28、新しい生活
その夜。ロンは国王の間に呼ばれた。
そこにはサーのほか、アクネもいる。ロンはアクネがいたため、少し緊張気味に頭を下げた。
「気兼ねするな。ここはおまえの家だ」
サーが言う。
「でも、私はあんな騒動を起こしてしまって……」
ロンが申し訳なさそうにそう言った。
すると、アクネがロンの前へとやってきて、頭を下げる。
「すみませんでした。すべては私の責任です」
そう言ったアクネに、ロンは首を振る。
「お妃様! いいえ……いいえ! どうか顔を上げてください」
「いいえ、言わせてください。私は嫉妬に狂い、自分の魂を悪に売りました……助けてくれたのは、王とあなたです。正直、王が他の女性のところへ行くのは耐えられません。しかし、私は子供を生むことが出来ないので、そうも言っていられなくなりました。王があなたを選ぶなら、私はそれに従わねばなりません。あなたは王のために、国のために尽くしてくださった。側室として受け入れてくださるなら、どうぞ私の代わりに、王の子を産んでください」
「アクネ様……」
少し離れて見ていたサーは、ゆっくりと立ち上がった。
「そういうことだ。無理に仲良くしろとは言わないが、互いに別に立場の女性として、私と一緒に歩んでいってくれればと思うのだが……」
サーも、そう言うのは辛かった。しかし、王として言わねばならない。
「私はもはや咎めませんわ。どうぞ国のために、子を産んでください」
アクネはぶっきら棒にそう言うと、部屋を出て行った。
残されたサーとロンは、互いに優しく微笑む。
「……アクネはああ言ってくれている。心の底から許してはくれないと思うが、国民も世継ぎを待ち望んでいる。国を救ったおまえに、アクネももはや何も言えないのだろう」
ロンの手を取って、サーが言った。
「でも本当に、私なんかでいいんでしょうか……」
「なんだ? 急に弱気だな」
「だって……」
サーは静かに微笑む。
「私は正直辛いんだ。ロンとアクネ、どちらも選べるものではない。アクネと別れることも出来ないし、おまえを正室に迎えることも出来ない……おまえをそのような立場でしか迎え入れられないことは、申し訳なく思う」
「いいんです……わかっています」
「ロン。それでも、私とともに歩んでくれるか?」
「……はい。サー様が、私を選んでくださるなら……」
「うん……」
二人は優しくキスをした。
そして二人は、用意された寝室へと向かうのだった。
数週間後。ロンは日課のように、庭で本を読んでいる。
すると、フェマスがやってきた。
「フェマス」
「やあ。本を読んでるの?」
「ええ。読み始めたら、続きが気になって仕方なくて。今日も夜中まで読んでしまったのよ。規則正しい生活をしていないって、お世話係に怒られてばかり」
「あはは。でも、なんだかすっかり女性らしくなったな……おてんば姫はどこへ行ったのかな?」
「もう! フェマスったら」
「ごめん、ごめん。でも本当さ。女性らしくなった……これも、サーのおかげかな?」
そんなフェマスの言葉に、ロンは赤くなる。
「なんだい? 照れない、照れない」
「フェマスったら、からかって!」
「ごめんよ。最後だから、つい……」
「最後……?」
それを聞いて、ロンが止まった。
「うん。これから国に帰るんだ」
「これから? そんな急に……」
「急じゃないよ。言いそびれてただけさ」
「大変! 何も準備してないわ。お土産とか……」
「ハッハッハ。いらないよ。土産話が山ほどあるしね」
変わらず豪快に笑うフェマスだが、やはり不意に寂しそうに顔を見せる。
ロンはフェマスを見つめた。
「……また、すぐ会える?」
「どうかな。国に落ち着けって言われているしね……しかし、結構長居もしてしまった。僕は一つのところに留まるのは、あまり好きじゃないんだ。まあ、今回ばかりは別だけど……」
今度はフェマスが、ロンを見つめる。
「フェマス……」
「ロン。君に出会えてよかったよ」
「私もよ、フェマス……本当に、すぐ行ってしまうの?」
「うん。サーには今、挨拶してきた。国の家族も心配しているし、とりあえずしばらくは国に戻るよ」
「そう……そうね。あなたには、帰る故郷があるんだものね……」
フェマスは大きく頷く。
「ロンの故郷は、サーだね……サーならロンを支えてくれる。幸せにしてくれるだろう。僕も見守っているよ」
「ありがとう……フェマス、門まで送るわ」
「いいよ」
「でも……」
「いいんだ。送らないでくれ」
「フェマス……」
真剣な眼差しで、フェマスはロンの手を握った。
「また会おう。ロン、君を好きになれてよかった……さようなら」
そう言ったフェマスに、ロンも無理に微笑む。
「さようなら……ありがとう、フェマス。私もあなたに会えてよかった。ありがとう……気をつけてね」
