22、白と黒の狭間で
しばらく抱き合ったままの二人は、サーが持つ緊急用の通信機によって引き離された。
「緊急連絡だ。一緒に行こう」
「どこへ?」
「国王の間だ。これからのことは、皆で決めよう。アクネのことは出来るだけ説得する。おまえはしばらく留まってくれれば良い。心配するな」
「はい」
二人は手を繋ぐと、国王の間へとテレポートした。
国王の間に着くなり、大魔女・キキが、サーに駆け寄る。
「どうしたのだ、キキ」
「大変でございます! 黒魔族の封印場所に、亀裂が入っているとの報告が入りました。すぐに修復しないと、黒魔族がこちらになだれ込む危険も……」
キキの報告に、一瞬にして、サーの顔色が変わる。
「なんてことだ! すぐに行こう。キキ、支度を」
「かしこまりました」
「王様……」
ロンが、不安気にサーを見つめて言う。
「大丈夫だよ、ロン。早々に大変な事態になったが、亀裂ならば修復すれば良いだけだ」
宥めるように優しく微笑み、サーはロンの肩を抱いた。
だが、ロンは真剣な眼差しでサーを見つめる。
「王様。私に何か出来ないでしょうか」
「ありがとう……気持ちはわかるが、おまえは女だし、危険な目には遭わせられない」
「私は大丈夫です。どうか一緒に連れて行ってください。少なからず、私にも関係のあることだわ」
自分の父親が黒魔族だったということ、そして封印の基礎を作ったのも父親だということを思い出し、ロンは自分にも何か出来ないかと思った。
「……わかった。連れて行こう。だが、危険なことはさせない」
ロンの熱意に押され、サーが静かに頷いて言う。
「僕も一緒に行っていいだろう?」
そう言ったのは、フェマスである。
「フェマス……」
「僕も行くよ。危険には慣れているし、王家の者が二人いれば、申し分ないだろう」
「どんな理屈だ。もし君に何かあったら、私は隣国の叔父上に示しが……」
「大丈夫だよ。こんなところで言い争っている場合じゃないんだ。とにかく行こう」
「……わかった。でもフェマス。危険な真似はしないでくれ」
「わかってるよ」
一同は、すぐに城を出て行った。
封印場所は国の隅にあり、黒魔族の世界への入口であった。そこには大きな門があり、封印のために、お互いを行き来することは出来なくなっている。門の向こうには、別世界が広がる。
かつて、ロンの父親が封印するまでは、果てしないほどの血塗られた時代があった。
「確かに亀裂が入っている。目立たないが……」
サーが、封印の剣を見て言った。剣には、わずかながら亀裂が走っている。
「これから亀裂がどうなるかわからないのです。たとえ小さな亀裂でも、侮ってはいけない。この封印に、新たな封印を足します」
大魔女・キキはそう言うと、灰の粉を封印してある剣に振りかけ、呪文を唱え始めた。
「陛下。剣に手を」
キキに言われるまま、サーは封印の剣に手を乗せる。
「では、フェマス様、そしてロンも、その上へ手を乗せるのです。出来るだけ多くの力が必要だ」
言われるままに、フェマスとロンも、サーの手に重ねる。その上に、キキも手を乗せた。
「祈るのです」
その時、ロンの首が何かに絞められ、そのまま黒魔族の門に引きずられた。
「キャー!」
「ロン!」
ロンは黒の門まで引きずられると、封印とバリアで囲まれているはずの門が開いた。
「馬鹿な! 封印は強くなったはずだ!」
「ロンだ! ロンの持つペンダントの力が、封印すら解いてしまった!」
果てしない力が漲っているロンのペンダントを見て、キキがそう言った。
その隙に、中から黒魔族の人間が押し寄せてくる。
「クッ……」
サーとフェマスが、剣に手をかけた。
「待て」
そう言ったのは、門の向こうから静かに歩いてくる、黒魔族の男である。
男は黒魔族に捉えられたロンを見つめる。
「ロンを離せ!」
サーが言った。
「やはり生きておったか、この娘……」
ロンはそのまま、黒魔族の世界へと引きずり込まれた。
「離せ! その子は我々、魔法国の者だ……私のものだ」
サーの言葉に、男が静かに微笑む。
「若き王よ。ご自分の立場はわかっているはずだ。この封印が解けた今、我々はここでおまえを殺すことも出来る。どちらの力が上か、わからない馬鹿ではあるまい?」
「……我々とて、あなた方を閉じ込めたくはない。あなた方が過去のような間違った行動をしなければ、我が国に喜んで迎えよう。しかし、その前にその子を返してくれ」
「この娘は私がもらう。これは、我が弟の娘なのだから」
男の言葉に、一同は言葉を失った。
「……じゃあ、あなたが……」
「私は黒の国の王・テオーだ。娘よ。おまえは忌まわしき白の血が入った女だが、私と同じ血を引いている。私の妻に相応しい」
テオーと名乗った黒魔族の王が、ロンに言った。
口を塞がれた手から逃れ、ロンはテオーを睨みつける。
「何を言うの! 離して! 私は黒の人間にはならないわ。父さんが去った国には戻らない」
「しかし、おまえがこの封印を解いたのだ。いや、正確には、ザークリーのペンダントか」
テオーは、ロンのペンダントを取って言った。
「返して! そして父の名を呼ばないで!」
「このペンダントは、魔法国の王がするはずのものだ」
そう言いながら、テオーはペンダントを首に下げる。
そんなテオーを、ロンは睨み続けた。
「そのような顔をして……そんなに私が憎いか? だが、父親の顔も知らぬ、悲しき娘よ。私はおまえの父とは双子同士だ。性格はまったく違ったがな。すなわち、私はおまえの父の面影を引きずっているということ。これからは、私を慕えば良い」
