26、黒の国
次の日の朝。黒の門の前では、キキやサーが門を開けるために、様々な方法を試みていた。しかし、どの方法でも門はビクともせず、人を弾き返してしまう。
「手立てがないだと?」
サーが、キキに言った。
「私が知っている術は、全て施しましたが……」
「そんな……」
落胆するサーにフェマスが肩を抱く。
「あるじゃないか。一つだけ」
「えっ。なんだって? フェマス!」
すがる思いで、サーがフェマスに食いついた。
「封印を解くんだ」
フェマスの言葉に、サーは戸惑った。
「しかし、それは……」
「もう一刻の猶予もない。黒の魔族だって、今日が結婚式なら外のことなど考えていないだろう。我々が黒のバリアを解くことは出来ないが、封印解除によるエネルギーで、数秒は黒のバリアも歪むか消えるかするはず。数秒あればテレポート出来る」
フェマスの提案は最終手段だった。
だが、サーは首を振る。
「そうじゃない。封印を開けっ放しには出来ない」
「ああ、そうじゃ。確かにそうすれば、陛下が門の中へ瞬間移動する……それなら出来るでしょう。しかし、黒のバリアは閉じても、こちら側の封印は開いたまま……開けっ放しには出来ますまい。いくら結婚式に目がいっているとしても、封印が解かれたことがわかれば、ここぞとばかりに封印を破壊するに違いない」
サーに続いて、キキが言った。
だが、フェマスは余裕の表情で微笑む。
「ならば、封印を二度解けばいいじゃないか。一度封印を解いて、サーが黒の国へ瞬間移動する。こちらはすぐに封印をして待ち、おまえとロンが出る時にまた開ければいい」
「そう簡単に言うな、フェマス。封印を解くのも掛けるのも、どれだけのエネルギーがいると思っているんだ? 私一人でも解けるものではない。一度目は私がいるからいい。だが、二度目はない」
フェマスの言葉に、サーは真剣な表情で否定した。
だがフェマスも、真剣な様子である。
「僕がいる。耐えられる」
「無理だ!」
サーは目を伏せた。
出来ないことではないかもしれないが、五分五分の賭けのような提案に、反対せざるを得ない。王家の人間であろうと、どれだけの体力と魔力を奪われるか知れない。下手をすれば死んでしまうだろう。そんな提案に、国王として許せるはずがなかった。
だが、フェマスは表情一つ変えず、サーを見つめる。
「サー、行きたいんだろう? ロンを助けたいんだろう? 僕だってそうだ。ロンを助けたい。でも、ロンの白馬の王子様は、僕じゃないんだ」
「フェマス……」
「大丈夫。僕はおまえより丈夫なんだぜ」
「……出来ない。おまえに何かあれば、私は叔父上たちに顔向けが出来ない」
「一刻を争う時に、何を言ってるんだ。僕も破天荒なところは父上譲りだ。父上とて、一国が危ない今、サーに力を貸せと言うだろう。それに、僕は死なないよ……早くしよう。ロンが奪われないうちに……」
「しかし……」
フェマスの提案に、サーは戸惑いを隠せなかった。
封印を掛けるにも解くのにも、国王クラスの体力と魔力が必要である。誰がいつ力果てても、おかしくはない。そうなれば、国さえ危ない。
「サー……おまえにしか出来ないんだ。頼む。ロンを救ってくれ」
いつになく真剣な表情のフェマスに、サーは静かに頷いた。
「……無理しないでくれ、フェマス」
「何を言ってる。おまえのほうが無茶し過ぎだ。始めよう」
「……わかった」
サーは心を決めると、キキに合図をし、封印の剣に触れた。そして、フェマスもサーの手の上に構える。
最後にキキがその上に触れ、サーを見つめた。
「陛下。封印を解いたら、すぐにテレポートを。帰りは私の杖に念力を送ってお知らせください。後のことはお任せを」