そんなロンの言葉に微笑み、フェマスは馬に乗って去っていった。
ロンは自分を愛してくれたフェマスに、そっと礼を言って見送るのだった。
そのまま、ロンがしばらく庭を眺めていると、向こうから三人の女性が歩いてきた。その内一人は、見覚えのある顔である。それは、サーの側室候補試験で出会った、フローラという女性であった。
「フローラ!」
ロンが声をかける。
「あなた……」
「フローラ。どうしてここに?」
嬉しそうに話しかけるロンに、フローラは怪訝な顔をしている。
「私たちは、王様の側室候補に残った三人よ。これから乗馬の訓練なの」
「側室候補……」
「あなた、一番目の側室だそうね。でも、私たちも側室候補のままなのよ。私たちも頑張るわ」
フローラの言葉に、ロンは少し戸惑った。
「……それは聞いていなかったわ」
「側室は、王様と愛では繋がらないものよ。子孫が繁栄されればいいだけ。一族にとっては、お金と名誉だけ。そろそろ私たちも、すべての修行を終えて、側室に迎えられるわ。じゃあ、また会いましょう」
フローラは去っていった。
ロンは力が抜けたように、ベンチに座った。すると、ギイルが駆けてくる。
「ロン。お菓子をもらってきたよ」
「ありがとう……」
「どうしたの? 元気がないね」
「う、ううん。そんなこと……」
まだ気持ちの整理がつかず、目を泳がせているロンに、ギイルは優しく微笑む。
「ロンは嘘ついてもすぐわかるよ。どうしたんだい?」
「……ううん。ただ、フェマスが国へ帰ったの……」
「そう。寂しくなるね」
「うん……」
「なんだい? まだ他に何かあるの?」
ギイルが、ロンの不安を見破って言った。
ロンは眉を顰め、静かに口を開く。
「今、側室候補の三人に会ったわ。サー様は……私の他にも側室を迎えるのね。私、何も知らなかったわ……」
「ああ、それは前から言われていたけど……でもどうかな。王様は、そう側室作りには積極的じゃないと聞いたよ。それに、今はロンがいるわけだし」
「でも、側室は正室じゃないわ。愛では繋がれなくて、お金と名誉だけなんでしょう?」
そんなロンの言葉に、ギイルは苦笑した。
「ハハ。誰に吹き込まれたの? そんなことを言ったら、王様が悲しむよ」
「でも……」
「王様を見てごらん。ロンへの愛情は、嘘だと思うの?」
「……ううん」
「ロンも王様を愛しているんだろう? 僕らが屋敷に帰ろうとした時の、あの王様の表情を、僕は忘れられないよ。あれは、ロンを愛していなければ見られないお顔だと思うよ。そんなに心配なら、王様に直接聞けばいい。ロンなら無礼には当たらないはずだ。さあ、そんな不安は拭って食べなよ」
ギイルがお菓子を差し出す。
ロンはいつもの笑顔に戻った。
「そうね。ありがとう」
「それでこそ、ロンだ」
二人は笑った。
その夜。ロンはサーの腕の中で、昼間のことを思い出していた。
黙り込んだロンに、サーが首を傾げる。
「どうした? 何か悩みでも?」
「あ、いえ……」
「嘘をつけ。おまえは嘘がつけないからな」
「……ギイルにも言われたわ。どうしてです?」
サーの言葉に、ロンが驚いて言った。
「おまえは顔に出る。なんだい? 私のことか、フェマスが去ったことか、城でのことか、何か不自由しているか、それとも他に何か?」
「あ、の……」
「遠慮はいらない。言ってみなさい」
「……あの、私以外の側室も、サー様は取られるのですか?」
迷いながらも、ロンはハッキリとそう尋ねた。
そんなロンの問いかけに、サーは一瞬止まる。
「どこでそれを……」
「側室候補の本人たちに……じゃあ、本当なんですね?」
サーは、小さく溜め息をついた。
「……家臣達は進めようとしている。だが、心配するな。私はおまえ以外の側室を迎える気はないよ」
「……本当に?」
「本当だ。その様子じゃ、少なからず私への興味はあるようだね」
サーが笑って言う。
「ひどいわ。もちろんあります」
「ハハハ。そうか、それは良かった。私も嬉しいよ」
「……サー様は、候補の人には会っていないの?」
「ああ……せがまれてはいるのだが、そこは任せてある。私には迎える気はないのだから、後は勝手にしろとね……家臣たちは勝手にやっているようだよ。今も花嫁修業ならぬ訓練をしているらしい。まあ、悪いことではない。そんな女性たちならば、私でなくとも勤め口はいくらでもある」
「……」
ロンは、サーの腕に顔を埋めた。
「……家臣たちは何を焦っているのか……」
サーはそう呟くと、ロンの不安を察知して、しっかりとロンを抱きしめる。
「じゃあ、早くみんなのためにも、子供を授かりたいわ」
ロンのその言葉に、サーはロンの額にキスをした。
「愛しているよ、ロン……」
幸せが、ロンを包んでいた。