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32、サーカス団

 数週間後。すっかり治ったロンは、ベラダとともに、空中ブランコをやる決心をしていた。

「マリン。もう空中ブランコに挑戦か?」

 団長のビーンが声をかける。

「ええ、ビーンさん。なんだか治ったと思ったら、体がうずうずしちゃって」

 すっかり笑顔を取り戻したロンが、明るく答えた。

 そんなロンに、ベラダも笑う。

「マリンったら運動神経がとても良いのよ。この間まで、ストレッチでヒーヒー言ってたのに」

「ハハハハ。マリンは実践派なんだな。きっとおてんばだったに違いない。でも、いつもだるそうじゃないか。病み上がりなんだし、ほどほどにしなさい。それに、空中ブランコは大変危険だからね。いくら下にネットがあるからと言っても、気をつけてやらなければならないよ」

「はい」

「じゃあ、基本を教えるからやってごらん」

 ビーンが言うと、ベラダがブランコを手に取った。

「じゃあマリン。私が先にやるから見てて。基本中の基本よ。まず、こうして広めに手を握るの。それで、体を真っ直ぐ大きく振って、ブランコを揺らすのよ。くれぐれも体のラインは綺麗にね」

「わかったわ」

 ロンは見よう見まねでブランコを手にした。不思議と高さに恐怖はない。

「よし、マリン。ブランコを大きく揺らして。でも、体を取られるなよ」

 ビーンの言葉に、ロンはしきりにブランコを大きく揺する努力をした。

 その時、ロンは大きく体を取られて、思わずブランコから手を離した。

 ロンはそのまま、真っ逆さまに落ちてゆく。下にネットがあるものの、かなりの高さである。

「マリン!」

 ビーンとベラダがそう叫んだ瞬間、ロンはネットの数センチ上で、何もなく浮いていた。

「マ、マリン!」

 すぐに二人が駆け寄った。

 とっさに目を瞑ったロン自身にも、何が起こったのかわからない。

「だ、大丈夫か。マリン!」

 ビーンの言葉にも、ロンは驚きのあまり、言葉を発することが出来なかった。

 その時、ビーンがネットに上がってきて、ロンを抱きしめる。

「ハッハッハ。すごい。すごいぞ、マリン! 君は確かに宙に浮かんでた。いつでも出来るのかい? だとしたら、サーカスの目玉になるぞ。ハッハッハ」

 豪快に笑って、ビーンが言った。

 そんなビーンに倣って、ベラダも手を叩いて笑っている。

「すごいわ、マリン。どういう魔法? 体が宙に浮くなんて!」

「魔法……?」

 首を傾げるロンを、ビーンはネットの上から降ろしてやった。

 そんなロンの手を、ベラダが勢いよく取る。

「とにかくすごいわ! 特訓しましょう。空を飛べる人は少ないけれど、世界には何人もいるって聞いたわ。きっとあなたは飛べるのよ。サーカスの目玉になるわ。すごい!」

 ロンは訳がわからなかったが、喜ぶ二人につられて微笑んだ。

 その時、夕刻の鐘が鳴る。

「ああ、今日はもう遅い。明日から特訓だ!」

 ビーンの言葉に、一同は宿舎へと帰っていく。

 すると突然、ロンが顔を顰めてしゃがみ込んだ。

「マリン? マリン、どうしたの!」

 心配するベラダの前で、ロンはそのまま意識を失った。


 その夜。ロンが目を覚ますと、ベラダが半泣きでロンを見つめていた。

「ベラダ? 私……」

 状況が把握出来ない様子で、ロンはそう言った。

「マリン、ごめんなさい!」

 突然、ベラダが謝った。ロンは首を傾げる。

「え? どうして……」

「あなたのお腹の中には、赤ちゃんがいたのよ……」

「えっ……?」

 ロンは驚いた。記憶を失い、相手が誰かもわからない子供を身ごもっていたという事実に、ただ衝撃を覚える。

