33、失われた記憶
式典が終わると、城で王族や貴族たちのためのパーティーが行われた。
そこに、急に呼ばれたロンとベラダ、ビーンの姿がある。
「団長。本当に私たち、居てもいいの? なんだかすごく場違い……」
恐縮しながら、ベラダが言う。
それもそのはず、昼間のように一般人は誰もいない。煌びやかに着飾った、上流階級の人間だけだ。
「王様直々に呼ばれたんだ。団長と目玉の少女二人を連れて来いとな……しかも、城に部屋まで用意してくれちゃって……」
「嫌だなあ。怒られるのかしら」
「さあね。覚悟しておこう……」
「ごめんなさい。私が失敗しちゃったから……」
一番恐縮して、ロンが言う。
ベラダは苦笑した。
「終わったことをクヨクヨしていても、仕方がないわ」
「でも……」
その時、サーとフローラが入場した。
「あの方が王様……なんだか、見たことがある気がする……」
サーを見て、ボソッとロンが言った。
それを聞いて、フローラは明るく笑う。
「雑誌かなにかじゃない? 有名な方だもの。私もよくお見かけするわよ」
「なんだ。そっか」
しばらくすると、三人はサーに呼ばれた。その側にはフローラの他にフェマスもいる。
「先程は式典を台無しにしてしまって、大変なご無礼を……」
跪き、団長が丁寧に言う。
ロンとフローラもその後ろに座り、深々と頭を下げた。
「いや。それより、君に聞きたい……」
サーが、ロンを見て言った。
その瞬間、フローラがサーを止める。
「陛下。この者はきっと……」
「私はどうしても確かめたいのだ」
止めるフローラを遮って、サーはロンを見つめる。
「君の名前は?」
「……マリンです」
恐縮しながらも、ロンが答えた。
「マリン、か……君はどうしてサーカス団へ?」
逸る気持ちを抑えながら、サーは質問を続ける。
確証はないが、ロンであって欲しいと願うばかりだ。
「あの。話すと長くなりますが……」
「じゃあ単刀直入に聞こうか。君の名はマリンと聞くが、それは本当かね?」
「それは、どういう……?」
首を傾げてロンが言いかけた時、団長がロンの肩を抱いて、サーを見つめた。
「恐れながら、王様……この子をご存知なのですか?」
「……どういうことだ?」
「私は花の子サーカス団の団長をしております、ビーンといいます。マリンは一年程前に、我々の国、山奥にあるサーカス団宿舎の近くに、瀕死の状態で倒れているのを発見しました。目覚めた時に記憶はなく、マリンという名を与えて育ててきたのです」
「おお! サー、この子は間違いなくロンだ!」
顔を輝かせ、フェマスが言った。
だが、すかさず遮るように、フローラが立ち上がる。
「そんなことはわかりませんわ! そんな境遇の子なら、探せばたくさんいるでしょう。まして他の国まで入れるならば尚更……第一、それが本当なのかはわからないじゃないですか。事情を知っている者が、妃の座を狙って……」
「やめないか!」
フローラの言葉に、珍しく強い口調でサーが止めた。
「嘘などではございません! 本当に、この子は……」
団長がそう言いかけた時、ベラダが顔を上げた。
「王様……マリンは来た当時、妊娠しておりました。それも役に立つ情報ですか?」
「やはりそうだ。ロンに間違いない! そしてその子は……子供はどうした?」
サーも興奮したように、立ち上がって言葉を求める。
だがその話題に、サーカス団の三人は俯く。
「流れてしまいました。間もなく……」
「……流れた……」
それを聞いて、サーは一気に落胆した。
一呼吸置いて、ベラダは口を開く。
「……もう、サーカス団に入るための特訓をしておりました。医者が言うには、その前からもう手遅れだったと言っておりましたが……王様。マリンをご存知なのですか?」
ベラダが話を続ける中、ロンはこれから起こることに不安を感じ、何も言えずにいた。
「我々は、ロンという少女を探していた。私の……妻にしようとしていた相手だった」
サーが言った。
「王様の……?」
その言葉に、ロンたちは驚いた。
サーは言葉を続ける。
「しかし、事故で……彼女は何処かへテレポートしたようだった。国を超えるほどの大きな力だということはわかったが、果たしてどこまで行っているのかわからない。その上、凄まじいエネルギーと見られ、生きているかさえ疑問だったのだ。調べる手段もなく、今日に至るまで各地で探させてはいたのだが、信用出来る情報はほとんどなかった」
そう言って、サーがロンの肩に手をかける。
「しかし、おまえは帰ってきた。期限切れの一日前に……ロン。君はロンに間違いない」
その時、サーのその手をフローラが払った。
「何をするんだ!」
「私にも、まだチャンスはあります。その子は記憶を失くしているのです。たとえこの子が本物のロンだとしても、記憶がなければ別人です!」
人を変えたように、フローラがそう言った。
だが、サーは冷静にフローラを見つめる。
そしてサーの代わりに、フェマスが口を開いた。
「フローラ。君だって、ロンを知っているだろう? この子に間違いない」
「じゃあ、私はどうなるのです? 結婚を目前にして、私は……!」
「あと一年でロンが見つからなければ君と結婚すると、サーは約束した。だが、こうして一年を前に、ロンは戻ってきたんだぞ。君の気持はわからなくはない。でも、ロンはこうして……」
「見た目はロンでも、中身は別人だと申し上げているではありませんか!」
「やめやめ!」
サーの言葉に、一気にパーティー会場が静まり返った。
「……皆さん、お集まりのところすみません。だが、私の妃が戻ってきた。結婚は延期とする」