キキはそう言うと、呪文を唱えた。
途端、凄まじい光と衝撃とともに、封印が解ける。その瞬間、サーは黒の門の内側へとテレポートした。
あまりの衝撃で目を伏せたサーだが、すぐに辺りを見回し、澱んだ世界を初めて目にする。
「ここが、黒の世界……」
サーは振り向いてみるが、門の向こうはバリアによって見ることが出来ない。
「あまりに淀んでいて、外は見えないのか……フェマス、キキ、無事でいてくれ!」
そう言うと、サーは遥か先に聳える、黒の城へと向かっていった。
ロンはウェディングドレスを着させられると、牢の塔にある部屋で、化粧や髪のメイクを施されていた。昨日から、食事は一切口にしていない。
「……あの。もうすぐ結婚式なの?」
さすがに不安で、ロンはメイドに尋ねた。
「はい。午後からですから、あと二時間弱ですわね」
「……」
ロンは、絶望の淵にいた。今更ながら、自分の行動に後悔している。サーが言ったように、サーを信じて身を預ければよかったと思う。
良かれと思ってやって来た国だが、やはりテオーとの結婚など耐えがたい。
その時、本殿が騒がしくなった。
「なにかしら……?」
メイドが立ち上がったその時、外から声が聞こえた。
「ロン!」
ロンはその声に、小さなバルコニーへと出ていった。だが、誰もいない。
「こっちだ! ロン」
下を見ると、数メートル下にある本殿の屋根に、サーの姿があった。
「サー様!」
目を輝かせて、ロンが叫ぶ。
「ロン、無事か! 遅くなってすまない!」
サーが尋ねる。
ロンの目には、地面からサーを追いかけ、テオーの家来たちが上っていくのが見えた。
「サー様、危ないです! 追手が……」
その時、ロンの部屋にはテオーが入って来た。
「ほう。美しい姫君の誕生か。こっちへ来い。すぐに式を始める」
「嫌です! 私はやっぱり、あなたの妻にはなれない。サー様のところへ行くわ」
ロンはそう言いながら、辺りを見回した。
しかし、下へ降りられるロープになるような物もなければ、ホウキなどもない。
「ハッハッハ。おまえに何が出来る? 白の王も、幼稚なものよ。もはやおまえたちは袋のネズミだ」
そう言いながら、テオーはロンに近付いていく。
「来ないで!」
ロンはバルコニーの淵に立った。
「来たら飛び降りるわ……」
そんなロンに、テオーは軽く微笑む。
「出来はしない。おまえは恋人の目の前で死ねるのか?」
「……あなたの妻になるくらいなら、死んだほうがましだわ」
「そんなことはさせないぞ!」
テオーがロンに駆け寄って手を伸ばした時、ロンはバルコニーの淵から離れていた。
しかし、ロンの体は落ちることもなく、ホウキもなしに浮かんでいる。
それには、ロン本人も驚いた。
「ロン……!」
サーの声を聞いて、ロンは導かれるように、サーのもとへと飛んでいった。
「サー様!」
ようやく二人の手が触れて、サーはロンを抱きしめる。
「よくやった……行くぞ」
サーはマントをひるがえらせ、ロンを抱いて屋根から飛び降りた。
キキから渡された身軽になるマントは、待ち構えていた家来たちを尻目に、猛スピードで風を捉え、城の門へと向かっていく。
門の前では、ドラゴンが待ち構えていた。
「ドラゴン……!」
ロンが身を案じた時、ドラゴンが頭を下げた。
サーは何も疑問を持たず、ドラゴンの背へと乗り込む。ドラゴンは城のバリアを突破し、黒の門へと向かっていった。
「サー様……どうして?」
ドラゴンの行動に疑問を持ち、ロンが尋ねる。
「黒の国へ入ったはいいが、城を囲むバリアも強かった……そんな時、このドラゴンが火を噴いて助けてくれたのだ。このマントは、火をも通さず、身軽にしてくれる。ドラゴンはおまえに借りを返したいのだと言っていた」
