表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/34

24、魔法の泉

 あまりに突然の出来事で、辺りは静まり返っている。

「アクネ!」

 静寂の中で、サーがアクネの肩を掴む。

「どうして! どうして黒なんぞに魂を売った!」

「あの子が……邪魔だったからよ……」

 アクネは涙を流していた。サーは無念にうなだれながらも、アクネを抱きしめた。

「誰が悪いのではないな。私が……あの子に惹かれたのが悪い……」

「あなた……」

「ロンは行ってしまった……これで国は平和になるのか……?」

 サーは、ロンのペンダントを手に取って呟く。

「そのペンダントがこちらにあり、今封印をすれば、黒をまた封じ込められますわ……」

 アクネが、静かにそう言った。

「……ロン共々か?」

「サー! ロンは……ドラゴンはどうした?」

 駆け寄って来たフェマスを、サーは悲しく見つめた。

 フェマスは、サーが持つペンダントを見つめ、目を泳がせる。

「そのペンダントは……」

「ロンは行ってしまった……テオーがロンを欲しがっているのは本当らしいな。しばらくは、冷戦状態に戻るだろう……」

「アクネ……アクネがやったのか? 国のバリアを解いたのは、アクネだと聞こえたぞ!」

 フェマスが、アクネの肩を掴んで言う。

 アクネは顔を顰め、俯いた。

「そうよ! 私はあの子が憎かった。お義父様の心を一瞬で捉え、私のサーまでもを奪った……あの子が憎かった! だから、あの子を売ったのよ。あの子の大切な物を奪ってやったのよ!」

 半狂乱になって叫ぶアクネの頬を、フェマスが叩いた。

「おまえこそ悪魔だ!」

「やめろ、フェマス! 私が一番いけなかったのだ。アクネの気持ちを、わかってやれなかった……」

 今度は、サーとフェマスが睨み合う。

「サー、甘やかすことが愛じゃないぞ。アクネが何をしたかわかっているのか? それともおまえ、国さえ助かれば、アクネのしたことも許し、ロンがどうなってもいいと言うのか?」

