表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/34

33、失われた記憶

 式典が終わると、城で王族や貴族たちのためのパーティーが行われた。

 そこに、急に呼ばれたロンとベラダ、ビーンの姿がある。

「団長。本当に私たち、居てもいいの? なんだかすごく場違い……」

 恐縮しながら、ベラダが言う。

 それもそのはず、昼間のように一般人は誰もいない。煌びやかに着飾った、上流階級の人間だけだ。

「王様直々に呼ばれたんだ。団長と目玉の少女二人を連れて来いとな……しかも、城に部屋まで用意してくれちゃって……」

「嫌だなあ。怒られるのかしら」

「さあね。覚悟しておこう……」

「ごめんなさい。私が失敗しちゃったから……」

 一番恐縮して、ロンが言う。

 ベラダは苦笑した。

「終わったことをクヨクヨしていても、仕方がないわ」

「でも……」

 その時、サーとフローラが入場した。

「あの方が王様……なんだか、見たことがある気がする……」

 サーを見て、ボソッとロンが言った。

 それを聞いて、フローラは明るく笑う。

「雑誌かなにかじゃない? 有名な方だもの。私もよくお見かけするわよ」

「なんだ。そっか」

 しばらくすると、三人はサーに呼ばれた。その側にはフローラの他にフェマスもいる。

「先程は式典を台無しにしてしまって、大変なご無礼を……」

 跪き、団長が丁寧に言う。

 ロンとフローラもその後ろに座り、深々と頭を下げた。

「いや。それより、君に聞きたい……」

 サーが、ロンを見て言った。

 その瞬間、フローラがサーを止める。

「陛下。この者はきっと……」

「私はどうしても確かめたいのだ」

 止めるフローラを遮って、サーはロンを見つめる。

「君の名前は?」

「……マリンです」

 恐縮しながらも、ロンが答えた。

「マリン、か……君はどうしてサーカス団へ?」

 逸る気持ちを抑えながら、サーは質問を続ける。

 確証はないが、ロンであって欲しいと願うばかりだ。

「あの。話すと長くなりますが……」

「じゃあ単刀直入に聞こうか。君の名はマリンと聞くが、それは本当かね?」

「それは、どういう……?」

 首を傾げてロンが言いかけた時、団長がロンの肩を抱いて、サーを見つめた。

「恐れながら、王様……この子をご存知なのですか?」

「……どういうことだ?」

「私は花の子サーカス団の団長をしております、ビーンといいます。マリンは一年程前に、我々の国、山奥にあるサーカス団宿舎の近くに、瀕死の状態で倒れているのを発見しました。目覚めた時に記憶はなく、マリンという名を与えて育ててきたのです」

「おお! サー、この子は間違いなくロンだ!」

 顔を輝かせ、フェマスが言った。

 だが、すかさず遮るように、フローラが立ち上がる。

「そんなことはわかりませんわ! そんな境遇の子なら、探せばたくさんいるでしょう。まして他の国まで入れるならば尚更……第一、それが本当なのかはわからないじゃないですか。事情を知っている者が、妃の座を狙って……」

「やめないか!」

 フローラの言葉に、珍しく強い口調でサーが止めた。

「嘘などではございません! 本当に、この子は……」

 団長がそう言いかけた時、ベラダが顔を上げた。

「王様……マリンは来た当時、妊娠しておりました。それも役に立つ情報ですか?」

「やはりそうだ。ロンに間違いない! そしてその子は……子供はどうした?」

 サーも興奮したように、立ち上がって言葉を求める。

 だがその話題に、サーカス団の三人は俯く。

「流れてしまいました。間もなく……」

「……流れた……」

 それを聞いて、サーは一気に落胆した。

 一呼吸置いて、ベラダは口を開く。

「……もう、サーカス団に入るための特訓をしておりました。医者が言うには、その前からもう手遅れだったと言っておりましたが……王様。マリンをご存知なのですか?」

 ベラダが話を続ける中、ロンはこれから起こることに不安を感じ、何も言えずにいた。

「我々は、ロンという少女を探していた。私の……妻にしようとしていた相手だった」

 サーが言った。

「王様の……?」

 その言葉に、ロンたちは驚いた。

 サーは言葉を続ける。

「しかし、事故で……彼女は何処かへテレポートしたようだった。国を超えるほどの大きな力だということはわかったが、果たしてどこまで行っているのかわからない。その上、凄まじいエネルギーと見られ、生きているかさえ疑問だったのだ。調べる手段もなく、今日に至るまで各地で探させてはいたのだが、信用出来る情報はほとんどなかった」

 そう言って、サーがロンの肩に手をかける。

「しかし、おまえは帰ってきた。期限切れの一日前に……ロン。君はロンに間違いない」

 その時、サーのその手をフローラが払った。

「何をするんだ!」

「私にも、まだチャンスはあります。その子は記憶を失くしているのです。たとえこの子が本物のロンだとしても、記憶がなければ別人です!」

 人を変えたように、フローラがそう言った。

 だが、サーは冷静にフローラを見つめる。

 そしてサーの代わりに、フェマスが口を開いた。

「フローラ。君だって、ロンを知っているだろう? この子に間違いない」

「じゃあ、私はどうなるのです? 結婚を目前にして、私は……!」

「あと一年でロンが見つからなければ君と結婚すると、サーは約束した。だが、こうして一年を前に、ロンは戻ってきたんだぞ。君の気持はわからなくはない。でも、ロンはこうして……」