 しかし、ベラダが話を続けた。

「ごめんね、気付いてあげられなくて……いつもだるそうにしていたのに……」

「私が? どうして。誰の……」

「あなたの記憶が戻らない以上、それはわからないけど、お医者様が間違いないって……」

「じゃあ、赤ちゃんは……」

 ベラダが泣きながら首を振った。

「ごめんなさい! 私が無理させたから……!」

 ロンは喪失感を覚えながらも、何も考えられなかった。ただ、自分の身の上を必死に問うが、まったく思い出せない苛立ちを感じる。

「……私はどんな暮らしをしていたのかしら。誰の子供だったの。望まれなかったの? だから記憶を失くしてしまったの? 思い出せない。どうして……」

「マリン……」

 戸惑うロンに、ベラダが心配そうに見つめる。

 そんなベラダに、ロンは悲しく微笑んだ。

「ベラダは何も悪くないわ。私は自分の体なのに、何もわからなかった……」

「マリン。でも……」

「気にしないで。記憶を失ったまま、誰の子かわからない子供を産むのは嫌だもの……そう、ショックもあるけれど、今の私には何もわからない……でも、これで気兼ねなく特訓出来るわね……」

 ベラダを悲しませないように、ロンは無理してそう言った。

 本当は残念で仕方がなかったが、変えようもない事実に諦めざるを得ない。

「マリン、いいのよ。今は何も考えなくていいの……」

「ありがとう。でも今の私に出来ることは、サーカスの特訓だけだわ。気も紛れるし、サーカス団に恩返しするためにも、頑張らなくちゃ……」

「マリン……」

 傷付きながらも前向きなロンに、ベラダも悲しく微笑む。

「そ、そうよね。これから二人で頑張りましょう。マリンはうちのサーカスの目玉になるんだもの」

「うん……」

 ロンはそのまま、眠りについた。

 世継ぎとなるべきサーの子供は、サーの知るところでなく、無念に流れていったのであった……。


 それから数ヵ月後。何の情報も入らないロンに、家臣たちが業を煮やしてサーに詰め寄った。

「王様! お妃様もご側室もおられぬままでは、国は滅びてしまいます。どうか新しいお妃様を選んでください。今居る女たちがお気に召さないのであれば、すぐにでも国中を探して参ります。それはロン様探しよりも、容易い仕事にございます!」

 そんな家臣たちの言葉に、サーも遂に決断を迫られ、発表に至ることとなった。

「……しばらくは、フローラを側室として迎える。だが、ロン探しは続ける。そしてロンが見つかり次第、私はロンと結婚する」

 サーはそう宣言をした。

 しかし、家臣たちの焦りは相当なものだった。

「陛下! ロン様探しなど、後回しにしてください。生きているかもわからないのですぞ」

「何を言うか! ロンは王家の人間だ。そう易々と死にはしない……」

 サーはそう言うものの、ロンの安否はわからないままで、不安の毎日を送っているのも事実である。

「失礼を……しかし、すぐにでも結婚してもらわねば困ります。国民は、国の母を失ったのです。いつまでかかるかわからないロン様探しを、みすみす許すことは出来ません」

「……わかった。では、今後一年間でロンが見つからない場合は、側室のフローラを妻とする……」

 サーの決断は、国中を揺り動かした。

 その日から、フローラは実権を握り、妃さながらの仕事振りを見せる。

 しかしサーは、いなくなったロンに心を奪われた日々を送っていたのだった。


 それから一年後。ロンの情報を何も得られなかったサーは、フローラとの結婚を明日に控えていた。二人の間にまだ子供はいないが、国民たちは少なからず新しい世に期待をしている。