「誰があなたなんか……お願い、離して。私はそっちの人間じゃないわ!」
「そうだ! 離してくれ、黒の王よ。彼女は、確かにあなたの血も引いているかもしれない。だが、心は我々のものだ」
サーが言った。
テオーはそれを聞きながらも、不敵に微笑んでいるだけだ。
「さあ、ロンを返してください。あなた方が望むなら、この封印は解きましょう。また十八年前のように、冷戦状態でいれば良い。あなた方が我々に危害を及ばせないと言うのならば、封印など無意味だ」
サーが、続けてそう言った。
「残念だが、そんな気はないね」
「なに?」
「ないと言ったのだ。我々の恨みは、おまえたちの比ではない」
「何の恨みだ」
「何の? もちろん、我々をこんな一角に押し込めた、おまえら白への恨みだ。覚悟しているが良い」
「何を……」
「やめて!」
ロンが、テオーに掴みかかった。
「ロン!」
サーが、思わずそう叫ぶ。
下手に歯向えば容赦はしない雰囲気を、テオーは醸し出している。
だが、そんなことはお構いなしに、ロンはテオーに訴えかけた。
「お願いだから、そんなことはやめて! 国の人は皆、平和を愛しているわ。黒の人間が悪さをしたら、平和が崩れてしまう……!」
「……では、私の妻になるか?」
テオーの申し出に、ロンは言葉を失った。
「私には、妻が九人いる。だが皆、正妻ではない。なぜなら貴族止まりだからだ。おまえは王家の人間だ。おまえを妻にしたい」
「……何を言うの? だって私は、あなたの弟の娘……」
「関係ない。私は濃い血を残したいだけだ」
顔色一つ変えず、テオーはそう言った。
「……約束出来るの? 絶対に、白の国民には何もしないって」
悪魔の誘いに乗るように、ロンがテオーを見つめて尋ねる。
「やめろ、ロン! 他にも方法はあるはずだ。おまえが犠牲になることはない。行くな!」
サーはそう言いながら、静かに門へと近付く。
しかし、門には黒のバリアが張ってあり、サーですらも弾かれた。
「わかったか? 白の王よ。封印は、完璧に破られたわけではない。もちろん、門が開いたのは封印の一部が外れたことだし、我々の力があれば、バリア越しにでも、ここからおまえを攻撃することも出来る。だが、この門を今の状態で通れるのは、黒の者であり白の者である、ロンだけなのだ」
「ロンを返してくれ。その子は私の恋人だ」
サーがそう言った。
一瞬、テオーの顔が歪む。
「恋人……はて、白の王には妻がいたはずだ。とても美しいと評判の……しかも、魔法国は一夫多妻制ではないはずだな? そんなおまえに、ロンを幸せに出来るのかな?」
「……そうだ。ロンは正妻にはしてやれない。だが、私はロンを愛している。手放す気はない。心理作戦は終わりだ。ロンを返してくれ」
「そんなに国を滅ぼしたいのか?」
「まだ手立てはあるはずだ。さあ、ロン。こっちへ……」
ロンを見つめて、サーが手を伸ばす。
ロンはテオーから離れると、サーへと駆け寄った。テオーの言う通り、ロンだけがその門を行き来出来るようである。
門の外へ出て行くロンに、テオーは止めようとはしなかった。
「まあいい……簡単に手に入れてもつまらないからな。少しの間、考えておくが良い」
そう言い残し、テオーは背を向ける。黒の国の連中が大きな門を閉ざすと、門の奥へと去っていった。
それを見届け、サーはロンを抱きしめた。
「大丈夫だったか? ロン。奴の言うことは気にするな。心理作戦は、黒の得意なやり方なんだ」
サーが言った。だが、ロンは不安げに口を開く。
「でも、もし国を攻撃されたら……」
「そんなことは、私がさせない……キキ。もう一度封印しよう。ザークリーのペンダントがあちらに取られた今、封印はいつ破られてもおかしくはないが……」
「気休めにしてもいいでしょう。もう一度やりましょう」
キキの合図で、一同はもう一度、封印をした。
城に戻った一同は、国王の間で作戦を練った。
「国には全体にバリアを張ったが、どうしたものか……黒の力は衰えていないようだ」
頭を抱えて、サーが言う。
そんなサーを、ロンが心配そうに見つめた。
「……ああ、ロン。おまえはもう休みなさい。いろいろあって疲れたろう? ギイルも部屋で待っているようだし」
ロンの視線に気付いて、サーが優しくそう言った。だが、ロンの表情は晴れない。
「……送ろう」
サーはそう言って立ち上がる。
「そんな。王様直々になんて!」
「構わない。少し話そう」
サーはロンを連れて、部屋を出て行った。
「ロン……約束してくれるか?」
廊下を歩きながら、サーがロンに言う。
「え?」
「私から離れないでくれ。おまえは……まだ未熟だ。黒の心理作戦に引っ掛かるな」
「王様……」
「これからは、サーでいい。せっかくおまえと想いが通じたのだ。私はおまえを離さないよ」
「……サー様……」
「いいね? 約束しておくれ。私から離れないと……」
「はい……」
ロンの部屋の前で立ち止まると、サーはロンにキスをした。
「おまえのことも、国のことも、私が守る。決してあんな男になど渡さない」
「ありがとうございます。サー様……」
「おやすみ。今日はよく眠るんだよ」
「はい。おやすみなさい」
サーに見送られ、ロンは部屋へと入っていった。
そのまま険しい顔をしていたサーは、静かに自室へと戻っていく。ロンが心配でならなかった。