「見た目はロンでも、中身は別人だと申し上げているではありませんか!」

「やめやめ!」

 サーの言葉に、一気にパーティー会場が静まり返った。

「……皆さん、お集まりのところすみません。だが、私の妃が戻ってきた。結婚は延期とする」

 絶対権のサーが言った。

 だが、フローラも食いつくように首を振る。

「いいえ! 延期だなんてあんまりです。この子に記憶がない以上、妃になる権利などありません!」

 修羅場と化した大広間に、黙っていたロンが立ち上がった。

「やめて……やめてください! 妃とか、王様とか、私にはわかりません。境遇がたまたま一緒でも、別人だと思います。第一、私が王様と結婚だなんて信じられません。きっと別人です!」

 ロンはそう言うと、フロアを駆け出していった。

「ロン!」

 サーとフェマスは目で合図すると、フェマスがロンを追っていった。


「ロン、待って!」

 フェマスが、ロンの手を掴んで止めた。

「私はロンじゃありません!」

「いや、君はロンだよ」

 そう言ったフェマスの優しい瞳が、ロンの目を釘付けにする。

「どうして……」

「だって、君は飛べるんだろう?」

「そんな人間、他にもいます」

「だが、この国近辺ではそうはいないよ。第一、その顔、その声……どれを取っても、ロンターニャ・フリージーだよ」

「……それが私の名前?」

「そうだよ」

 自分の名を聞いて、ロンは一瞬、何かを感じた。だが、記憶が思い出されるほどではない。

「何も思い出せません。第一、王様と私が結婚だなんて、そんな話が……」

「ところがあるんだな。本当の話だもの」

「……あなたは?」

 不安げな表情のまま、ロンがフェマスを見て尋ねる。

「ああ、紹介が遅れたね……僕はサー国王の従兄弟で、隣国の王子・フェマスだ。僕も君に惚れた男の一人さ。その僕が、君をロンだと言ってるんだ。間違いないよ」

「でも……仮にそうだとしても、お妃様が……」

「期限はまだ切れていない。フローラは可哀想だけど、サーは君と出会っても放っておけるほど、君のことを吹っ切れてはいないよ」

「……私は記憶がないんです。今日出会ったばかりの人と、結婚だなんて……」

 そんなロンの言葉に、フェマスは優しく微笑む。

「本当に好きだったならば、思い出すはずさ。何度でも、恋が出来るはずだよ……なんて、キザなこと言ったね。フロアに戻ろう。もうお開きだろうけどね。早く思い出さなきゃ、君も後悔するよ」

 フェマスに言われてフロアに戻ると、そこはもはや解散して静かで、サーとフローラ、ビーンとベラダがいるだけだ。

「行動が早いね。もうみんな帰ったのかい?」

 フェマスが尋ねる。

 それを受けて、サーが頷く。

「ああ。時間は今夜限りだからね……」

「そうだね。しかしこんな時、大魔女のキキが健在なら、ロンかどうか一目でわからせてくれるだろうに……」

 キキはこの一年で魔力を失い、普通の人間として暮らすため、城を出ている。

 その時、近衛兵が走ってきた。

「なんだ、騒々しい」

「申し訳ございません! しかし、ご報告が」

「続けろ」

「城内を見回り中、魔法の部屋にて変化が現れました」

 それを聞いて、サーは怪訝な顔をする。

「変化? キキがいないのに、変化など……」

「泉です。ここ一年、枯れ果てていた泉が、一気に溢れ出しました! 今朝の見回りでも、枯れたままでしたのに……」

「そうか、その手があったか! これで証明されたも同然だな、サー!」

 フェマスが察して、サーを見つめる。

 サーも笑顔で頷いた。

「ああ。魔法の泉は、どういうわけか、ロンが去れば枯れ、城にいると蘇るのだ。キキ曰く、それはロンの能力が、キキより勝っているからだと言っていたが……そうか、蘇ったか」

「しかし、肝心のこの子の記憶はどうするのです。この子にとっては、我々は初対面なのですよ?」

 焦った様子で、フローラが言う。

 溜息をつきながら、サーは俯いた。手立てが思いつかず、杖を抱いて祈るしかない。

 その時、フロアの扉がノックされ、一人の中年男性が入ってきた。それは、かつて黒の国を支配していた、ロンの伯父・テオーである。

「テオー殿! これはお久しぶりでございます」

 話を打ち切り、サーが立ち上がる。

「いやいや、ここしばらく床に伏せていたのだが、どうしても祝いの言葉をかけたくてね……」

「わざわざありがとうございます……」

「遅れて申し訳ない。もうパーティーは終わりでしたかな。うん? ロン。そこにいるのはロンではないのか?」

 事情を知っているテオーが、ロンの存在に驚いた。

「我々も驚いているのです」

 そう言って、サーはテオーに成り行きを説明する。

 すると、テオーはロンに近付いた。

「ロンに間違いない……」

 ぼそっと、テオーが言った。

 それを聞いて、サーはテオーを見つめる。

「あなたの魔力でも、そう感じますか?」

「なに。私の魔力はとうに衰えた……しかし、ロンは私の姪だからね。間違いない……生きていてくれたか」

「あ、あの……」

 未だに記憶を取り戻せないロンが、不安そうに俯く。

「何も怖がることはない」

 テオーは、ロンの手を取った。

「自分に正直になりなさい。自分の幸せを逃してはいけない」

 そう続けたテオーは、優しく微笑み、ロンから手を離す。

 ロンの手には、テオーから何かが渡っていた。それは、かつてロンが身につけていた、父親の形見である、王家に伝わるペンダントであった。

「これは……」

 そう言って、ロンが両手でペンダントに触れると、突然そこから光が発せられた。

「うわ!」

 辺りは真っ白になり、一同は一瞬、気を失うように倒れ込んだ。

 そして次の瞬間、何事もなかったかのように静かになると、一同は辺りを見回す。

 しかし、そこにロンの姿はない。代わりに、ロンのペンダントが、ボロボロになって床に落ちている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