5、小さなお茶会
一同は塔へ入ると、リビングでお茶を飲みながらくつろいだ。
前王は噂ほど怖くはないと、ロンは感じ取っていた。それよりも、国王と国王の父と三人で、自分がお茶を飲んでいることが信じられない。
「父上ももうお若くないのですから、わきまえてください。いくら飛行術を持つ者が珍しくても」
念を押すように、前王に向かってサーが言う。
「わかっている。もう無茶は言わない。それより、ロン。城はどうだね?」
前王がロンに尋ねた。
「まだよくわからないけど、素敵です。私もお部屋をいただけたし、使用人棟も広くて素敵です。お庭も広いし、ご飯たくさん食べれるし」
ロンが答える。
「そうか。よかったな」
「それに、前王様や王様が怖い人でなくてよかった……」
「怖い人?」
「だって、きっと怖い人だと思っていたんです。でも、全然怖くなかったわ」
「ロン。口の利き方をわきまえなさい」
たまらず、ギイルが口を挟んだ。
「あ、ごめんなさい。つい……」
「良い。おまえのような者は新鮮だ。ここでは良いこととする。私の話し相手だ。敬語では話しにくかろうしな。それで? 王家の者が怖いと思ったのに、仕えようとしたのかね?」
前王が言った。ロンは注意されたことで恐縮しながらも、まっすぐに前王を見つめる。
「それはその……やっぱり城で働けるとなると、お給料もいっぱいもらえるって聞いて……」
「ロン!」
ギイルが言った。
「アッハッハッハ。そうか、おまえは正直者だな。ギイル、そう怒らないでやれ。私はこの子が気に入ったぞ」
「父上……」
サーは久々に笑う父親の姿を見て、驚きと戸惑いを覚えていた。
今までの前王は、毎日を静かに過ごし、余程楽しいことがあっても笑うところなど見たこともない。
そんな前王が笑っているというのは、信じ難いことである。
「サー。私はこういう子を待っていたのかもしれん。私の顔色を伺う家臣どもには、いい加減うんざりしていたところだ」
「父上が良ければいいですが……」
「良い。ロンよ、私はおまえが気に入ったぞ」
「あ、ありがとうございます」
しばらく話して、ロンはサーとともに塔を出ていった。
「……すみません」
何も言わずに歩いていくサーの後ろで、沈黙に耐えられずにロンが口を開いた。
「何がだ?」
無表情で、サーが尋ねる。
「あの……私、本当に口の利き方とか考えなくて、その……」
「良い。父上が良いと言ったのだ。だが、他では気をつけなさい」
「は、はい」
「しかし、ロン……礼を言うよ」
「え?」
振り返ってそう言ったサーの言葉に、ロンはサーを見上げた。
「父上はあの通り、塔に閉じこもって、家臣や……私でさえも、あまり信じなくなったような気がする。しかし、久しぶりに父の笑顔を見た。父にはずっと、おまえのような子が必要だったのかもしれない。建て前もなく、本音で話してくれる子が……」
「王様……」
「ご苦労だった。これからも父を頼むぞ」
「は、はい」
サーは立ち止まり、真後ろを振り返った。そこにはギイルがいる。
「ギイル。この子を使用人棟まで送り届けてくれ。父の意向だ。あまり咎めないでくれ」
「かしこまりました。陛下」
「では、私は行く」
サーはそのまま、去っていった。
「あの……」
ロンが、ギイルを見上げて言った。
「陛下や前王様はああ言ったが、君には少し教育が必要だと思う」
ギイルがそう言ったので、ロンは緊張して頷く。
「は、はい」
「この本を貸してあげるよ」
「本?」
「お城で働く極意が書かれている。口の利き方から作法まである」
ぶっきらぼうに、ギイルが本を差し出した。
ロンはそれを手にするが、気まずそうにギイルを見上げる。
「ありがとうございます。でも私、読み書きを知らなくて……」
小さくなって、ロンがそう言った。
学校もなく、家業の牧場で自然のままに生きていたロンにとって、字というものを理解したことはない。
「ああ、そうか。牧場の出だったね……」
「すみません……でもあの、教えてほしいんです。お願いします!」
決意に満ちた様子で、ロンが言った。
その熱意に、ギイルもやっと笑顔を見せる。
「よし、じゃあ教えよう。前王様が君にお会いになられる時間は、君の昼休憩の後だ。だから休憩中、一日五分でもいいから、僕のところへ来なさい。城で働く最低限のことを教えてあげるよ」
「ありがとうございます、ギイル様」
その言葉に、ギイルは苦笑する。
「僕のことはギイルでいいよ。僕は君の上司ではなく、君と同じ使用人だ。ただ、少し見かねただけだよ。僕は休憩中、前王様の塔へ向かう途中の、城内使用人棟側の庭にいるから」
「わかりました。必ず行くわ」
「ああ、待っているよ。さて、この廊下をまっすぐ進むと、君のいる棟に着く。ちなみに僕がいる棟はそっちだ」
「同じ使用人なのに、たくさん棟があるの?」
「そうだよ。城内の使用人と、雑用の使用人は違うからね。じゃあ、迷うんじゃないよ」
そう言って去っていくギイルを見つめながら、ロンは微笑んだ。
「よかった。ギイルも優しいんだ。怖い人ばかりじゃないんだ……よし、頑張るぞ!」
ロンは使用人棟に戻ると、また別の仕事をこなした。