サーがそう説明する。
その時、ドラゴンが口を開いた。
「ロン。俺はこの国で、愛や情けなどという言葉も意味も耳にしたことがない。だが、おまえが教えてくれた。俺はおまえのおかげで、すぐに傷が癒えた。今度は俺が助ける番だ」
ドラゴンはそう言うと、そのまま黒の国から出ようと構える。
しかし、そのバリアはドラゴンさえも通さぬ強さとなっていた。
「どうしたのだ?」
「黒のバリアが強くなっている。俺が加担したことがバレたらしい……」
ドラゴンはそう言うと、空を旋回する。
サーは、黒の門に目を凝らした。
「黒の門だ……テオーが待ち構えている」
「……行きましょう。あそこを通らなければ、帰れないのなら……」
覚悟を決めたように、ロンが言った。
「そうだな、行こう。ドラゴンよ、門の前に降ろしてくれるか」
「よし」
ドラゴンは、黒の門の前へと降り立った。門の前には、テオーを含めた黒の魔族が待ち構えている。
「ありがとう、ドラゴン。あなたが咎められないように言うわ」
ロンがドラゴンの顔を撫でて言う。
「おまえは黒以外の世界を教えてくれた。俺のことはいいから、早く自分が帰れるように言え」
「ありがとう」
ロンが門の前へ向き直ると、サーがロンの肩を抱いた。
二人の前には、テオーを筆頭にした黒の魔族が門を塞いでいる。
「おまえたちには敬意を表す。ドラゴンまでも手懐け、いくらでも裏切ってくれるものよ。これが白の礼儀か」
テオーが言った。
顔を顰め、サーも口を開く。
「何を言う。卑怯な戦術で、我が民に危険を及ぼし、我々を引き裂いたのは誰だ!」
「おまえの妃がしたことだ」
「我が妃が不安で病んでいる時につけこんだのは、おまえたちではないのか」
「平行線だな……」
「とにかく、ロンは返してもらう。そこを退いてくれ」
サーがそう言うと、黒魔族たちが二人を囲んだ。
「さあ、今度はどうやって逃げる? いくらおまえたちが飛べたりしても、バリアは一層強くなったぞ」
もはや二人に、逃げ道などない。
サーはロンの前に立つと、テオーを見つめた。
「我々は……共に生きる道はないのか? そもそも、なぜ同じ種族が憎しみ合って暮らしているのだ。こうして話し合える今、和平を結べば良いのではないか?」
「おまえたちの戦略だな。白の心に何が出来る。愛だの情けだの、そんなものが何の役に立つ? 力を封じ、弱まらせるだけだ……知っているぞ。白の魔術は日に日に衰え、今や国民は小さな魔術も使えぬ、ただの人間だという」
「だからなんだ。魔術がなくとも生活は出来る。魔術が衰えるのを嫌って、愛もわからぬ人間になるくらいなら、全員魔力を失えば良い」
サーの言葉を聞いて、ロンはサーの手を繋ぐ。
「そうだわ。私の両親も、命をかけて私を守り、罪なき人の命を救った……誇らしいわ。魔力は愛によって弱まるものじゃない。あなたたちも愛を知るべきよ」
「黙れ! ふやけた心を押しつけるな。魔力を失えば良い? 我々は、誇り高き魔族なのだぞ!」
怒りに震え、テオーが念力で二人を突き飛ばした。その瞬間、黒魔族が二人に群がる。
「やめろー!」
「やめてー!」
サーとロンは、同時に叫びながら抱き合い、お互いの無事を祈った。
その時、門の外から凄まじい光と衝撃があった。封印が解かれたのだ。サーは無意識に、ロンとともに門の外へとテレポートした。
しかし、もはや封印が閉ざされることはなく、黒の門は封印とバリアを消して、消滅している。
互いの足かせはなくなったものの、魔法国と黒の国は、互いに見つめ合い、あまりに急なことで、互いの陣地に入ろうとはしなかった。