9、疑惑のペンダント
「前王様が、発作を……!」
「なんだって? 来い」
サーはロンの肩を抱くと、瞬間移動で塔の前までやってきた。
「うわ……」
「驚いている暇はない。行くぞ」
二人は塔へと入っていった。
前王の寝室では、すでに後から知らせを受けて来ていた大魔女が、前王に処置をしていた。
「キキ。父上は?」
サーが、大魔女・キキに尋ねる。
「発作です。だが、いつもは治る法力でも、まだ苦しんでいる」
「前王様……」
ロンが駆け寄った。
「娘。退いていろ」
「ロン」
キキの命令に、サーがロンの肩を抱いた。
「どうして……私、何も言っていないのに!」
「何があった? なぜこんなことに……」
困惑しているロンに、サーが尋ねる。
「ペンダントを……」
「ペンダント?」
「私のペンダントを見てから、急に苦しみ出して……」
「……見せてみろ」
ロンはサーにペンダントを見せた。
「これは……?」
その時、前王が目を覚ました。
「父上!」
すかさず、サーが前王に駆け寄る。
「サーか……ロンは?」
「ここにいます」
前王に呼ばれ、ロンが心配そうな顔をして近付く。
「うむ……サー、私は記憶が戻ってしまった……」
「えっ、暗示と封印が解けたというのですか?」
「そうだ。忘れてはいけないことを思い出した……」
そう言った前王の目からは、涙が溢れ出ている。
「前王様……」
「父上。お辛いようなら、もう一度、私が記憶を封じます」
「いや……私の記憶は奥深くある。もはや人がかけられる暗示はない。それに……もう良いのだ」
「父上……」
「ロン」
前王がそう呼んだので、ロンは頷く。
「はい」
「次に起きたら、おまえと話がしたい」
「はい。前王様……すみません、こんなことに……」
「おまえのせいではない。しかし少し休みたい。皆、出て行ってくれ」
その言葉に、一同が背を向ける。前王はすぐに眠りについていた。しかし、ロンだけは動こうとしない。
「ロン、行くぞ」
ギイルが言う。
「嫌……私、ここにいるわ」
「なに言ってるんだ。前王様のご命令だぞ」
「お願い、ここにいるだけです。だって、私のせいでこんなことに……お願いだからそばにいさせてください。前王様が目を覚ますまで……お願いです、王様。お願いです!」
涙を流して懇願するロンに、サーは少し戸惑った。
「……わかった。好きにしろ」
「陛下……」
メイド達が、心配そうに言う。
「私もついている。おまえたちは去りなさい」
サーが言った。
「よ、良いのですか? そのような、まだわけのわからない者を……」
「良い。私も父が心配だからついていたい。その旨、アクネに伝えてくれ」
「かしこまりました。では失礼致します……」
部屋には、前王のほか、ロンとサーだけが残った。
ロンはサーに目もくれず、前王のそばで祈りを続ける。
「……おまえも少し休んだほうがいい。どうせ父は、朝まで目を覚ますまい」
「いいえ、大丈夫です。もう少しだけ……」
前王を見つめながら、ロンはそう答えた。
「……不思議だな。なぜそこまで父のことを思いやれる?」
やがて、サーがそう尋ねた。ロンはサーへ振り向く。
「だって、私のせいで前王様が……」
「おまえのせいではないと聞いた。それから……もう一度、そのペンダントを見せてくれないか?」
「はい……」
ロンは首からペンダントを取ると、サーに差し出した。
「……これはどうしたものだ?」
「父の形見です。小さい頃からお守り代わりにつけていました」
「そうか……高価な物に見えるが、普通のペンダントのようだ。しかしこの形、どこかで……」
「あっ」
その時、ロンがサーの手を掴んだ。
「何だ、無礼な……」
サーはその時、自分の指にはめられた指輪を見つめた。
その指輪とロンがしていたペンダントは、同じデザインだったのである。
「どういう事だ? 同じ形だ」
怪訝な顔で、サーが言う。ロンもその答えに辿り着くことは出来ない。
「わかりません。どうしてこんな……」
「……この指輪は、代々王家に伝わるものだ。父はこの繋がりが何かを知っているのかも……」
「繋がりって?」
「わからない……」
「……そんなことはどうでもいい……今は前王様がご無事でおられるなら」
ロンはもう一度、前王の前で祈りを捧げた。
「……一晩中そうしているつもりか? 体を壊しても知らないぞ」
「大丈夫です。私は頑丈ですから」
「そうか……」
サーはロンにペンダントを返すと、それ以上は何も言わず、出窓に座って外を見つめていた。
朝方になって、ロンは長椅子の上で目を覚ました。体にはきちんと毛布がかけてあり、枕代わりのクッションもある。
ロンが慌てて辺りを見回すと、サーと目が合った。サーは昨夜と変わらず、出窓に座っている。
「お、王様……」
「目が覚めたか?」
「すみません。私……」
「眠ったようだから、長椅子に移動させただけだ」
「すみません……」
申し訳なさそうに、ロンは俯く。
「良い。まだ父も、目を覚ましていない」
「……王様は一睡も?」
「ああ。でも大丈夫だ」
「……あの、お茶でも入れます」
「ああ」
サーは小さなあくびをすると、伸びをして立ち上がり、椅子に座った。
ロンはすぐにお茶を入れて、サーに差し出す。
「あ、食毒検査……」
「いいよ。私も見ていたし。出会ってから間もないが、少なくとも信用は置いている」
「ありがとうございます……」
「……なあ、ロン」
「はい」
「おまえ、父が怖くはなかったのか……?」
突然、サーがそう尋ねた。ロンは微笑む。
「……初めはとても。でも話しているうちに、とても優しい方だと感じました。きっと私の父が生きていたら、こんな感じがいいなと思って……図々しいですけど、父のように想っています」
「そうか。おまえが父に気に入られたのは、そこだったのかもしれないな……私は厳しく育てられた。兄弟もいないし、母もいない。父は寂しかったのかもしれないな……」
「王様?」
「……少し話し過ぎたな。すまない」
その時、前王が目を覚ました。