゆまぬ営みを持ち込む清潔さと清貧さは居心地が良い。
碧と松風が入店したさい、まだやっと日の落ちた夕方五時半過ぎにも関わらず、既に学生と思える賑やかな一団が、テーブルを囲んで六席を占めていた。
松風はこれらを厭味ったらしい侮蔑に富んだ目つきで一瞥し、それからカウンターの向こう側の店主に軽く挨拶すると、碧においと図々しく指図して、店奥の座敷席を指定した。先客のない限り、この奥座敷の座卓の一つは、松風の予約不要な優待席なのである。
狭い店内なので、いくら個室とホールが戸に隔たれていようと、憚らない会話は平気で筒抜けになった。先方の学生客連中が、しらふのまま先日の京都旅行について熱く語っている内容が、碧たちの耳に届いた。
その会話はちょっと聞けばいかにも尻の青い学生連中のする、あの危機迫った感じだけが鬱陶しい、中身のない高尚に薫陶を受けた知性を醸している。
清水の舞台から飛び降りるなんて、僕には不可能だ。自分にはない不退転の覚悟が必要だ。だとか、龍安寺の枯山水は生まれて初めて見ましたけど、あれはもう言葉にならない寂莫とした光景でした。きっとああいうのが人間美の表現の一種なんでしょうね。などというものである。
冷えた飲茶を注がれたコップを出されてから数分、注文を思案しているあいだ、松風は嘲笑を交えつつ、こういう学生のたいへんお行儀のよい会話について、率直な感想を碧に披瀝した。
「なんだねありゃあ。大学ってのは『ひまつぶし』という五文字をいかに難解に表現するかという方法を学ぶ場所なのかね? 何が不退転だ寂莫だ。そんなもんは人間の怠惰の象徴だ。清水寺だろうが龍安寺だろうが、あんなものただ木と石と土と、それから貴族の金と農民の血で出来た、無機物と欲望の集合悪じゃないか。俺たちにただ一つだけ本当に大事なのは、農民の血の部分なんだ。そこがなんにも分かってないようじゃ、あらゆる知性も表現も無知蒙昧に尽きる。ああいう体たらくな学歴主義の作り上げた鈍金の阿保どもや、それにすら及ばない生きる価値もない世界中の糞を集めた糞の山のような奴どもが、偉大な先人たちの知の遺産を誤解し解釈し、捻じ曲げ捏造し、自分は何も生産しないくせに破壊ばかりしてきたんだ。それでもこれから世界はきっとなんだかんだ立ち行き続けるだろう。しかしそうやって存続し続ける世界はまるで精神性の完全に欠乏した、無酸素な、二酸化炭素的な、つまり破滅的なままに存続していくに違いない。現代人はもう誰一人、自ら進んで惨たらしいもの、人間の生活が流す血というものを見ようとしないのだから」
この松風の、言葉面に比して店側の迷惑を忖度したあまりの小声加減は噴飯ものだったが、碧は込み上げてくる笑いと、無益な反駁を堪えながら、
「有機物の精神的感動だって? 僕には難しくてよく分からないな。労働だの血を流すだの、物騒だね。共産主義者宣言かい?」とはぐらかして訊くと、
「あんな理想主義者どもといっしょにするな。おれは極めて実際家で、現実主義的観点でしかものを言わない。外界と己の思想を混濁させる奴は病人だ。精神的敗北者だ」などと自信家じみて言うので、碧はなおさらおかしく思えて、たまらず口に含んだ飲茶を噴き出すのを我慢した。が、碧は今こうしてなりふり構わず外食していること自体、具体的に自分が現在の生活を直視しようとしていない気がして、楽しさ半分後ろめたくなった。
恰も店内に電話が鳴り響いた。店長が調理を一時中断して電話を取った。愛想のよい大声で話している内容からして、団体客の予約のようである。この鶏鳴のような着電は、あのガス火にかけられる巨大な中華鍋のゆらめき、寸胴鍋と落し蓋の隙間から吹き出す蒸気、まな板に置かれた中華包丁の刃の鋭利な輝きを、無機を有機に昇華させるあの芸術的変換として切り取った静寂な絵画のようにみせ、やはり場末の営みを克明な劇場にするように思われた。
さなか碧たちのもとへ、紺色の頭巾と前掛けのこれほど似合うものもない、質素な女の店員が注文を取りに来た。松風が流れるように酢豚、清炒菜心、炒飯、雲吞スープを注文した。
女は陽気な笑顔で注文を受けながら、碧に目配せして「秀ちゃん、お友達?」と松風に尋ねた。松風がすぐ「連れだよ」と答えると、「まあ嬉しい! 今までうちにお友達なんて連れてきたことあったかしら」と美和子は大袈裟に喜び、碧も静かに喜んだ。
中華料理屋夫人の美和子は、垂れ目のおっとりした、ぼっとした口元の、しかし決して綺麗と言えない重厚さのない顔つきの、あまり気の利かなそうな女である。
「いいからはやく注文を旦那に伝えてくれ」
「まあ。秀ちゃんたら素気ないのね」
こういわれたとき、何を思ったか、松風は美和子の頬を勢いざまに平手で搏った。碧はぎょっとしてこれをたしなめようと前のめりになったが、ふと目にした美和子のこの時の表情に呆然とした。美和子の顔は性感的な、甘美で蠱惑的な微笑みを湛え、俄かに赤くなった右頬には懐かしそうに掌が添えられていたのである。
あしらうように松風はちゃんとした方の脚で美和子を軽く足蹴にした。美和子はぷいと振り返って厨房へ帰った。