絶対権のサーが言った。
だが、フローラも食いつくように首を振る。
「いいえ! 延期だなんてあんまりです。この子に記憶がない以上、妃になる権利などありません!」
修羅場と化した大広間に、黙っていたロンが立ち上がった。
「やめて……やめてください! 妃とか、王様とか、私にはわかりません。境遇がたまたま一緒でも、別人だと思います。第一、私が王様と結婚だなんて信じられません。きっと別人です!」
ロンはそう言うと、フロアを駆け出していった。
「ロン!」
サーとフェマスは目で合図すると、フェマスがロンを追っていった。
「ロン、待って!」
フェマスが、ロンの手を掴んで止めた。
「私はロンじゃありません!」
「いや、君はロンだよ」
そう言ったフェマスの優しい瞳が、ロンの目を釘付けにする。
「どうして……」
「だって、君は飛べるんだろう?」
「そんな人間、他にもいます」
「だが、この国近辺ではそうはいないよ。第一、その顔、その声……どれを取っても、ロンターニャ・フリージーだよ」
「……それが私の名前?」
「そうだよ」
自分の名を聞いて、ロンは一瞬、何かを感じた。だが、記憶が思い出されるほどではない。
「何も思い出せません。第一、王様と私が結婚だなんて、そんな話が……」
「ところがあるんだな。本当の話だもの」
「……あなたは?」
不安げな表情のまま、ロンがフェマスを見て尋ねる。
「ああ、紹介が遅れたね……僕はサー国王の従兄弟で、隣国の王子・フェマスだ。僕も君に惚れた男の一人さ。その僕が、君をロンだと言ってるんだ。間違いないよ」
「でも……仮にそうだとしても、お妃様が……」
「期限はまだ切れていない。フローラは可哀想だけど、サーは君と出会っても放っておけるほど、君のことを吹っ切れてはいないよ」
「……私は記憶がないんです。今日出会ったばかりの人と、結婚だなんて……」
そんなロンの言葉に、フェマスは優しく微笑む。
「本当に好きだったならば、思い出すはずさ。何度でも、恋が出来るはずだよ……なんて、キザなこと言ったね。フロアに戻ろう。もうお開きだろうけどね。早く思い出さなきゃ、君も後悔するよ」
フェマスに言われてフロアに戻ると、そこはもはや解散して静かで、サーとフローラ、ビーンとベラダがいるだけだ。
「行動が早いね。もうみんな帰ったのかい?」
フェマスが尋ねる。
それを受けて、サーが頷く。
「ああ。時間は今夜限りだからね……」
「そうだね。しかしこんな時、大魔女のキキが健在なら、ロンかどうか一目でわからせてくれるだろうに……」
キキはこの一年で魔力を失い、普通の人間として暮らすため、城を出ている。
その時、近衛兵が走ってきた。
「なんだ、騒々しい」
「申し訳ございません! しかし、ご報告が」
「続けろ」
「城内を見回り中、魔法の部屋にて変化が現れました」
それを聞いて、サーは怪訝な顔をする。
「変化? キキがいないのに、変化など……」
「泉です。ここ一年、枯れ果てていた泉が、一気に溢れ出しました! 今朝の見回りでも、枯れたままでしたのに……」
「そうか、その手があったか! これで証明されたも同然だな、サー!」
フェマスが察して、サーを見つめる。
サーも笑顔で頷いた。
「ああ。魔法の泉は、どういうわけか、ロンが去れば枯れ、城にいると蘇るのだ。キキ曰く、それはロンの能力が、キキより勝っているからだと言っていたが……そうか、蘇ったか」
「しかし、肝心のこの子の記憶はどうするのです。この子にとっては、我々は初対面なのですよ?」
焦った様子で、フローラが言う。
溜息をつきながら、サーは俯いた。手立てが思いつかず、杖を抱いて祈るしかない。
その時、フロアの扉がノックされ、一人の中年男性が入ってきた。それは、かつて黒の国を支配していた、ロンの伯父・テオーである。
「テオー殿! これはお久しぶりでございます」
話を打ち切り、サーが立ち上がる。
「いやいや、ここしばらく床に伏せていたのだが、どうしても祝いの言葉をかけたくてね……」
「わざわざありがとうございます……」
「遅れて申し訳ない。もうパーティーは終わりでしたかな。うん? ロン。そこにいるのはロンではないのか?」
事情を知っているテオーが、ロンの存在に驚いた。
「我々も驚いているのです」
そう言って、サーはテオーに成り行きを説明する。
すると、テオーはロンに近付いた。
「ロンに間違いない……」
ぼそっと、テオーが言った。
それを聞いて、サーはテオーを見つめる。
「あなたの魔力でも、そう感じますか?」
「なに。私の魔力はとうに衰えた……しかし、ロンは私の姪だからね。間違いない……生きていてくれたか」
「あ、あの……」
未だに記憶を取り戻せないロンが、不安そうに俯く。
「何も怖がることはない」
テオーは、ロンの手を取った。
「自分に正直になりなさい。自分の幸せを逃してはいけない」
そう続けたテオーは、優しく微笑み、ロンから手を離す。
ロンの手には、テオーから何かが渡っていた。それは、かつてロンが身につけていた、父親の形見である、王家に伝わるペンダントであった。
「これは……」
そう言って、ロンが両手でペンダントに触れると、突然そこから光が発せられた。
「うわ!」
辺りは真っ白になり、一同は一瞬、気を失うように倒れ込んだ。
そして次の瞬間、何事もなかったかのように静かになると、一同は辺りを見回す。
しかし、そこにロンの姿はない。代わりに、ロンのペンダントが、ボロボロになって床に落ちている。