 フェマスにそう言われ、黙り込んだサーに、アクネが静かに口を開く。

「そうよ……私の復讐は達成されたわ。あの子から、あなたを奪った……」

 次の瞬間、アクネは穴の開いた塔のフロアへと、自らの身を投げた。

「アクネ!」

 サーはとっさに瞬間移動をし、落ちる直前のアクネを抱き止めた。

 しかし、あまりの加速に、アクネはサーの手をクッションに置いたものの、床に叩きつけられた。

「サー! アクネ!」

 すぐに、フェマスや家臣が駆けつける。

「サー!」

「アクネは……無事か?」

 サーの言葉に、フェマスはアクネに駆け寄った家臣を見つめる。

「ご無事です。気を失われておられますが……」

「安静にさせてやってくれ……」

 そう言うと、サーはゆっくりと立ち上がった。

「おまえは馬鹿だ……なんであんな女を……」

 フェマスが言う。

「……フェマス。そういう言い方はよしてくれ。アクネは私の妻なんだ」

「……大丈夫か? その手、折れてるな……」

 フェマスが、サーの腕を見て言った。

「大丈夫だ。このくらいの怪我、自分で消せる……」

 そう言うサーの目は、虚ろに翳っている。

 いろいろなことが重なり、こうしている今も、同時に多くの問題について考えているに違いない。

「無理するな。いくら治癒能力のある王家の男子でも、自分の怪我を治すなど、至難の業だ」

 フェマスは手を貸そうとしたが、サーは静かに微笑み、首を振る。

「今は、多少の無理も必要だ。腕の一本や二本折れようが構っていられない。私は黒の国へ行く」

「ロンを助けにか? しかし、おまえは国王だぞ。何かあったらどうするんだ」

「話してわかる相手ではないかもしれないが、ロンを見捨てることは出来ない。相手とて、同じ種族の人間だ。無抵抗の人間を取って食いはしないだろう」

 サーはそう言って、歩き始めた。フェマスはそれに続く。

「そうだろうか。相手は黒の魔族だぞ? 愛や情けなど、無用の種族だ。もちろん、僕だってロンを助けたいが……」

「私は王として、ロンを愛する者として、行かねばならないのだ。なに……一国の王が、そう簡単に死ぬはずがない」

「それはそうだが……」

「だが、私に何かあった時は、後を頼むよ。フェマス」

 軽く振り向いて、サーが言った。

「何を弱気な……僕は隣国の王子だぞ」

「万が一だよ……すぐに支度をする。状況が状況なだけに、反対するのは目に見えている。黙って行くしかなさそうだ。悪いが、君はここで指揮を取ってくれ」

 サーはそう言うと、折れた手を自分の魔術で治し、外へと出て馬に乗った。

「サー。僕も行くよ。黒の門まで」

 続いてフェマスも、馬に乗って言った。

「何を言うんだ、フェマス!」

「僕の性格はわかっているだろう? 反対されてもついていくぜ」

「まったく、君ときたら……」

「ハハハ。まあ連れて行け。きっと何かの役に立つ」

「確かに心強い……では、行こう」

 サーとフェマスは、馬で駆け出そうとたずなを掴む。

 その時、キキが前に立った。

「待ちなされ!」

「止めるな、キキ」

「今行っても無駄です。黒の国は強力なバリアを張りましたぞ。こちらへ!」

 キキは無理やりに、二人を魔法の部屋へと連れて行った。

 その部屋で、キキは魔法の泉を見るように促す。

「泉が枯れてきている……」

 フェマスが、魔法の泉を見て言った。

 泉の水は、すでに半分以上減っている。

「そうです。ロンが去ったからです。ですから、早く覗いて下さい」

 そこには、黒の門が映っていた。

 門の周りは、オーラのようなもので覆われているのが見え、それらが黒の国が仕掛けたバリアだということが容易にわかる。

「ロンを映せ」

 サーが言った。だが、何も起きない。

「バリアを張られたから無理なのです。黒の世界の中を覗くことは不可能です」

 キキがそう言うと、サーは泉に手を触れた。

「ロンを映せ!」

 もう一度、サーがそう言うと、サーが持っていたロンのペンダントが反応し、鮮明ではないものの、ロンが映った。

「ロンだ!」

「そのペンダントは、万能じゃな……ロンに反応しているのだ」

 泉に目を凝らし、フェマスとキキが、それぞれに言う。

 ロンは、一通りの家具が揃えられている造りの良い牢獄のような部屋に、一人でいた。

「ロン……!」

 その時、聞こえるはずもないロンが、ゆっくりと顔を上げた。途端、サーと目が合う。

「ロン!」

「サー様……!」

 信じられないといった表情で、ロンは立ち上がる。

「ロン! 見えるのか?」

 ロンの目には、天井付近に水面のようなものが現れ、その向こうからサーが覗いているように見えた。

「見えます!」

 すると、サーはおもむろに、水の中へ手を伸ばした。

「おいで」

 サーの言葉に、ロンも手を伸ばした。やがて二人の手は、しっかりと握り合った。

「掴んだ!」

「なんという魔力なのか。この泉から相手に触れられるなど、聞いたことがない……」

 キキの驚きをよそに、サーはロンを持ち上げる。

「でも、サー様……私は行けません。私が戻ったら、国民が……」

 思い直して、ロンが泣きながらそう言った。

 だが、サーは首を振る。

「ロン……私はおまえがいれば、なんでも出来るような気がする。おまえに、キキを超える大魔女になる素質があるならば、おまえの意思で国を守ることも出来よう……私に力を貸してくれ。ロン」

「サー様……」

 ロンは、サーに身を任せた。

 その時、テオーがやって来た。

「何をしている!」

 テオーの声とともに、ロンはテオーの家臣たちに、サーの手から引き離された。

「テオー王……ロンを返してくれ。確かに我々は、あなた方のような大きな力はないかもしれない。力でねじ伏せられれば勝ち目はない。だが、我々は無力ではない。あなた方が嫌う、愛や情けが力を生むこともある。ロンはこちらの人間だ。どうか返してくれ」

 丁寧に、サーが言った。

 テオーは顔を顰めたまま、サーを睨みつけている。

「どんな魔術を使ったのか知らんが、所詮は白の限界よ。ロンは渡さぬ。結婚式は明日だ。招待出来なくて残念だが、ロンも元は黒の人間。黒の王家の濃い血を持った人間だ。すぐに黒の風習は覚える」

「ロンは私の恋人だ!」

「だが、妻ではないのだろう?」

「しかし、ロンの心は私のものだ。あなたは空しくならないのか?」

「私が欲しいものは、心ではない。王家の血だけだ」

「何を!」

 次第に泉の水が枯れ、互いの体が薄れて見えた。

「精々、待つが良い。ロンが私の子を産んだら、吉報くらいは流してやる」

「ロンに指一本触れてみろ!」

「ほう。触れたらどうするつもりだ?」

 挑発するように、テオーはロンを抱き寄せる。

「嫌!」

 憎悪に顔を歪めて、ロンがテオーから離れた。

「ロン!」

「安心しろ。結婚するまでは何もしないさ。まあ、おまえたちがどうあがいても、式を止めることなど出来ないがな」

「ロン、待っていてくれ! 必ず助ける」

「サー様……」

「必ず助ける! だから、それまで……」

 その時、泉の水が枯れ、互いの姿も声も届かなくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