「今のは」
「なんだ気に障ったか?」
碧が恐る恐る訊けば、店の注文受けを手伝っている美和子と自分は不倫関係にあるのだと松風は教えた。このときの臆面もない松風の顔に、不敵な欲望の仮面が被さっているような気がしたのを見逃さず、碧は訝しんだ。
「ほうら、やっぱりそういう顔をすると思ったよ。ははは。俺の調教がまさかこんなにも功を奏するとは。俺の実験はやはり成功だ。俺は勝利したんだ。この世界の美徳というものに!」と松風はメニューを机端に片付けると、今にも卒倒せんばかりに爆笑した。
その大笑い声は店内の一同を一瞬凍えさせるような驚愕の感じがあった。そして改めて松風は声を潜め事のあらましを語り出した。
「あの女は根っからの変態なのさ。あいつの恋愛遍歴、いや変態遍歴とでもいうものを見ると一目瞭然だ。一人目の男は自閉っぽい鉄道趣味の冴えない男でね。あいつはその男の知的欠如と感情的欠落を愛して、自分の処女を安売りしたんだ。二人目の男はお前と同じ、精神症の青白い男だった。あいつはその男と心中しようとして自分だけ死ねなかったことをいまだに誇りにしている。それから三人目は……三人目の男は何を隠そう、この俺だよ。あの女、二十八にもなって、自分の癖を抑えられないのさ。あんな真面目な顔をして、いざ夜になると俺のこのみすぼらしい足のそこら中に口づけするんだぜ。女ってのは分からんもんだな。女ってのは男の長所を愛するのでなくて、男の欠点を愛するものなのだ。俺は俺の肉体的失陥によって、女の隠れた本性を詳らかにすることに成功した。俺は間違いなく人間の尊厳を穢し一変させることに成功したのだ。そうとも知らず、ああなんとも可哀そうな店主は、俺の計画通りあの女と結婚しやがった! こんな愉快なことがあるか! この人造的失敗作の俺が、他人の人生を操ることに成功しているこの上ない快楽、悦楽。夜な夜なあの女の巨大な尻が店主とまぐわっている様子の抱腹ときたら!」
碧はすっかり青ざめていた。このたった二十分にも満たない間のめまぐるしい感情の浮き沈みが、海原の漂流者が望みない助けを待ちわびながら溺死するように、待ち遠しい料理を遥か彼方の幻想へ追いやってしまった。
「人間というのは、決して高潔なものではない。不潔極まりない自分を隠すのが上手いだけのただの野獣だ。俺はその一側面を露わにすることが出来る才能を持って生まれたのだよ。俺は天才だ。神が作りたもうた最高の失陥そのものだ。では佐藤、何故お前は自分の才能を活かさない? 何故人間の上に立つことを理想としない? 何故ありのままに生きようとしない? 俺たちは選ばれたんだよ。本当の勝者になる資格を。ああ、自由主義万歳!」
やがて美和子が料理を盆に載せて運んできた。俯いたあでやかな横顔は、碧の美和子に対する印象を今さらやや倒錯的に感じさせる。
松風が卓の下に腕を沈め、台所用ズボンの上から美和子の尻を愛撫すると、良人を裏切る背徳感と松風に対する歪んだ己の愛情と、それから店の二階に寝かしつけた幼い息子の見ている夢から現れた夢魔のような自分といった、思いつく限りあらゆる不道徳な感情の流血と充血の絶え間ない連続のために、美和子の顔は紅く熟れて浮腫んだ。
松風は乞食のように料理を貪った。それを見ているだけで碧は腹が張る心地がして、場末の街中華には勿体ない見事な料理もてんで喉を通らなかったので、結局碧の分も松風が全て食べた。痩せているのに食い意地が人一倍強い松風は、持病の喘息が心配になるほど料理を食べ急ぎながら、半分ほど済ませたところで一度箸をおいた。
「さて本題に移るとしよう。佐藤、お前女は?」
「一応」「一応? なんだ、そういう言い方なら、きっとお前のような奴にも一つや二つ悩み事が有ると見える。なら俺がこれからするのはそんなお前におあつらえむきな商談だ」
「商談だって?」
「そう、商談さ。佐藤お前、自分の美貌を売る気はないかね」
美貌と言われて、碧は首を傾げた。
「つまりこういうことだ。この世には、病人しか愛せない女が沢山いる。俺がそいつらをお前に紹介するから、お前はそいつらから上手く金を巻き上げるんだ。どうせ金に困ってるんだろう。だからきっといい話さ。二人で復讐しようじゃないか。この社会の秩序や道徳というものに」
松風はそう言っても、ファーネスで閃いたあの野蛮な計略をようやく碧に打ち明けたに過ぎない。ただ碧の美貌はこうして、巨大な深海魚が苦しみながら海上へゆっくり泳ぎ上がってきて初めて自らの可能性に驚くように、松風という不快な痛みを伴いながら暗い深みから己を自覚し始めたのである。
深海魚の粘土質な黒い背は白い月光を浴びて、小さな漣が煌めきながらいくつも折り重なり静かに押し寄せてくる。
昼の世界に船出することがなかなか叶わないのなら、夜の世界へ船出することもまた『生活を直視する』ためには必要なことかもしれないと、碧には思われる。
この住宅街の迷路の真ん中の、中華料理屋の窓からは、二階であろうが一階であろうが、絶対に海は見えない。しかし車で三十分もかければ、そこにはもう寝静まった房総の夜の海が広がっている。