 その日、サーの結婚前夜祭が、盛大に行われようとしていた。

 各国から祝いの品が届き、様々な国の祝いの余興が始まる。祭りは城の外で行われ、一般の国民も参加出来るようになっていた。

 特別に設けられた席には、サーたちの他に、他国からの王族や貴族もやって来ている。そこには、隣国である夢国の王子・フェマスの姿もあった。

 事情を知ったフェマスは、ロンの身を案じながらも、サーの前に跪いた。

「……この度は、ご結婚おめでとうございます」

 改まった様子で、フェマスがそう言った。

「やめてくれよ、フェマス。我々は、そんな堅苦しい仲ではないはずだ」

 サーが言った。

 しかし晴れの舞台で、サーは悲しく微笑んでいるだけである。

「……幸せそうで良かった」

「ああ……」

 二人は互いに気の晴れぬ結婚に、作り笑顔をして社交辞令を言い合う。

 そんな時、盛大な音楽とともに式典が始まった。そこに、大きく設けられた広場のステージで、一人の少女がお辞儀をする。

「この度は、魔法国の王様のご結婚をお祝いして、私ども花の子サーカス団の演技を、心ゆくまでお楽しみください」

 少女はそう言うと、ステージに設けられたハシゴを上っていく。そして、最初から高度な技の、空中ブランコが始まった。

「本日は王様のご結婚を祝い、花の国からナンバーワンのサーカス団をお呼びしました!」

 魔法国のアナウンサーがそう言って盛り上げる。

 そんな余興に人々は驚き、楽しんでいた。


 終盤に差し掛かると、もう一度、最初に出てきた少女が出てきた。ベラダである。

 その時、もう一人の少女がハシゴに上り出した。

 特別席からハッキリと少女の顔は見えなかったものの、サーとフェマスがハッとした。そして、二人はお互いを見つめる。

 すると、フェマスは何も言わずに特別室を出ていった。


 ハシゴの上にはロンがいた。各地を周り、サーカスの目玉となったロンの演技が、今ここでも披露される時が来たのだ。

 ハシゴの中腹には、ベラダが体を反らして待ち構えている。ドラムロールが流れる中、ロンは意識を集中させ、ハシゴの上から飛び降りた。

 すべての観客が息を飲んだその瞬間、ロンはベラダが差し出す手の上にそっと乗る形を見せた。観客には、ハシゴの中腹でロンがベラダの手の上に乗っているような錯覚がある。

 どうなっているのかと観客のどよめきがあって間もなく、ベラダが手を軽く揺らすと、ロンは軽々と飛び上がった。自由に飛びまわれる、ロンならではの芸であったが、これだけでもかなりの時間、練習をした結果である。

 観客からは、割れんばかりの拍手が沸き起こった。

「ありがとうございます」

 独り言でそう言ったロンの目に、初めてサーの姿が映った。

 その瞬間、ロンは何か衝撃を受けて気を失うように、まっ逆さまに落ちていった。

 その時、サーが叫んだ。

「ロン!」

 その声に、ロンは空中で目を開けた。

 そして次の瞬間、サーが杖を振りかざし、ロンの加速を止める。そこを、ロンの正体を探ろうとしていたフェマスが、ロンを抱き止めたのであった。

「はあ……間一髪だな」

 フェマスの言葉に、ロンはすぐに立ち上がり、お辞儀をした。

「ごめんなさい! すみません!」

 その声を聞いて、フェマスはロンの頬に触れる。

「ロン……ロンだろう?」

「え……?」

 まだ、ロンの記憶は戻ってはいなかった。

「マリン!」

 そこへ、ベラダが駆け寄った。

 ロンはフェマスの手から離れ、ベラダを見つめる。

「マリン! 大丈夫?」

「ええ。ごめんなさい……」

「すみません! おめでたい席なのに……」

 ベラダも、フェマスに向かって申し訳なさそうに言った。

「いいんだ。それより……君はマリンと言うの?」

「え? ええ……」

「……そう」

 頷くロンに、フェマスは残念そうにしながらも、探るようにロンを見つめる。

 静まり返った周辺に、サーが拍手を始めると、一同は一斉に拍手を始めた。

「素晴らしい演技だった……続けよ」

 サーの言葉に、ロンとベラダはサーカス団員のもとへ戻り、サーカス団は裏へと回る。

 式典はそのまま続けられた。

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